「そういえば腹減らない?」



将司のギターと鼻歌をBGMにしながらいつの間にか仕事に没頭していた私はふと腕時計に視線を落とす仕草をした。しかしそこに腕時計はなくてただの私の腕だけがある。そういや仕事の最中に外したんだっけ・・・。仕事場で染み付いてしまった癖に少し恥ずかしくなりながら私はパソコンの隅の小さな時計を見た。



「・・・えっ!?」



帰ってきたときはまだお昼で外も明るかったのに気付けば外は夕焼け色に紺色のベールをかけ始めて夜を連れてこようとしていた。びっくりした。私は何時間も休憩なしで仕事をしていたのだ。おかげで体はばっきばき。あーあ、久しぶりにお昼に帰って来れたんだから少しゆっくりしようと思ってたのに・・・



「えぇ〜・・・」

「どうした?」

「なんか損した気分・・・」

「なんで?」

「久しぶりに早く帰って来れたのにお昼寝も出来なかった・・・」



出来なかった、より、しなかった、の方が正しいんだろうけど。

落ち込む私を気遣ってくれた将司はパンパンに張ってる肩を優しく揉みながらじゃあ今からゆっくりしようと言ってくれる。私は肩に触れる優しさを感じながらパソコンの画面をちらりと見た。・・・うーん、ゆっくりできるかな・・・ちょっと無理っぽそう・・・。
ずるずるとデスクに突っ伏す。



「・・・なまえ?」

「・・・ゆっくり、したいけど」

「・・・そんなに仕事溜まってんの?」

「うん・・・」

「毎日一生懸命働いてるのに?」

「結構深刻な人手不足ぅー・・・」



人件費を削るために正社員どころか派遣社員さえ数人ちらほらとしか取らないアホ上司のせいで私の仕事はどんどん増えていくのだ。友達が前言ってた・・・なんだっけ・・・えっと・・・あ!



「ブラック企業!」



勢いよく起き上がってそう言うとびっくりした将司の手が私の肩から離れていった。見上げれば将司は目をぱちくりさせたあと眉を下げる。



「・・・」



何か言いたそうな目だけど私はそれに気づかない振りをして背伸びをした。ああ、私ってやっぱり将司に甘い。ちゃんとここで将司に反省の言葉を言わせて今の状況を自覚してもらわないといけないのに、それさえもさせない。将司のためにならないってこと、ちゃんと分かってるのに。私は、酷い女なのかも知れない。



「あーお腹すいたー・・・あ、何食べたい?ってか冷蔵庫なんかあったっけ・・・」

「あ、飯、作ってる」

「・・・え?」

「なまえ疲れて帰ってくるだろうって思ったから、作ってる」

「・・・マジで?」

「今はそんぐらいしか出来ないから」



笑った将司の頬にたまらず手を伸ばした。そしてゆっくり引き寄せておでこにキスを落とす。



「ありがと」



おでこからあまり唇を離さないでそう言うと将司はただ一言、うん、とだけ呟いた。