高梨くんと彼女の隣を友達と通り過ぎる。全く動じない私を不思議そうに見た友達は「荒療治は成功したの?」と聞いてきた。私は胸を張って頷く。「上條先輩じゃなかったけどね」と付け足して。



 家にたどり着く二分前、やっぱり簡単だった答えをやっと導くことが出来た私は泣きながらマツさんのTシャツの裾を握った。私は上條先輩を好きだと思い込んでいた別の場所でいつの間にかちゃんとマツさんのことを好きになっていた。タバコやピアスやビールに酔ったわけじゃない。そんなものがなくたってただ笑って話すだけで幸せだと思っていたそのときにはきっともうマツさんのことが好きだったのだ。画面上で付き合おうと言われ続けたことが鬱陶しかったのはちゃんと話せる関係なのに理由もなく一方的に送り続けてきていたからでマツさん本人が鬱陶しいわけじゃなかった。だから誘われたときに素直に会いに行ったし面と向かって付き合おうと言われたときは戸惑った。マツさんに相談をして助けられたから自分が上條先輩じゃなくてもよかったことに気づいたときに怖かった。嫌われたくないと自然と思っていた。それだけで自分の気持ちに気づくには十分なのに最後まで、家に着く二分前まで分からないふりをしていたのはこんな都合のいいこと、マツさんに認めてもらえないと思っていたからかもしれない。マツさんだってその前に私をどれだけ大切にしてくれていたかちゃんと話してくれていたのに、理解できてなかった自分が恥ずかしい。

 泣きながらTシャツの裾を握った私に最初は驚いた顔をしたけどマツさんはすぐに嬉しそうに声を上げて笑った。



「まさかマツさんとくっつくとはなあ」



 中途半端に残った水のペットボトルで自分の太ももを叩きながら滝が手すりに持たれかかって言う。隣でリプトンの紙パックを開けながら「まあね」とだけ返した。



「なんで?」

「なんでって」

「だってみょうじ上條くん好きだったんでしょ」

「・・・まあ、それには深い事情がありまして」

「なにそれ」

「・・・あれだよ、あれ」



 まだ紙パックに沈める前のストローを滝に向けて揺らす。



「思い込みって怖いってやつ」

「・・・訳分かんね」



 呆れたように言った滝はそれ以上この話を広げることなくぼーっと空を眺めていた。私はストローを紙パックに沈めて中の紅茶をぐるぐる回す。今日は陸上部の練習は休みのようで代わりにバスケ部がトラックをものすごいスピードで走っている。いわゆる外練は陸上部やサッカー部が休みのときしか出来ないらしいので力の入れようが他の部活とは違う。下手すれば陸上部より全力で走っているのかもしれない。そんなバスケ部の傍らに学ランを着た生徒がぽつんと立っていた。なんかデジャブ、と思った次の瞬間には練習から女子が一人離れて学ランの生徒に向かって走っていった。ああ、あれ、高梨くんと彼女だ。



「おーい」



 声が聞こえて振り向くと相変わらずピケを持った友達が私と滝がいるベランダへ出てきた。片手にはなぜかジンジャーエールが握られている。



「どうした?」

「なんかこれ貰ったんだけど、私ジンジャーエール苦手でさ。なまえ飲んでたよね?」

「あ、ごめん、今これ飲んでる」

「じゃあ滝いらない?」

「・・・いる」



 むくりと起き上がった滝は友達からジンジャーエールを受け取るとひらひらと手を振って教室に戻っていった。そしてさっきまで滝が居た場所に友達が立ってピケを食べながら校庭を眺めていた。



「ねえ」

「ん?」



 友達は一箇所を見つめたまま私に話しかける。その視線を辿れば先には高梨くんたちがいた。



「ずっと聞きたかったんだけど」

「なに?」

「なまえは滝とくっついたの?」



 飲んでいたリプトンを吹き出しそうになった。



「なんでよ」

「だってよく話してんじゃん」

「友達だもん」

「でも上條先輩じゃなかったんでしょ?」

「うん」

「じゃあ誰?」



 視線を高梨くんたちから私に戻した友達が眉をひそめて首をかしげた。それに対して私は笑顔を向ける。



「あの日の朝校門にいた人だよ」

「はぁ?」

「厳密に言えば入ってきてはないけど」



 さらに首をかしげた友達はマツさんのことを知らない。









「・・・ん・・・」



 隣で眠っていた晋二がゆっくり目を覚ます。そしてひじを突いて起き上がっていた私を見つけると腰に腕を回してそのまま自分の胸の中に引きずり込んだ。同じボディーソープのにおいがする。



「まーた寝てねぇの・・・」

「ちょっと目が覚めただけ」

「寝なさい・・・」

「・・・懐かしい夢見た」

「ん・・・?」

「私がまだ華の女子高生だったときの夢だよ」



 すぅ、と穏やかな寝息が聞こえてくる。最近忙しかったから相当疲れているんだろう。晋二の胸の中で私も目を閉じる。



「・・・晋二のこと好きになってよかった」



 心の底からそう思うの。本当だよ。

 だけどそんな私の気持ちは夢の世界に旅立った彼に届くはずもなく、独り言は夜の闇に溶けていく。



tilte by 依存症