操られた先に望むもの
いつの間にか華やかな色になった私の髪の色を見て顔を歪ませたのは印象に残っている。
この受験シーズン真っ盛りの中に、こうしてしまった私や友人はクラスの中でもイラつく存在なのであろう。意識はなくとも壁が出来てきてしまったのは、私とか一部の人間が推薦で大学を決めたからという事だ。そう、結局のところ何も問題ない話だ。が、行き先が被っていたクラスメイトとは僅かに気まずくなってしまった。晴れ晴れとしないこの時期に風紀を乱してごめんと思う反面、素直に受験から解放されたという事は嬉しかった。
ここまで真面目に生きてきた私なのに、遅刻や早退、無断欠席をよくする様になってしまっていた。
「教室、居にくいよねー」
「ほんとそれ、考え過ぎかもしれないけど視線痛い」
昼休みの終わりそうな時、同じ立場の友人と体育倉庫裏の階段でサボろうと移動していた。終わっていく12月の空の下、密やかに笑いながら、午後の授業をサボるのは格別に美味しかった。いつもとは違うこの非日常感は今まで味わった事がなかった。
向かっていたその途中、移動教室の寿一とすれ違った。私に負けじと良い髪色をしている寿一も相変わらずだ。しかしながら誰が見てもこの真面目さは分かるのだから問題はないのであろう。
「寿一、久しぶりー」
「…みょうじ、確か次はA棟じゃないのか?」
「え、あー…こっちから、」
"行こうと思って"と言葉を続けようとしたけれど、隣の荒北の目付きに一喝されて思わず口を閉めた。…ハイハイ、受験シーズンに浮かれてる私達はお邪魔ですよ。手に持つのは教科書なんかではなく携帯のみであり、寿一の手前後手に隠した。
こんな私でもその目で見られたら後ろめたくなるらしく、カーディガンの裾でさらに携帯を持つ手を覆った。しかし寿一には分からなくても荒北にはバレバレであろう。寿一には手を振って分かれ、去る姿を確認した瞬間、背後から大きな声が聞こえた。
「みょうじこれからサボるんじゃナァイ?男とサボってるっつー噂まであるしなァ」
「いや、みょうじはそんな事はしないやつだ」
おそらくはニヤついて言葉を発している荒北に舌打ちした。
そして同時に胸に突き刺さる寿一の言葉。凛と発せられた素直な言葉は棘がないはずなのに私に言いようの無いダメージを与えた。
寿一の中の私は昔のまま、純粋で真面目で素直なのだろう。とりあえず心の中で謝っておこう、…そんな事する予定でゴメンなさい。
良いじゃん、これまで真面目にやってきたんだから。言い訳にもならない言い訳を同じくサボろうとしている隣の友人に零したら、"お堅い幼馴染みがいると大変だね"と笑った。
…
「みょうじ、いるか!?」
「は!?」
数日後の夜、女子寮だというのにドアの外からノックされたかと思いきや聞こえてくるのは男の声だ。勿論知った声である。渋々ドアを開けると無表情で佇む寿一の姿があった。あまり他の人に見られたくなくて、部屋に入れた。
どうやらしっかりと寮監に許可を取っているらしく、手元には許可書が握り締められていた。そしてゆっくりと私の小狭い部屋を見渡す寿一に何の用かと尋ねれば、"最近、授業への出席が少ない"という事を聞いたという事を話す寿一。
「本当なのか?」
「えー…、別に…っていうか寿一に関係ない」
塗り終わりたてのマニュキュアに息をかけた。本日、不器用の割には綺麗に塗れ、煌めく指先。見せつける様にすれば呆れて帰ると思ったのにそういう訳にはいかないらしい。
寿一って変なところ正義感に溢れてるよね、良いところだけれど見方を変えると少し疎ましい。
「あーもう!正直言うと私も青春したいの!今まで部活ばっかりだったしさ…で、推薦決まったんだよ!?ちょっとくらいハメ外したいの!少しくらいの男遊びも良いじゃんー」
「それが、風紀を乱しているとは思わないのか?」
「だぁからぁ、隠れてるじゃん!ピリッとした空気壊さない様にしてるから」
聞く人によっては確実にイラつく言葉であろう、がしかし寿一にはこれくらい言わないと通じない気がした。眉間のシワが数本増えたのがわかった。
「…なら、俺が相手をしよう」
「…は?」
「聞こえなかったのか?」
「いや、あの聞こえたけど、え…サボるっていう事?」
「あぁ」
「いやー…ないね。絶対サボるって言いながら参考書持ってきそうだもん、それに寿一とサボってもなんていうかトキメキがないというか…」
私が言った言葉がしっくり来ないらしく、僅かに首を傾げる寿一。結局の所、埒があかなく"兎に角ほっといてくれれば良いから"と帰そうと寿一の腕を引っ張った。しかしビクともしない図体だ。見上げると変わらぬ表情で私を見下ろしていた。
「え、」
「…遊び相手なら俺でも良いだろう」
"そう言ってるんだ"と寿一を引っ張った筈の腕は逆に引き寄せられて、私は体勢を崩した。そして覆い被さってくる寿一、背後には白い蛍光灯が眩しく光っていた。
先程までは生真面目な表情をしていたというのに、今はどこか憂いを持っている。流れる様に頬に、顔に、髪に手を這わせられ息を飲んだ。
「っ、あの寿一っ…」
「荒北に言われて気付いたんだ。今まで構ってやれなくてすまなかった、これからは俺が構ってやろう」
「…へ?」
耳に這わせられた指で押し潰さられる耳たぶ。僅かに爪が立てられれば、鳥肌がたち、身を竦めた。
