愛おしい人




遠い遠い記憶が巡る。



あの頃は将来なんて言葉じゃなく、未来という言葉だった。
無限に広がる未来を信じて疑う事を知らなかった。
ホグワーツは無限の可能性を私に与えてくれたのだ。
いや、ホグワーツだけじゃなく、彼も不安になる度に信じさせてくれた。

息を吐き、ゆっくりと羊皮紙に向かい合った。




フレッド・ウィーズリー様。
最近とんと冷えますが、お元気ですか?
んん、元気じゃないわけないか。
貴方に書く手紙はこれで6通目ですね。
溜まり始めてうざったくなってない?
今回はね、これで最後にしようと思って書いてます。
だから、今までと違って思い出話をさせて欲しいの。
できれば最後まで読んでくれたら嬉しいな。



“本当にレイチェルは勉強ばっかりしてるな”っていきなり声をかけてきたよね。
初めはなんて失礼なんだろうって思ったの。
勤勉が誇りのパッフルパフにそれはないんじゃない?って。

気になってたのにうまく言葉が出なくてこれになっちゃったって、後から聞いた時は笑ってごめんね。
本当は貴方に声を掛けてもらえて嬉しかった。

“フレッド・ウィーズリーさ”ってキザに笑う貴方に、私もずっと声をかけたかったの。

フレッドはよく“ホグワーツの悪戯仕掛け人を知らなかったなんて!”って絶望するフリでからかってきたけど、嘘。
本当は知ってました。
貴方とジョージを偶に見分けられるくらい見てたんだ。

知ってた?
悪戯が成功した時ね、貴方の方が嬉しそうに笑うんだよ。
それが印象的で、大好きでした。





少し冷えてしまった珈琲をゆっくりと流し込む。
フレッドがお気に入りの珈琲は私には酸味が強すぎて、実はあまり好きじゃない。
買い溜めしてあった豆もこれで終わる。





告白は、貴方の大好きな箒の上だったね。
真っ青な空が気持ちいいから飛ぼう!っていきなりやってきて。
飛行は得意じゃないって言ったら“だから1本しか持ってこなかった”っていたずらっぽく笑ったんだ。
貴方の前に乗って飛ぶ空は、知らない世界だったわ。
気持ちよくて柄にもなく、フレッドと一緒に歓声を上げたくらい。

「レイチェルが好きだ。付き合って欲しい」

耳元で囁くような声が今までよりも低くて、ドキドキしたのも。
後ろからきつく抱きしめられた熱も。
フレッドの心臓がばっくんばっくんしてた事も。
全部全部鮮明に覚えてる。
フレッドは、どう?
あの時の気持ち覚えてる?




「ふ……ぅ……」
ポタリ、と羊皮紙の上に落ちた雫を慌てて拭く。
まだ乾いてなかったインクが少しだけ滲んだ。
ご愛嬌って事で許してくれるかな。
目元の涙も拭い、珈琲を一気に流し込んだ。





付き合い始めてから沢山の思い出がありすぎて。
どれから書こうか迷います。

ああ、そうそう。
ずっと聞きたかったんだけどね。
フレッドはよく、私のレポートを丸写ししてたじゃない?
ふふ、あれ怒られなかったの?
私は1度、マグゴナガル教授にウィズリー兄弟に見せるなって言われたよ。



ウィズリー家に招かれた事。
モリーさんやアーサーさん、他のみんなも暖かく迎えてくれた事。
あなたの部屋に入った瞬間。


こうやって最後にしようと思うと、たくさんの事が蘇ってきます。
懐かしくて少しだけ泣いちゃった。
涙の跡はご愛嬌で許してください。



付き合うようになって、大切な人の為にはこんなにもパワーが出るのかって驚きました。
飛行も一緒に訓練してくれて、今では得意なことの一つです。
苦手だった料理も、まだモリーさんのような暖かい味は出せないけどすっかり好きな事に変わりました。

