「・・・ちがう」

「ん?」

「ちがう、違うの。将司は悪くない、一個も、悪くない」



将司を見つめたままそう言った。将司は否定も肯定もしないまま無言で私の言葉を待っている。



「あ、あのね、」



今の状態を一言で説明できるのに、その一言を言うのにはすごく勇気がいる。自分でも情けないと思うし、将司だって怒るかもしれない。う、とか、あ、とか、意味のないことを今にも閉じてしまいそうな喉から搾り出していると将司の指が優しく手首を撫でた。相変わらず手首はつかまれたままだけど力はどんどんなくなっている。ちょっと手を動かせば簡単に振り払えるぐらいに。

秒針が進む音が大きく聞こえる。普段気にならない小さな音がやけに大きくなって私の鼓膜を震わす。手首に感じる硬い指先。頑張ってる指先。



「・・・」



覚悟を決めなければならない。これ以上将司の優しくて頑張ってる指先を感じながら大きい秒針の音に急かされたらもっと言いづらくなるし精神的ダメージも大きくなる。私は深く深く息を吸い込んでそれを全部吐き出したあと勇気を持って口を開いた。



「・・・生理、来ちゃって」



長い付き合いの将司にはこの一言で全てが伝わったと思う。毎月決まった日が近づいてくると何も言わずにチョコや甘いコーヒーを買ってきてくれたりするから、たぶん理解しているんだと思う。彼氏に周期を知られてるのもどうかと思うけど、それだけ私と将司の付き合いは長いということだ。

将司は黙ったまま、手に力を入れることもせず、私を見つめている。怒っているのか、呆れているのか、今の私にはよく分からない。だけど名前を呼ぶ勇気はさっきの一言を言うときに使ってしまっているから何も言えなかった。視線をそらしたら、空気がどんどん重たくなっていくように感じる。私から切り出すことは出来ないから将司の言葉待ちだった。情けない。自分のことながら呆れてしまう。バカだなあ。バカだよ。私はたぶん今世紀一番のバカだ。



「・・・なんだ」



将司は一言そう言うとぐいっと私の手を引っ張って無理やり顔を上げさせた。いつの間にか手首を離して空いた両手で顔を固定されると嫌でも将司と目が合う。それが嫌で目を閉じればごつんと額をぶつけられた。ああ、怒ってる・・・



「よかったぁ」



・・・ん?

片目だけをあけると将司は眉を下げて笑っていた。びっくりしてもう片方の目も開ける。顔を固定していた手が離れていって将司は自分の頭をくしゃくしゃとかいた。・・・怒って、ない?



「俺、なんかしたかなってずっと考えてた」

「ご、ごめん・・・」

「いや、しょうがねえよ、それは、絶対来るもんだし。な?」



笑顔が辛いです将司さん・・・