思考さえも奪い取っていく寿一に押され、荒北の言葉に対する反論をしたのだが聞く耳をもたなかった。寿一は言葉は少ないが、目や態度で雄弁に語ってくる。有無を言わさず組み敷かれ、ベットの上で足を絡められた。そして私の口から出そうになる嬌声は、寿一の口に奪われた。
「んん…ー!」
胸板を叩く反論も、脇腹へ手を這わせられれば、その手の硬さと冷たさに身体がビクついた。身を捩る私をその手で押さえつける様にしながら、徐々に露わになっていく肌。え…これって、もしかして私を経験ありとでも勘違いしている?というか、どうしてこうなった…?もしかしてあの意地の悪い荒北に唆されたのではないかと繋がった。
しかしこんな寿一なんて見た事もなくて、マジマジと見てしまう私の視線に気付いたらしい。緩やかに髪を撫でる手つきが優しくて、そして僅かに緩められた口元は紛れもなく私へと向けられていた。
あぁ、何年ぶりにこの穏やかな顔を見たのだろうか。胸が締め付けられる程に泣きそうになる。何にしろ、ふと見せてくれるこの顔が好きだった記憶が甦ってきた。穏やかに、でも時に厳しかったり…、素直に向き合えなくなってしまったのはいつからだろうか。
向けられている視線に懐かしさと少しの興奮。その"少し"が実に厄介なのは今知ったところだ。徐々に高められていくその熱い想いは身体に沁みていく。
「ぁ…っ、んん…」
「ここか…?」
「知らないっ…」
「初めてなんだ、教えてくれないと困る」
困った顔とも言えない鉄仮面のまま、紅潮した私の顔を覗き込んでくる。教えろと言われてもこちらも初めてなのだからどうしようもない。こちらは、漏れそうになる声を手です抑える様にしなければならない。辛うじてコクコクと顔を上下に振れば、さらに指の侵攻を進めた。
「ここは濡れている、という事であっているのか?」
「っ…!」
下げられたルームウェアとショーツ、御構い無しに秘部を指二本で開かされ、見た事なんてない場所に視線が突き刺さる。胸の高鳴りが溢れる様にそこは潤っていた。"いつもがこうなのか?"と指を出し入れしたり、曲げてみたりと初めて手にしたオモチャのように弄る寿一。
「それにしても脆そうだな…」
「あ、っ…」
寿一は眉を潜め、中に入れていた濡れた指二本を出して眺めた。光る指、それは私がどれだけ感じたかを晒している様で顔を背けた。流れとはいえ、こんな状態になってしまった。寿一はこれで良いのだろうかを聞きたいけれど、寿一の口から"遊び"やらという言葉なんて冗談でも聞きたくはなかった。
寿一の顔に滲む汗は、私を気遣っているのかどうかは分からない。けれど、いつもよりも息が荒く、こんな私相手なのに熱を上げているかと思ったら余計に響いてくる。
ガサゴソとポケットを漁り、手のひらには四角い避妊具。
「寿一、始めっからそういうつもりだったの…?」
「…いや」
「間があった!」
私の反論も、もう喋るなとばかりに唇を押し付けられる。そこからはもう行為の興味よりも痛みの方が強かった。押し広げられるそこは今までに感じた事のない質量で、ギュっと目を瞑り、唇を噛んだ。そして軋むベットの上でシーツを握りしめた。この体格差、軽々と私の腰なんて固定してしまい、ぎこちなく始まったピストン運動。快感よりも勝る痛みに思わず口に出してしまった"痛い"という言葉でさえ、聞く耳を持たずに一心不乱に打ち付けられるようになってしまった。身体が引き裂かれそうで涙が流れた。
なんでこんな事になっているのだろうと何度も後悔をする。しかしその都度、顔を歪める寿一を見ていたいとも思ってしまったのだ。
…
「なぜ、初めてだと言わない」
「い、言う暇なんてなかったよ…!」
「ではなぜ遊んでいるかの様に振る舞うんだ!…」
ぐったりと力が抜けていく私の身体。そして赤く染まったシーツに気付いたのか、今までほぼ無言であった寿一の口から出たのはここ最近では1番大きな声だった。思わぬ大きな声に慌てて両手で寿一の口を押さえた。それに気付いたのか、顔を歪ませる寿一。もしかして焦っているのだろうか。ぎゅっと手をにぎる大きな拳、もしかして爪の痕でもつくのではないかというほどだ。…そりゃ寿一だもんね。意外にも冷静に現在の状況を把握した、きっと寿一は責任とか色々面倒くさい事を考えているのであろう。徐ろに脱ぎ捨てられた服を集め始めて、身体を隠そうとした。しかし、スルリと薄い布団を身体にかけられ暖かさに包まれた。
「構って欲しかったならそう言うと良い、これから存分に構ってやろう」
「ぇ…」
責任はとるとかそう言う堅苦しい言葉よりも、少しだけ意地悪に言い放った寿一。先程の焦りなんて何処へ行ったのやら、しかし振り返れば愛おしくて、また色々な表情を見せて欲しいと願ってしまったのだ。
寿一の背中には突き立てた爪の痕が残り、そして私の爪に綺麗に施した筈のマニュキュアはよれて歪んでしまっていた。しかしそれが気にならない。
"構ってくれないと、遊んじゃうよ"と返した私の冗談を何処まで本気にしているのかは分からない。しかしながら内心は焦っているのだと嬉しいと思ってしまう。あぁこれは寿一の受験の邪魔をしない為にももうサボれない。あの空の開放感も味わえないなんて…。図らずもストンと落とされてしまったのは悔しいけれど、その眉を寄せた鉄仮面の下を見れただけ暖かくなれた。