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※こちらは「相利共生」の続編になります。




「緊張してる?」


私の実家の玄関前で、隣の彼を見上げながら様子を伺う。




「してるに決まってんじゃん。就活の何百倍も緊張してるっての。」


珍しく只ならぬ雰囲気を漂わせ、お堅い感じのダークスーツをビシッと着ている貴大が、堅い表情で返した。




「ははっ、緊張し過ぎ。大丈夫だよ。私が選んだ人なら反対しないよってお父さん言ってたし。」


「‥‥ほんと?」


緊張を和らげようと私が助言すると、少しだけ貴大の表情が柔らかくなった。




今日は結婚の承諾の挨拶をしに、私の実家へやってきたのだ。




先日貴大からプロポーズを受けたことは私から両親に報告し、両親は驚きながらも理解してくれた。




何度か会ったことのある母は貴大のことを凄く気に入っているのだが、貴大と仕事の忙しい父が顔を合わせるのは初めてだ。


彼女の父親に会うだけでも緊張するのに、そのうえ今日は結婚の挨拶をするのだ。




貴大が緊張するのも無理はないな、と隣で同情しながら苦笑いを浮かべる。




「うん。10年前ぐらいに。」


「それ大分前じゃん‥‥。」


事実を知った貴大が、しゅんと肩を落とす。




「貴大なら大丈夫だって。じゃ行くよ?」


笑い飛ばしながら貴大の背中をビシッと叩く。




『うしっ、いくか』と気合いの入った声を合図に、私はインターホンを押した。









客間である和室に通され、下座についた貴大の隣に私が座る。


そして後から入った母と父が、テーブルを挟んだ私たちの真向かいに座った。




貴大と真向かいに座る父の表情はお面のように固く、父も緊張していることが読み取れる。




しかし色々と話題を振ってくれた明るい母のお陰で、少しは歓談の時を過ごすことができた。









暫く世間話で和んだところで、貴大が座布団の上から降り、開いているスペースに正座のまま移動した。





「‥‥本日は、結婚のお許しを頂きたく参りました。」


貴大の言葉に、私だけでなく両親も背筋をピンと伸ばす。




男にとって、彼女の親に結婚の話を切り出すのは、文字通り一世一代の大勝負。


貴大の強ばった表情から緊張や不安、決意を感じた。




「名前さんとのお付き合いを通じて私は、名前さんのお人柄に強く惹かれました。

そんな名前さんを『ください』とは言えません。
名前さんに‥‥幸せにしてもらいたいんです。そして全力で名前さんを幸せにしたいんです。

ただ名前さんと一緒に‥‥人生を過ごしたいんです。
‥‥どうか名前さんとの結婚を、認めていただけないでしょうか。」




真剣な表情で言い終えると、畳に頭がつきそうなくらいに頭を下げた。




「私からも‥‥お願いします。」


貴大の隣で私も、誠意を込めて頭を下げた。




「‥‥‥‥今日は‥‥いい日だなぁ。」




父の穏やかな物言いが聞こえ、私と貴大がゆっくりと頭を上げる。




「2人で決めて、2人が『いい』と思ったんなら、それでいいんじゃないか。

貴大くん‥‥ふつつかな娘ですが、名前を宜しくお願いします。」




落ち着いた雰囲気を纏う父がそう言い、両親2人が頭を下げる。




「はい‥‥ありがとうございます‥‥!」


それを見た貴大が、僅かに震える声で答え、また頭を深く下げた。






隣で貴大の挨拶を聞いていたとき、『この人となら極貧に陥ろうと一緒に生きていきたい、この人と一緒なら強く生ける』『この人となら色んな意味で人生を一緒にやっていけるだろう』と感じた。




帰り際に父は『名前は、いい人と巡り会えたんだな』と嬉しそうに、しかしどこか寂しそうに私に言った。




人生何が起こるか分からないし、この先悩み不安は多かれ少なかれ生じるだろう。


でも何が起こっても貴大となら頑張れるし、一緒に生きていこうと思った。




お父さんお母さん、私この人と幸せになります。


なんともいえない幸福な感謝の心が、おさえてもおさえても胸に込み上げて来たのであった。