今考えるとこれは運命だったんだろう。やけにロマンチックで、現実的で、熱くて、悲しくて、愛しい運命なんだと、隣にある無防備な寝顔を眺めながら改めて思った。



「彼女いるらしいよ」



 コンビニにピケを買いに行っていた友達が帰ってきて「ただいま」より先に放ったのは短い一言で、一瞬なんのことだか意味が分からず私は首をかしげながらリプトンの紙パックを開けようと爪を立てていた。そんな私を呆れたように一瞥した友達は頭をかいて乱暴にコンビニの袋を机へ投げたあと前の席の椅子に当たり前のように座ってがし、と肩を掴んでくる。そのとき爪が紙と紙の間を引っかいてしまってぺり、と二枚にはげてしまった。あちゃー、心の中で呟く。



「彼女いるんだよ?」

「・・・うん?」

「高梨だよ、高梨!」



 出てきた名前でようやく友達の言葉を理解した私は知らぬ間に思いっきりリプトンの飲み口を引っかいて二枚に破いていた。



 久しぶりの失恋で涙は出なかったものの心にぽっかり穴が開いたようなむなしさがしばらく続いた。ボーっとすることも増えたし、あの日から紙パックの飲み物の口は上手く開けられない。陸上部の練習風景は見たくなかったし、彼と同じ時間に毎日乗っていたバスは一本早く乗るようになった。ばら色だった景色はくすんで目も当てられない。
 相変わらずピケを食べている友達はたまに申し訳なさそうな顔をするけど彼女は全く何も関係ないし、結局いつか私が知るはずだった事実を事前に教えてくれたおかげで心の傷を最小限に抑えてくれたのだからむしろ恩人なのだ。だけど気にしないで!と言ったところで彼女が申し訳なさそうな顔をするのは変わらないんだけど。

 いつも上手く開けられない飲み物を紙パックからペットボトルに変えればいいだけのことにようやく気づいた頃、私の心の傷は少しだけ癒えはじめていた。陸上部の練習風景は流し見ぐらいは出来るようになっていたし、彼氏がほしいなんて軽口も言えるようになった。そんな私に友達もようやく申し訳なさそうな顔をしなくなって、私は順調に恋をしていた自分を過去のものへと変えていった。華の女子高生、いつまでもぐだぐだ悩んでるのはもったいない。前向きに生きよう。



「華の女子高生、悩んでるのはもったいない」

「いつも言ってるね、それ」



 久しぶりに飲みたくなって買ったカフェオレのストローを噛みながらベランダで登校する生徒たちを眺める私の隣で友達は笑う。



「だってそうでしょ」

「まあそうだけどさ」



 ベランダの手すりに寄りかかった友達がしたあくびが移って、それをかみ殺していたらふと一人の生徒が目に留まった。それは、私が静かに失恋したあの高梨くんだった。隣には一学年下のスタイルがいい女の子が並んでいる。ああ、あれが彼女なのか。あからさまに手をつないだりとかはしてないけど、なんとなく雰囲気で分かることもある。笑い声までは聞こえないものの楽しそうなことだけは伝わってきた。ちょっと前まではそこに私が並んでいたこともあったんだけどなあ。バスの時間を一本早くしたおかげで一緒に登校することがなくなったことがいまさら少しだけ寂しくなる。あーあ。やっぱりスッパリ気持ちを切り捨てるにはもう少し時間がかかりそうだ。



「・・・よし」



 せっかく失恋したんだから新しい恋見つけようよ!なんてよく意味の分からないことを言ってきたクラスメイトの言葉を思い出した私は隣の友達の肩を叩いて手すりから少しだけ身を乗り出す。



「次校門入ってきた人のこと好きになる!」

「・・・はぁ?」



 手すりに寄りかかっていて友達がむくりと起き上がる。怪訝そうな顔で私を見つめていたけど、しばらくしたあと私と同じように手すりから少し身を乗り出した。



「なに、荒療治?」

「まあ」

「もー・・・」

「気にするな、お主は何も悪くない」



 冗談めかしてそう言うと友達はただ小さくため息をついた。


 次来た人、次来た人、心の中で思いながら校門の先を眺めていたけどぞろぞろやってくるのは女の子ばかり。なんだろうね、この運の悪さは。カフェオレをちゅぅ、と吸った瞬間、人が少なくなっていた校門の前に一台の車が止まった。おんぼろな軽自動車で、なんとなくその車を見ていたら運転席と助手席が同時に開いて、運転席からはうちの高校の制服を来た男の人が、助手席からはくたくたのTシャツにジーパンの男の人が降りてきた。二人ともだるそうにあくびをしていて、何度か会話を交わしたあと制服の人は校門へ、Tシャツの人は車の運転席へ入っていった。



「・・・あの人!」



 大きなあくびをしながら校門を通ったその人を指差して私は言う。



「あの人のこと好きになる!」



 顔も学年も知らないその人は、その日から私の好きな人へと変わった。