寝て覚めて噛み付いて
そのやたら大きい図体は、ロードに乗っても降りてもはたまた遠目からでも目立つ。口も荒い時も多いし、強面だからこそ誤解もされやすい。あぁ、沸点も低いのも追加しておこう。が自由奔放…いや、曲者揃いの箱学の中では常識人に分類されるとその時代は思っていた。
しかしながらこの状況下では、一人の可愛い男性という印象を抱いてしまう。
「おい、みょうじ起きろって」
「…ん、」
少しだけ揺さぶられる枕に、身動ぎ一つをするだけに収める私。もしかしたらこの太い脚が痺れているのかもしれない。久しぶりに会った銅橋は、昔と変わらなくてその常識を持った人に甘えたくなるというのは、私は自由奔放な分類に入るのかもしれない。
懐かしい淡い気持ちが数時間のうちに膨らんでしまった私は、お酒と女の武器を多用し見事に銅橋の部屋に転がり込む事に成功したのだ。
崩れる身体を軽々受け止めてくれたのは勿論銅橋で、座り込んだ銅橋にもたれかかり、そして硬い太腿を半抱き枕にして寝たフリを始めてみたのだ。
おそらく銅橋は困っている。時折ガシガシと頭を掻く振動が伝わってくるし、溜息も多い。私はというと多少なりとも悪いと思いながらもこの状況を楽しんでいた。
「…おい、終電いいのかよ」
あ。もうそんな時間か…。なんて言うのかこの硬い枕は頭まで硬いのか?ここまで誘ってるのに気付かないなんて鈍いにも程がある。けれどそれでこそ銅橋正清だなぁと改めて思うくらいには魅力的であった。…私の所謂女子力が低いだけかもしれないが、それを言うと悲しくなってしまうので銅橋が鈍いと言うことで納めておこう。
しかし決して嫌われている気はしない、それは女の感だ。あ、でも単なる酔っ払いをホイホイ部屋に入れるとか物騒すぎるよ銅橋。見た目に似合わず、自然と面倒を見てしまう銅橋だもんね。でも私以外の子を入れたら嫌だな…なんて、膨らんだ気持ちをそっと押し付けておく。
部屋の明るさは瞼の上からでも感じる。そしめ時折顔の上にかかる銅橋の影だって分かる。影を作りながら、髪を梳くように控えめに撫でる手は硬くて太くて、毛先の方へと流されては頬に着地する。そしてフニフニと人の頬を押したかと思いきやまた髪を梳き始める。
繰り返されるそれは何か優しさを与えられているようで、眠くなかった筈なのに睡魔が襲ってくる様になってしまった。なんて容易い意思なのかと思うけれども、このまま眠るのもアリだなと落ち着き始めた時だ。
静かに額に押し付けられた柔らかいモノ、カサつく唇だと分かるのはすぐであった。緩みそうになる表情を崩さないようにする。なのに頭上からかけられた言葉には反応せざる終えなかった。
「ったく、お前って昔っからそうだよな、この狸が」
「…んー…なんだ、バレてたんだ…」
「うぉ!?」
「あ、違う違う、今起きたところ」
「おい、今バレてたとか言っただろ」
カマかけられて反応してしまった私は眠くなった瞼を擦るように太腿から離れようとした。少しだけ気まずそうにする銅橋と引っ付いていた身体が離れる事によって身体の熱が奪われる。その奪われた体温が寂しいと感じるのは私だけだろうか。
「本当、銅橋の太腿硬くて眠れないしさー…」
「だったらどけっつーの」
痺れただろうがと苦々しく言う銅橋の太腿を面白がってさすれば、あろう事か頭を叩かれた。
「ったい!!ちょっとバッシー何すんの!?首もげる!さすがに力加減くらい考えて!」
「それはこっちの台詞だろうが!つかバッシーとか言うんじゃねェ!」
「いやー暴力反対ー」
「棒読みじゃねぇか!」
前屈みになりながら脚を庇おうとする銅橋に近寄るとデカイ図体はギョッとし後ずさろうとする。が、体格含めてもあるけれど、ここは学生が借りるアパートらしく直ぐに壁であった。
「…あ、そういう」
「デリカシーの欠如も大概にしやがれ酔っ払いがァ!」
「大丈夫、バッシーにだけだから」
「てめェな…!」
ある一点を見つめ呟けば、私の言わんとする言葉が通じたのか苦々しい顔をする銅橋。元々服がピッタリ目な所為もあるであろう、しかしあるところが更に窮屈そうであった。その苦い顔を見て、私の中ではムクムクと欲が湧き上がる。銅橋に言った通り私は肉食系でもないし飢えている訳でもない。ただお酒に飲まれて、昔の頃よりも少しだけオープンになっているだけだ。
そして銅橋の痺れた足に跨れば、嫌そうに顔を歪める。けれど知っている、その目に僅かに期待というものが存在している事を。それを手玉に取ろうとしたのだけれども、そうはいかなかった。悪戯に緑色がかる髪でも撫でてみようかと思い手を伸ばしたら、そのまま馬鹿力で引っ張られてボスンと厚い胸板につっこんでしまった。
「いたっ…」
「覚悟しとけよ」
低く宣言された言葉がぐっと入り込んできた。ギラつくその獰猛な目の中に目を丸くする私を映した。
その眼でこれから見つめて欲しいだなんて贅沢な希望だろうか。乱雑に弄る指に反射的に逃れようと身を捻った時、食べられに来たことを思い出しました。