雨の日
"今日俺休みだからァ"
寝坊したと慌てて起きる私に欠伸をしながら言い放たれた言葉。それにムッとしてしまうのは、週の真ん中で疲れも出てくるような日だったからだろう。
「聞いてないんだけど」
「…言った気ィすっけど」
ベットの上であぐらをかきながら、頬をかく靖友はどこか気まずそうだ。次の有休を合わせて取得してどこかで出掛けようと話していた矢先の出来事なので、少し残念だった。
「あーもう…」
「ヘイヘイ、飯作っとっからァ」
「そういうことじゃないし…」
他人が休みと聞くと、休みたくなる性分だ。なんしろこの日差しは梅雨の中の貴重な晴れを示しているからだ。
朝の支度もせずに、そのまま薄い布団と戯れながら二度寝の体勢を整えている靖友。そんな人間を横目にしながら出勤準備をするのは、気分が乗らない。至極、当然な事だろう。
化粧をして、クローゼットから適当に服を引っ張りだして着る。
「…なまえチャァァン、その服一昨日着てたんじゃねェ?」
「…え」
着替え終わった瞬間に言われた一言で、目線を落とす。そう言われるとそうだったかもしれない。
「〜あぁ!もうっ…」
「ハッ 遅刻しちまえ」
「んなわけにいかないでしょ!今日忙しいの!」
とりあえず上だけ替える事になった。そして着ていた服を意地悪い顔している靖友に投げつける。
「ついでに掃除もよろしく」
「ア?走りにいっから無理に決まってンだろ」
「え、やっておいてよ」
「…ヘイへイ」
「ヘイは一回!!」
「…ヘーイ…」
少し慌てた朝、テレビも点けずに朝ごはんを食べて出勤したのだ。
"傘もたねェでいいのォ"
慌てる私に、そんな靖友の声が聞こえる訳もなかったのだ。
…
昼休みにスマホを覗くと靖友から連絡が入っていた。
"掃除終了"
"走りいってくる"
何とも靖友らしい素っ気ない内容に思わずにやけてしまう。ブッサイクな顔してガツガツと壁にあてながら掃除機をかけたのだろうと想像するとどこか笑えるのだ。
「何をみょうじさんは笑ってるんだ?はたからみたらヤバいやつだったぞ」
「あぁ、面白いニュース見つけて…」
怪しい私をみて不審がる同期に聞かれてとっさに某ニュースページに切り替えた。
靖友だって、一人で休みたい時はあるだろう、休みが一緒に取れなかったけれど許してあげようではないか。靖友からの連絡と、この晴れ渡る空と穏やかな風に私の気持ちまで沈静化したのだった。
…
「…なのにこれか…」
仕事終わりに、さぁ帰ろうとしたらスコール…とまでとはいかないけれど大雨になっていた。スマホを開いて靖友に傘をお願いしようとしたのだが、折角の休みだと思うと躊躇われた。
そして雨雲の状況を見ることが出来るアプリを起動したが、おそらくはこの厚い雲は数時間抜けそうにない。
そして手元には会社に置いてあった折りたたみの小さい日傘。これはもう覚悟を決めるしかない。でも日傘でこの雨は防ぎきる事は不可能だろう。でも頭と肩くらいを守れれば御の字だろう。
「…みょうじさん入っていかない?」
「え?」
予想外の言葉がかかり、そちらを向くとお昼に話した同期が、大きい黒い傘をバサっと隣で開いた直後だった。
「え、いいよ駅まで行けば何とかなるし」
断ろうもする私を"まぁまぁ"と宥めるように彼は私を傘へ引きずりこんだ。
同僚やらに見られたら嫌だなとか思うけれど、まぁこの雨だから見られても訳は分かるであろう…と納得してお願いをしたのだった。
会社を出て、歩幅を合わせて歩く駅までの帰宅路。ザーッという強い雨が片方の肩を徐々に濡らす。行き交う車から跳ねる水やらで、張り付くカットソーが気持ちが悪い。しかし、同期のワイシャツはそれ以上に濡れていたので申し訳なくなった。
「駅までごめんね、ありがとう助かったよ」
「え!?何か言った!?」
もう駅に着くという所でお礼を言う私。
なのにこの酷い雨音や雑踏の中で聞こえなかったらしい。
お礼は伝わってこそだろう…同期の耳元へ背伸びをした。
「…オイ!迎えに来てやってンだけどォ?」
聞きなれた不機嫌そうな声に振り向くと予想通りのやつがいた。待ち合わせ場所で有名な犬の像の前で、私のお気に入りの傘…エメラルドグリーンに白の水玉柄の傘をさした靖友が居たのだ。
可愛らしい傘なのに中の人は人一人殺めてそうな目付きの男が持っている姿は多少滑稽なのだろう。周りの人がチラチラと目にかける姿がうかがえた。
「え!?」
靖友がぽかんとする私の二の腕を掴み、エメラルドグリーンの傘の中へ引き寄せる。
「あー…まぁ、こいつ送ってもらってドーモ」
傘の中に入った私を雑に指差しながら、今まで歩いてきた黒い傘を持つ同期に靖友がお礼を言った。
そして"…いくぞ"と歩き出す靖友に、同期にペコペコ頭を下げてから遅れをとらないように傘に入って歩き出す。
「…スマホ見ろよボケナス、送っただろォ!?」
「入ってなかったよ!?」
そんな私の反応に、靖友はめんどくさそうに自分のスマホをみて元のポケットに戻した。そこから察するに"送信ミス"だろう。
「じゃ…連絡すりゃいーだろ」
「それは、その悪いかな…と」
「つーか、あんなみえみえの罠に引っかかってんじゃねェよ」
「え、意味が…」
なんの事かだ分からず、眉を寄せる靖友の顔を覗き込む。途端さらに険しくなる顔だ、しかしながらこの傘の為かアンバランスで笑いたくなってしまう。
「…」
「…靖友?」
「うぜぇ、帰んぞ。メシ作ってやっといたからァ、あと着替えろ」
「プッ…ハイハイ」
私の首元周りのカットソーを指でなぞられる。その冷たくしっとりとした指に少しだけゾクッとしたのは秘密だ。あぁ、もういつから待っていたのだろうか。
水玉のエメラルドグリーンの傘の中、雨なのに少しだけ晴れ渡った気がした。
この傘は私のお気に入りだ、靖友に何故かと聞かれて"だって靖友らしいから"と言ったとき微妙な顔をした靖友。でも確かにこういうとただのイチャついてるだけな気がしてきた。
けれど、それを知っている靖友がこの似合わない傘で迎えに来てくれた。そんな靖友を思うと愛しくなるのは私が単純なだけなのだろうか。
「靖友忠犬じゃなくて番犬みたいだったよ」
「犬で例えんのやめてくんナァイ!?」
冷たくなった筋肉質な腕を温めてあげようではないないですか。