私はフレッドに沢山のものを貰いました。
沢山の知らなかった私に出会いました。
でも、フレッドに私は何かしてあげられてたのかな。
そんなことを、ふと思います。





初めてのキスは、喧嘩の後だったね。

寮が違う事に悩んだり、そばに居れないから束縛して。
アンジェリーナに嫉妬して。
そういうドロドロとした物を貴方にぶつけてしまった。
当時の私は、多分貴方に依存してたんだね。
今ならわかるの。
でも、あの時は分からなくて。
フレッドと私は、何処か違う世界を見てる気がして怖くて怖くて仕方なかったんだ。

仲直りも出来てないのに、舞踏会の話をされたよね。
あの時、フレッドといけないんじゃないか。
フレッドはアンジェリーナと行くんじゃないかって思って、毎晩涙を流してたの。


ごめんね。
それなのに意地っ張りな私は、自分から仲直りが出来なかった。


フレッドが“ドレス、すげぇ綺麗”って言ってくれてから、あのドレスは宝物です。
バルコニーでしたキスは、寒かったけどとても暖かったね。



ねぇ、フレッド。
色々な事があったけど、大人になったよね、私達。



フレッド。
愛おしい人。

告白されてから今まで貴方が居なくなった後も、誰よりも誰よりも大切な人でした。
その座は誰にも譲らなかった。
フレッドもそうだといいな。





「レイチェル、そろそろ寝ないと明日に響くわ」

ハーマイオニーが遠慮がちに声を掛けてきた。
机に置いた時計は、残された時間が少ないと急かす。

「うん。そうだね。」

早く書かないと。
羊皮紙も長くなってしまった。

ハーマイオニーが交換してくれた紅茶は、暖かくて優しい味がした。

ほっと一息つくと、ペンを握り締めた。







フレッド。
ここからは私の今の思いを書くね。
貴方が居なくなってしまってから、私はきっと貴方に心配ばかりさせたと思うの。
みんなにまるで抜け殻だと言われたから。
フレッドへの手紙を書く時だけ、私は私になれた。
後は息をする事だけで精一杯だった。
フレッドが来てくれることをずっと待ってたの。


霧の中を生きてるような、そんな灰色の世界から救い出してくれたのは貴方の片割れのジョージだった。
見てた?
ジョージは根気強く私を引っ張りあげようと頑張ってくれたよね。

だから。





だからね。





私はそろそろ前に進もうと思うの。
貴方が死んでしまってから、また私はフレッドに依存してた。



でもね、これからは。




貴方の大切なウィーズリー家と共存して行きたいの。
ジョージとフレッド、どっちが大切かなんて比べる事が出来ないくらい2人とも大切だから。
ジョージとこれから生きていく事を許してくれる?


お願い、どうか。
許してください。



いつまでも愛してるわ、フレッド。
眩いばかりの日々をありがとう。

大切な大切なフレッド。
お迎えは絶対来てね。
待ってる。


XXXX
レイチェル・スワロウ



やっと書き終えた手紙に息を吐く。
ハーマイオニーはいつの間にか居なくなっていて、紅茶もすっかり冷めてしまった。
フレッドの命日には欠かさず、書き続けた手紙。
いつもは、遠くにいるフレッドへ近況報告するような内容ばかりだった。
沢山の思いの丈を書いたはずなのに、まだ足りないと思うのは何故だろう。




“レイチェル”





聞き間違えるはずのない、フレッドの声が私を呼んだ気がした。
肩もじんわりと暖かくなった気がする。




ああ、フレッド。
そこにいるの?




“もう、前に進んでいいよ”
そう言われた気がして、涙が止まらなくなる。
フレッド。
来世でも絶対、私はフレッドを好きになる。
その時は何があっても、今度こそ幸せになろうね。





だから、今は少しさようなら。
私の青春。
私の初恋。
私の、愛おしい人。





……end




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