しばらく将司がくすくす笑っていて私はどうしようもない気分になる。自分が悪い、将司が悪い、疲れのせい、生理のせい。頭の中でぐるぐる単語が回る。結局誰が悪いのか。体に溜まった疲れのせいか、疲れのせいでずいぶん早くやってきた生理のせいか、将司の冗談のせいか、そのまま急にネガティブになった自分のせいか。全部悪くなくて、全部悪い気がする。
下半身とともに心も気持ち悪くなった。黒くどろどろしたものはいつの間にかはっきりしないもやもやにまで薄くなったけどそれが私の全部を覆いつくしているような気分だ。



「・・・ところでさ」



どんどん重たくなる気分をどうにかするために私は口を開いた。将司は首をかしげてこっちを見る。



「・・・やっぱり気になるんだけど、なんで今日こんなに優しいの?」



自分でも驚くほど自然に、ずばっと、そしてシンプルに、私の一番最初の疑問が口から飛び出した。いろんな考えがぐちゃぐちゃになって忘れていたけどこんな状態になった一番最初の疑問はこれだったのだ。
将司は唐突な質問にしれっと返す。



「次の曲がタイアップ決まったみたいだからそれをお祝いしようって思って」

「・・・タイアップ!?」



勢いよく将司に体を向けると将司はへにゃりと笑って驚かそうと思って、と言った。いや、驚かせようと思ってじゃないし、レベルが違う、レベルが!!



「な、なんで一番最初に言ってくれなかったの!?それ私が帰ってきてからおかえりとか言う前に言うべきことでしょ!?」

「だって驚いた顔見たかったし・・・」

「帰ってきて一発目にタイアップ決まったって報告もらっても十分驚きます!!」



将司の太ももを思いっきり叩くと痛いなんて言いながらも将司は嬉しそうな顔をしていた。その笑顔を見たら今までのネガティブなことを考えていた自分がバカらしく思えてくる。将司を疑って、情緒不安定になって、自己嫌悪の渦に沈んでいって・・・
嬉しさと同じだけ将司に腹が立つ。私が帰ってきて起きたあのとき、たった一言タイアップ決まったって言ってくれればこんなことにならなかったのに!!



「あーなんかムカついてきた・・・」

「なまえ?」

「私は!将司がこんなことするの変だと思ったから!いろいろ考えて!落ち込んで!ご飯も食べれなくなって!!」

「ちょ」

「落ち着けって言いたいんでしょ?落ち着いてられるか!!バカ!!どんだけ、私が考えたと、」



悔しい、ムカつく、でもすっごく嬉しい。ぐっちゃぐちゃの感情のせいで涙がぼろぼろと溢れ出した。それに対して将司は驚くこともなく、ただ泣くなって、なんていいながら私の目元の涙を掬う。本当は声を上げて泣きたかったけど我慢した。大の大人が声を上げて泣くなんてみっともない。だからくろいもやもやが少しずつ晴れてきている心の中だけでは、わんわん声を上げて泣いた。



「将司、私を喜ばせるような結果がついてこないって言った!」

「今までそうだったからな」

「私が望むなら別れてもいいって言った、ごめんダメダメでっても言った!!」

「うん」

「そんなこと、どうでもいいの!!そんなこと言う前に私を安心させるような報告を先にするのが普通なの!!不安にさせるようなことばっか言って、もう・・・」



独占欲とエゴの塊の私の腕の中にいたはずなのに、将司はしっかり真っ直ぐ自分の道を歩いている。私が将司がしっかり自分の道を歩いているとこを見ていなかったんだ。こんなに一緒にいるのに、全く見えてなかった。思い込んでいた。将司は自分で何にも出来ない、何にもしないダメな人だと。ダメなのは将司の頑張りを何にも見てなかった私の方なのに。

涙が止まらないでいるとふいに将司から抱き寄せられた。ぽんぽんと背中を叩きながら少しだけ機嫌よくごめんと謝る。私は無防備なその肩に噛み付いてやりたかったけど、てかてかの額を預けてしばらく泣いた。嬉しくて情けなくて、でもやっぱり嬉しくて、どっちつかずな感情が心の中で渦を巻く。



「なまえ」

「・・・なに」

「俺これからめちゃくちゃ頑張るから」

「え?」

「そんでいつかなまえが働かなくても生活していけるようにするからさ」

「・・・うん」

「それまでずっと一緒にいてください」



プロポーズみたい。ちょっとだけ笑える。情けなく泣いてるだけだった私が笑ったことに気付くと将司はぎゅっと力をこめて抱きしめてくれた。

これからとんとん拍子に全てうまくいくとは全く思わないけど、それでも一生懸命頑張ると言ってくれた将司のそばにずっといたいと思えた。私も頑張るから、二人で頑張ろうね、なんてセリフは恥ずかしくて口から出なかったけど、将司ならたぶん抱きしめ返す私の腕で気付いてくれると思う。そこそこ付き合い長いし、ね。