送り狼


「なまえちゃん呑んでるー!?」

笑い声やらが溢れる…そんな騒がしい部屋の一角に響く男の声。
サークルの飲み会ともなれば出席しない訳にも行かない。先輩に名前を呼ばれたみょうじがいつもより赤い顔をしながら苦笑いしていた。その姿に手元のグラスに少し力が入り、水面が揺れた。
視界に入る先輩とみょうじを横目に見てから目線を戻し、周りで話していた会話に静かに相槌をうっていた。

しかし視界の隅に捉えるのは、いつもより火照った顔したみょうじといつもよりも絡んでいる先輩だ。

決して気になる訳ではない。
そう高校時代からの仲間の一人だからだ。よく働いてくれた、また人の事をよく見ている、多少抜けているところもあるがそこも愛敬とも言えるだろう。後輩からの好かれようを見ているとみょうじで良かったなという気持ちにさせられた。みょうじだからこそ共に部活をやってこれたと思っている仲間だった。

「…フッ、みょうじは飲み過ぎだな」

フォローしてやるかという気持ちとともに零した独り言。そんな小さい俺の独り言を拾い上げたのは荒北だった。

「ハッ相変わらず面倒見がいい事でェ」

デカイ態度をしながらぶっきらぼうな言葉を返す荒北。だが、意外と周りの空気に合わせているのかその口調は比較的穏やかだった。
みょうじを助けてやるかと思いつつも、まだ飲み会の途中…周りの話に話題を合わせ、先輩やらの就活話に耳を傾けた。








「…ん、…せんぱい…もう無理ですって」

ふと、数メートル先から聞こえる小さい声を拾う。腕時計に目を落とすと時刻は飲み会もお開きになるかと思う時間だった。
みょうじは目を細め、少し困りながらコップを守るように両手を添えていた。自身の肩に回された腕を振りほどく事もせずに。

「…。」

俺も相当酔っているな。
腹の底からモヤモヤとしたものが上ってくるものがある。胃の辺りに手を置いた。

「荒北、悪いが水を頼んでくれないか?気分が悪い」
「ア?てめぇいつもより飲んでねェだろ。ったくよォ…「あと声が大きい、少し落とせ」
「はぁ!?」

"やっぱてめェ飲み過ぎだ"と言う荒北のお小言を聞きながら水を待った。


「なまえちゃんの髪サラサラだね」
「そんな事ないですよー、先輩もそうじゃないですかー」
「なぁさっき言ってたなまえちゃんのタイプってこの中で言うと誰か教えてよ」
「…、ふふ、それは内緒です。内緒の方が盛り上がりません?」

賑やかな部屋の中、比較的静かに話しているだろうみょうじ達の会話が耳に届く。なんていうかみょうじも大学に入ってからより大人になったな。かわす言葉まで上手くなってきたみょうじがどこか遠くに感じた。

「水頼んだ奴いんのーーー!?」
「俺ェ!!こっちまわしてくんナァイ?」

入り口側の友人がグラスを掲げながら、声を張り上げた。回ってきた水を荒北は俺の目の前に激しく音をたてて置いた。

「はいドーゾ、煮えたぎってる金城チャン」
「なんだそれは」

口角を上げ、ゲスい顔をしながらせせら笑うのは荒北。その顔にどこか意味が込められていそうでならなかった。

「さっきからてめェのざわつきがニオウんだヨ」
「だからさっきから何を言ってる」
「ハッ気付いてねェとか馬鹿なやつ」

"持ち帰られちまうんじゃナァイ?"

俺だけに聞こえるレベルの低い声が脳に響く。その言葉を聞いて目線をみょうじに送った。今にも机に突っ伏して寝そうなみょうじは先輩が身体を摩るように起こそうとしていた。

「珍しいもん見れたのぉ荒北ァ」
「ハッ引っかかってやんのォ!!歪みまくったその顔撮っておけば良かったなァ」

残っていたビールを飲み干して笑う2人を他所に、ズレていないメガネを直した。今のこの状態で2人何を言っても無駄であろう事は理解できた。



「…先に失礼する」

2人に言い残して席を立つ。背中側から2人の下卑た笑い声がより煽った。
行き先は数メートル先。
あぁ、こんなに酔ってるみょうじなんて久しぶりに見た気がするな…。

「…先輩、みょうじが迷惑かけてるようで…、送っていきますので」
「え…」

見下ろすように声をかけると、背中を摩る先輩の手が止まり、パッと離れた。すると重そうに頭をあげるみょうじと目が合う。俺を見ながら瞬きする目、この目は一体何を考えているのか。

「ん…ぁ、金城くん…」
「みょうじ、飲み過ぎだ。送っていく」
「あーぃ…よろしく〜…」

驚いたかと思ったら直ぐさま眠そうに目を伏せた。
みょうじの目には俺が見えているのだろうか?いつの間にか離れてしまったみょうじの腕を掴んで立たせた。鼻を掠めるアルコールの匂いとどこか甘い香り…甘ったるい。
抱える様に騒がしい飲み屋を後にしようとする俺にみょうじのバックを渡してきたのは意味深な顔した荒北だった。"送んの手伝ってやろうか?"と聞かれ断った時の荒北の顔に、自分でも眉間に皺が寄ったと思えた。

