(疲れた・・・)



数日前にマッサージに行ったというのに私の肩はパーン!と、もう逆にすがすがしいくらいに張っていて、もともと弱い腰は長時間座りっぱなしのせいで悲鳴を上げていた。骨もよく軋む。首を回せばばきばき音が鳴るのが当たり前になったのはいつからだろう。

そんなボロボロの体を引きずって珍しく真昼間に玄関までたどり着いた私はバッグの外ポケットから鍵を取り出して玄関を開けた。するとそこにはまるでここにあるのが当たり前のように堂々とボロボロのスニーカーが、朝見たときと同じように玄関の端っこに無造作に置かれていた。今朝あれほど一回家に帰れと言ったのにあいつは言うことを聞かなかったというのか・・・!
疲れと苛立ちを自然と漏れた荒いため息で吐き出して玄関の鍵を閉める。暗くなった玄関でパンプスを脱ぎ捨ててボロボロのスニーカーの隣に並べた。



「ただい・・・」



カーテンが開けられた部屋には昼の明るい日差しが立ち込めていて思わず目を細める。少し熱がこもってるリビングの真ん中、扇風機を回しながら寝ている彼を見つけるのに少し時間がかかった。こんなに明るいのによく眠れるなあなんて変な感心をした自分に呆れて、帰ってきて二回目のため息をつく。それでも起きない将司はぎゅっと眉間にしわを寄せたあとさらに体を丸めてすやすやと眠っていた。

・・・かわいい。なんか、ものすごい勢いで母性をくすぐられている気がする。頬をぽりぽりとかいて口をもごもご動かしてまたすやすや。小さな子供を見ているときのような感情になる。ダメだって分かってるんだけど。大の大人が平日の真昼間からこんな風に寝てるのはダメだって分かってるんだけど!分かってるんだけど、この気持ちはどうしようもない。ああ、こうやってヒモ男を育てていくようなダメ女になっていくのね・・・。

リビングは扇風機の風だけじゃ全然冷やされていないけど、直接風をあびている本人は少し寒いのか体をえらく丸めている気がする。

あーもう、風邪引いたら面倒見るのは私なのに!

私は最近自分のベッドと化してきているソファに置いていた四つ折のタオルケットを手に取った。我が家には古くてよくフリーズする中古のデスクトップパソコンしかないから仕事を持ち帰った日はソファで寝ることがお決まりになっていた。そういえば最近ベッドで寝てないなあ・・・。このソファが私の体にさらに負担をかけていることは明白なんだけど、もう少し仕事が落ち着かないとベッドに戻れそうにない。ノートパソコン買おうかなあ・・・。・・・でもそんな金どこから出てくんだ。現実って厳しい。



「・・・ヒモ男」



それもこれもこの男を私が養っているからノートパソコンを買うお金もないのだ。悪態はついたものの手に持ったタオルケットはそっと将司にかけてあげた。年上って大変だ。売れないバンドマンを彼氏に持った年上は特に。

重たいバッグをソファに置いて私はそっと将司の寝顔を見る。日雇いでも何でもいいから働けよ。なんて思ってるくせに私は将司を甘やかす。このタオルケットがいい例だ。少しだけホストに貢ぐババアに似てる気がした。

もう少し寝顔を眺めていたかったけど彼を養っていかないといけないという気持ちが勝って私の手は古いパソコンの電源ボタンに伸びた。そして行儀が悪いのは百も承知で爪先で扇風機を強風にして首ふりにする。私だって暑いんだ。ぴっぴっと短い電子音がなって扇風機の風は威力を増し首はゆっくりと動く。少し涼しい風が足を掠めていった。



(・・・さて)



椅子に座って背伸びをする。すやすや眠る彼のために、もう少し頑張りますか。