爆音には慣れているはずだけど、ゲーセンの騒がしさはそれに分類されていないみたいでなかなか慣れない。隣にいる雅彦も爆音を鳴らす側なのにしかめっ面だ。なんでだろう。機械的な音だからだろうか。

 今日ゲーセンに来た理由は、クレーンゲームリベンジのためだ。1週間前、卓と亮と一緒にここへ遊びに来たときに私が子供のころから大好きなアニメのフィギュアがクレーンゲームの景品としてケースの中に並べられていた。もちろんほしかった私は二人に泣きつき、泣きつかれた二人は力強く「任せろ!」と言ってくれたけど、結果はリベンジという言葉で察してほしい。亮はともかく卓なんかクレーンゲームは得意だと言っていたのに最終的には「ぬいぐるみなら楽勝だけどフィギュアは難しい」と目を泳がせていた。

 それでもやっぱり欲しいのは欲しい。だから今日は今まで目の前で幾度となくクレーンゲームの景品を物にしてきたクレーンゲームの達人の雅彦を引っ張ってやってきたのだ。



「残ってるといいね」



 パーカーのポケットに手を突っ込んで歩き出した雅彦の隣に並びながら頷く。いまだに大人気のアニメだ。そして私たち世代が子供の時に流行ったのアニメだから、大人になった今ならほとんど全員が金銭的な余裕もあるわけで。それはそれは大量のお金を貢ぐことだって不可能じゃない。パーカーに手を突っ込んでいるから出来た雅彦の腕の丸い隙間に私の腕を引っかけて引っ張り歩きながら、本当になくなってないことを願う。

 ここのゲーセンは奥まったところにドーム状の大きなものを中心にしてクレーンゲームが固まって設置してある。最近人気なアニメやゲームのぬいぐるみにフィギュア、お菓子セット、有名マスコットがデザインされたバッグ、さらには音楽プレイヤーなどいろんなものがケースの中にあった。コインロッカーのようなものの中には高価なゲーム機器なども入っている。カギが入ったカプセルを取るという仕組みだ。

 私が1週間前に見つけたクレーンゲームは一番奥だ。



「あ」




 雅彦の腕にピッタリくっついてその瞬間を見てしまった。私たちと同年代ぐらいの女の子2人組がフィギュアを取ったのだ。ここまで聞こえる歓喜の悲鳴。大事そうに抱きしめてこっちなんて気づくはずもなく女の子たちは丸いクレーンゲームを私たちと反対方向にぐるりと回って居なくなった。取られた。続くガラス張りのケースの中には何もない。
 後悔が胸を一気に攻め立てる。あの時有り金全部貢いででもやり続ければよかった。卓たちだけじゃなくて自分でもチャレンジすればよかった。なんで今日だったんだろう。昨日来てたら取れてたかもしれない。ああ、欲しかった。失敗した。本当に、



「ねえ!」



 ぴったりくっついているくせにすっかり存在を忘れていたせいで心臓が激しく跳ねてぐっと一瞬息が止まる。反射的に横を向けば鼻先同士がくっつくんじゃないかという距離に雅彦の顔があった。その顔に余計に驚いて組んでいた腕を解いて後ずさると、雅彦はあからさまに不機嫌そうに眉間にしわを寄せて私のほっぺたを引っ張る。・・・引っ張るといっても、優しい力だ。



「店員さんに聞いてみたらいいじゃん」

「え?」

「もう無いんですかって」



 目の前で取られたのに何言ってんだと一瞬思ったけどそれをかき消すように雅彦は続ける。曰く、景品によってはケースの後ろに飾ってあるものを並べることもあるらしい。そんなの考えもつかなかった私はゲーム機の前に立つ。奥の方には私が好きなキャラのフィギュアが確かに1体残っていた。



「ああ、はい。並べますねー」



 ラストチャンスをかけてドキドキしながら声をかけたやる気のない店員さんはあっさりケースを開けてフィギュアを並べた。もちろん取りやすいように、ではなくて絶妙に取れない位置に。



「両替、」



 バッグから財布を取り出そうとしたらそれを止められた。雅彦は自分の財布から小銭を取り出すと何も言わずにゲーム機に投下する。


「え!いいって、なんで!」

「静かにして」



 ぴしゃりと言われてしまった私は大人しく黙る。細くて長い指が慣れた手つきで大きなボタンに触れると、揺れるアームが横へ動き出す。少し猫背でクレーンゲームに向き合う雅彦は私から見ればまさに“プロ”だ。まるで指先とクレーンのアームが直接繋がっているみたいに見えてしまう。

 1回目は箱の外側を掠るだけで持ち上がらながった。それでも無言で自分の小銭をまた投下して雅彦はゲームを続ける。お金ぐらい自分で出すのに。どのぐらいかかるか分からないからいっぱい下ろしてきたのに。
 2回目、アームは箱を少しだけ揺らして何も持たないまま投下口まで行くとまた元の場所に戻ってくる。1週間前に死ぬほど見た光景だ。

 3回目、箱が横にずれて投下口に少しだけ近づく。でも持ち上がる気配は、ない。

 そろそろ両替に行かないといけないかな。雅彦の手の中の小銭が全部無くなったのが見えたのでバッグから財布を取り出した、その時だった。アームは器用に箱の隙間に入り、ゆっくりと持ち上げる。ぐらぐら不安定に揺れるさまを思わず出てきたつばを飲み込みじっと見つめていると、ガラスケースの中で落ちることなく見事に投下口でゴトン!と派手な音を立てて落ちてきた。

 さっきの女の子たちみたいに黄色い声が出た。嬉しさがあふれ出してたまらず飛び跳ねる。よいしょ、なんて言いながらしゃがんでフィギュアを取り出した雅彦が振り向いた。



「はい、どうぞ」

「まさひこぉ!!」



 受け取ったフィギュアと一緒に雅彦も抱きしめると肩を結構な力で叩かれた。顔を覗き込むと恥ずかしそうにしかめている。



「ありがとう!!」

「分かったから離れて・・・」



 自然と鼻歌を歌いながらゲーセンを出れば入れ替わるように大量の学生が中に吸い込まれていく。男の子と肩がぶつかったけどそんなのどうでもよかった・・・けど雅彦は肩を抱き寄せてくれた。ちらりと上げた視線がとらえた表情はしかめっ面だ。なんか、彼氏みたい。ちょっぴり甘酸っぱいときめきが胸の奥できゅんと生まれる。うん、なんだか今日はいい日だ。



「雅彦」

「なに?」

「ほんと愛してる」



 ちゅっと投げキスをすればそのしかめっ面は柔らかい笑顔に変わって、くすくす笑いながら「はいはい」なんて頭をポンポンと優しく撫でてくれるのだった。



無邪気な夕暮れ