空いている手にみょうじの鞄を抱え歩き出す。夜風は酔っていた俺の頭も冷やし始める。



…認めたくはなかったんだがな…。

こう女性に預けてもらえる、頼ってもらえるという事は中々嬉しい事かもしれない。しかし俺もみょうじに頼った時もあるのを覚えているのだろうか?今聞いても答えは返ってこないだろうな。

「…きんじょー、くん…飲んでるー?」
「あぁ、」
「そと気持ちいーねぇ…」
「あぁ」
「そーだ…今度ビアガーデンしたい、そーほくで…あつまって…」
「あぁ」

笑うみょうじの瞼は今にも閉じそうだった。熱いくらいの体温を身体の半分に感じながら、みょうじのアパートへ向かう。何回かレポートやサークル関係で行った落ち着かない部屋だ。けれども向かう足は思いの外軽やかだった。





「…鍵はあるか?みょうじ」
「ある…きんじょーくんありがとぉ…」

数回行った部屋なのにしっかりと部屋番号を覚えている自分に呆れる。後にも先にも覚えている部屋なんて僅かだろう。
玄関先で鍵を出してドアを開けるみょうじを見守る。そしてヘラッと恥ずかしそうに笑うみょうじが静かに口を開いた。

「…嬉しかった」
「っ…」

"酔っちゃって迷惑かけてごめん"と髪をいじり、恥ずかしそうに言う姿はどこか幼い筈なのに、昔とは違った艶やかさがあった。

「みょうじはいつの間にか変わったな」
「ん…?」
「いや、こちらの思い過ごしか」
「?ん〜…金城くんよく分からない…」

少し顔を難しそうにし、頭にクエスチョンマークが浮かんでいそうなみょうじに苦笑する。
そして俺の気も知らないで"金城くんも酔ってそうだからお水あげるよ〜"とコップに溢れそうな程汲んでいた。コップの周りに水滴がついた状態で渡されるコップ。ヘラッと屈託無く笑う姿に自分の熱さとの距離を感じてならない。

「そーだ、ちょっと気になってたんだ」

コップを手にする俺の首すじに顔を寄せてくるみょうじ。そんなみょうじになんと声をかけていいか戸惑った。その戸惑いもみょうじによって取り払われた。

「ん…そうだ、いつも金城くんから良い香りしてたんだ…、なんだか爽やかで、でもどっか甘くて…凄く落ち着くの…」
「…」
「ん…好き…すごく好き…安心する…」
「…そうか」

これは試されているのではないかという疑問が浮かぶ。"安心"と言う名のガードを張られたようで溜まったものではない。垂れ流される甘い言葉に胸が締め付けれた。

項垂れているみょうじの顔と距離を取ろうとすると、熱い頬に手が当たる。ぼーっとするみょうじが虚ろに目を合わせてくる。
その目に惹かれる様に水で濡れた手で柔らかそうな唇に指を落とす。しっとりとした柔らかい唇が自分との違いを表していた。

「ん…、?」
「…みょうじ」

訳分かっていないだろうみょうじの唇を触っているが特に拒否は出ない。胸が痛むところはあるが、手は止まらなかった。
みょうじの口内にそっと侵入し、歯列をなぞる。まとわりつく唾液が俺の指を伝う。

「…ぅぐ…きん…じょくん…ん」
「っ、あぁ」

俺の服を掴み、少しだけ苦しそうに顔を歪めるみょうじ。指は二本に増えて、みょうじの口内の舌を追い回すかの様に口内を這わせた。

「…ふぁ……ん。、」
「悪い」

俺の指がみょうじによって唾液まみれになっていく。そこはかとなく満たされるのは征服感。先程肩をだかれていたのだからこれくらい許してくれと…思ってしまうのは致し方ない。目の前のみょうじは全てを分かっていないだろう。そのためか涙を浮かべながら顔を歪ませた。

「ん…口、の中…いっぱい…」
「みょうじの口の中は小さいな」

アパートの玄関先でしゃがみこみ、俺に縋り付くみょうじの口に指を三本に増やして口内をなぞる。指と指の間から垂れていく唾液が手のひらを伝う。いつの間にかついた唾液やら汗やらで顔に張り付く髪をどける。そして苦しそうに歪む顔が何かを想像させ、身体を熱くした。

「…なんていう顔するんだみょうじ」
「ん…ぁ、むり…」

とっくに切れた理性。今更気付いた想いが口から出るわけもなく、みょうじの口を塞ぐ事しか出来ない始末。指の代わりに舌を入れ、隅々這わせた。

「…どう、したの…きんじょ…」
「…離れていた距離を埋めるつもりだ」

靴を脱ぎ、みょうじを抱えた。












翌日、心配していたらしい荒北達がみょうじに声をかけた。そしてバツが悪そうに"送り大蛇って始めてみた"と呟いたみょうじによって、生活は明るくなった。