遠回りか近道かの違いで向かう先は同じだった。それは今マツさんが運転する車で目指す私の家までの道も思い込みのフィルターが濃くかかってた事実に気づくまでの時間も全部そう。どんなに時間をかけて遠回りしたって最短ルートを使ったって私は家に着くし、上條先輩を好きだと思い込み続けてても本当は別のものに酔っていた私はきっと先輩を好きにはならない。だとしたらマツさんの言葉がなんだというのか。あってもなくても結局は同じ場所にたどり着く。そう思ったらほんの少しだけぽっかり開いていた穴が小さくなったような気がした。



「・・・耐えられなかった?」



 消えてしまいそうだった言葉を慌てて拾い上げて問いかけてみる。私の声は夕日のオレンジに飲み込まれそうにはなったけどタバコのにおいには勝つ大きさだった。だからマツさんにもきっと届いてるはずで、返事が来ない時間が怖かった。だけど怖かった時間は本当に一瞬でマツさんは口を開く。



「うん、なんつーのかな・・・」



 次を黙って待つ私にマツさんはこの前と違い隠すことなく言いよどむ。



「・・・健気に智拓くんのこと追いかけてんのが、見てて・・・」



 私が上條先輩を健気に追いかけているように見えていたという言葉に驚いた。本当は追いかける人は上條先輩じゃなくてもよかったのに、マツさんの目にはそうは映ってなかったらしい。

 車は私の家から二番目に遠いコンビニの駐車場の端っこに止まった。マツさんはシートベルトを外すとそのまま私を置いて車から降りてコンビニに入っていく。一人っきりになった私はぼんやりとちょっと曇ったサイドミラーを眺めながら考える。
 健気に上條先輩を追いかける私を見てマツさんは何を耐えられなくなったんだろう。しつこく話を聞いてくる私が耐えられなかったんだろうか。だったらなんでわざわざ学校に来てまで私に謝る必要があるの?でも他に理由があるとしても全く見当がつかない。上條先輩と私関連のほかの理由があるとするなら私の思惑を知っていた滝あたりが耐えられなくなるのは分かるけどなんで何も知らないマツさんが思いつめることがあるんだろう。それかマツさんは私が可哀想な子だとか滑稽な子だとか思って見えるに耐えなくなったのか。確かに彼女がいることを知っている先輩をいつまでも追いかけてる女は私だって可哀想だと思う。哀れだとも思う。でもそれはその人の勝手だから首を突っ込むことじゃない。

 袋を持って戻ってきたマツさんはジンジャーエールを渡した。どうやらマツさんの中の私は健気に上條先輩を追いかけるジンジャーエールが好きな女子高生というものになっているらしい。なんて情けない私だろう。

 窓を開けるためにかけたエンジンはすぐに切られて車の中は町の音が風と一緒に流れ込んでくる。後ろにある夕日は私とマツさんを影で飲み込んでしまった。おかげで横顔は輪郭だけが残って中は真っ黒だ。表情が読み取れないことに私はどこか安心する。自分の顔を見られないのと同じようにマツさんの苦しそうな顔が見えないことが胸をほんのちょっとだけ軽くした。



「・・・なまえちゃん」



 名前を呼ばれて条件反射でマツさんのほうを向くとマツさんもこっちを見ていた。暗くて見えないはずだと安心していたのに目を合わせれば嫌でもマツさんの表情が見えた。ちょっとの苦しさを笑顔で隠しきれてると思っている顔だった。なぜだか分からないけど私はその笑顔から目が離せない。



「俺と付き合おう」



 表情とちぐはぐな軽い口調で言われた言葉が脳にたどり着いたとき、ぐちゃぐちゃだった頭がパンッと音を立ててはじけたような感覚になった。



「なんで?」

「なんでって」

「マツさんはなんですぐ付き合おうって言うの?私がかわいそうに見えるから?」



 口はぱくぱく勝手に動くのに私の頭の中はテレビで見たダムが決壊する映像がスローモーションで流れていた。まるで今の私みたいだと、遠くの誰かが囁く。



「誰にでも簡単にそう言うの?傷心の女子高生につけこめるって思ったの?大人は好きじゃない人にも付き合おうって言えるの?」



 マツさんが喋ろうとした口を閉じたのが見えた。



「それはマツさんの優しさ?」



 自分で恐れていたことに無意識に足を踏み入れたことに気づいたときにはもう遅かった。きっとこれはマツさんと私の関係が終わってしまうスイッチだ。一度押されたスイッチはまた浮かんでくることはなくて押しなおすことは出来ない。苦い空気と一緒に吸い込もうとしてもかき消そうとしても私の言葉は戻ってこない。マツさんの耳に滑り込んでもう頭に到達してるはずだ。意味を理解できなかったらいいのに。聞こえてなかったらいいのに。どれもこれも光も何もない叶わないと分かってる望みだけを必死に頭の中で繰り返す。今すぐ巻き戻しのボタンが現れてDVDを見るときみたいに簡単に時間を巻き戻せたならどんなにいいだろう。

 無意識に目をそらしていた私の頭にあたたかくて大きな手が乗る。



「分かりづらくてごめん」