こういうとき、もっと交友関係が広ければ、と後悔する。私は友達が少ないし、後輩から好かれるような先輩でもなければ、先輩から好かれるような後輩でもない。うーん、うーん、と唸って悩んでいるところに手を差し伸べてくれたのは意外にもクラスのギャル集団の一人だった。



「分かったよー」

「え、ほんと?すごくない?」

「うちめっちゃ交友関係広いからね」



 ふふん、とちょっと自慢げに笑った彼女から渡されたメモにはあの日好きになると決めた人の名前と学年が書いてあった。彼は一学年上の先輩で、上條先輩というらしい。



「でもなんかダブりらしいよ」

「マジで」

「うちの高校でもダブりっているんだ・・・」



 呆れるを通り越して感心している友達をよそに私は机に座っている彼女は続ける。



「あとなんかバンド組んでるらしーよ」

「バンド?」

「うん」

「・・・メンバーとか分かったりする?」

「・・・知りたい?」



 ピンクのグロスが光る唇をにやりと持ち上げた彼女は心底面白そうに私を見ている。その顔に本当は今は好きじゃないんだよね、結構どうでもいいかも、なんてことは言えるはずもなく、とりあえず頷く。私の隣にいる友達は事情を知っているからちょっと呆れたような顔をしていた。



「仕方ないなぁ!じゃあそのポッキー一袋ちょうだい!」

「あ、いいよ。どうぞ」



 開けてなかったポッキーを一袋渡すと彼女はやったーと言いながら袋を開けて一本口にくわえた。



「で、メンバーとは」

「一年の男の子と二組の菅原、あと滝だって」

「滝?」

「うん」



 思わず教室を見渡すけどそこに滝の姿はなく、マジで?と聞くとマジマジ、と早くも二本目をかじっている彼女が返した。
 滝は一年のときから一緒のクラスメートだ。たまに会話を交わすぐらいの仲だけど特に嫌いなわけでもないしたぶん嫌われてもいない。なんということだ。まさか上條先輩と繋がってる人間が同じクラスにいるなんて。しかし、滝がバンド。あんまりイメージできない。



「まあ上條先輩に直結するやつがいてよかったじゃん!」



 そう言った彼女は机から降りると「頑張れ!」と笑って私の肩を何度か強く叩いていつも一緒にいるグループのほうへ戻っていった。「仲人になっちゃった!」なんて、大声で言いながら。

 そしてそれを聞いていた友達が「仲人は違うだろ・・・」とぽつりと真面目に呟いたのがなぜかとても面白く感じた私は腹を抱えて爆笑したのだった。



「あ、滝!」



 彼女から滝が上條先輩とバンドをしているという情報を手に入れたはいいものの結局話しかけるタイミングがなかった私は、放課後リュックを肩にかけて帰る準備万端な滝を呼び止めることにした。突然私に話しかけられた滝は歩き出そうとしていた足を止めてぱちぱちと何度か不思議そうに瞬きを繰り返す。



「ちょっといい?」

「え、なに」

「聞きたいことがあってさ」

「え、なに」



 同じ言葉を二回繰り返した滝はやっぱり不思議そうな顔をしている。まあ私から呼び止めることなんてノート回収のときぐらいしかないからそんな顔にもなるわな、なんて思いながら話を切り出した。



「滝さ、上條先輩とバンドやってるってほんと?」

「え、うん・・・なんで?」



 彼女の言葉が本当だと確定した。それならすることは一つだ。



「頼みたいことがあるんだけどさ」

「・・・なに?」

「お願い、練習場に連れてって!!」



 唐突な私の申し出に滝はびっくりした声を出したけどしばらく黙ったあと、口を開いた。



「まあ、いいけど・・・」

「マジ!?」

「とりあえず、理由は聞きたい」

「上條先輩に会いたい」

「・・・はぁ?」



 はじめて見た滝の心底呆れた顔。それでも引き下がる気はさらさらない私は一歩滝に近づく。



「まあいいけどって言ったよね?」

「でも理由がなぁ」

「ダメ?」

「うん」

「なんで!」

「バンドに興味があるならいいけど」

「じゃあ今から興味持つから!」

「そこまで言うなら自分で会いに行けばいいじゃん」

「だって上條先輩私のこと知らないし」

「上條くんなら喜ぶと思うよ」

「なんでよ」

「女好きだし」

「マジか」

「知らない後輩来ることしょっちゅうだからいまさらなんとも思わないと思うけど」

「マジか」

「・・・っていうかなんで上條くん?」

「え、好きになるから」

「は?」



 私の言葉の意味が分からないというように顔をしかめた滝に、「やっぱりそうなるよねー」と言えば余計に変な顔をされた。だけども私は諦めない。



「とりあえずバンドはいいや。滝、ちょっと協力してよ」



 一瞬だけ私何やってんだろう、とむなしくなったことはなかったことにしよう。