沈黙は短めに


もしかしたら私よりも女らしいのかもしれない。そう思うのも無理もなく3年になってから彼はやたら輝きを増し始めたのだ。
長い金髪はサラサラと揺れ、そして覗く瞳は穏やかだ、その上元々の性格もあるけれど人との接し方も静かである。女らしいというのは言い方が違う…言うなれば、おとぎ話に出てきそうな王子様みたいである。そんな彼が人目につかない訳がない。
隣の席というポジションをはチラリと観察するにはベストポジションだ。しかしそこには問題がある。

「ね、青八木くん、髪結ばせてー?」

高い声で掛けられたその言葉に静かに頷く彼。そう、この問題。時折彼は複数の女子に囲まれ髪を弄られては"綺麗"だの"サラサラ"だとの言葉を掛けられている。
窓から差し込まれる太陽光は見事にそのツヤを引き立たせているのは遠目からでも分かった。そしてそれに対して拒否をする訳でもなく、頷くこと一つでそれを受けて入れている。青八木君はまず断りはしないのを皆知っているせいか時折みる光景だ。
が、それに対して聞き耳を立てて、心を歪ませてしまう人間もここにいるのに気付いて欲しい。見ているだけの想いなんて厚かましい気もするけれど、自ら彼女らと同じ様には振る舞う事なんて出来なかったのだ。





「いーじゃん、とりあえず触ってみようよ!」
「ちょ、そんな気楽に…!その言い方も何か違う!」

昼休みに面倒くさい私の愚痴を聞いた親友がさも名案だとばかりに人指し指を立てながら返答した。

「ぅ、ほら今更隣の席の奴がいきなり髪を触りたいとか、なにか…」
「なにかって何!?あ、分かった私も一緒に声かけるよ」

ならいいでしょう?という明るい言葉に思わず言葉を詰まらせながらも頷いてしまったのだ。昼時の話題として女2人であれよあれよと盛り上がり、そして流れで日にちまで決める念の入れよう。でも触れるという目標があるというなら悪くないと思ったのだ。



決戦は水曜日。午後一の授業は移動しないし、比較的静かに座っている事が多い青八木君だ。窓際で木漏れ日の中、本と言う名の自転車関係の雑誌を読む姿を時折見かけた事もある。そしめ友人伝いに手嶋君から"青八木には昼休みに1人にさせておくわ"との言葉を受けた。それを聞きどこまで広まってるの!?と焦ったけれど、友人の"まぁまぁ"となだめる言葉で終わらさられてしまった。誰かの掌の上で転がされている気がして非常にむず痒かった。

隣の席を利用して友人とたわいもない会話をする。そして目配せをしたのが合図だった。

「あ、そーだ!前から青八木君の髪触ってみたかったんだぁ」
「私も…!」

唐突なまでの話題とそして余りの間の悪さ…もうこれは私1人で突撃した方が良いのではというほどの友人の棒演技っぷりであった。その割にもやたら生き生きしている友人とは反対に青八木君は少し目を丸くし、私と友人へ視線をやりポツリと"構わない"と呟いた。
青八木君の背後に立ったその時だ。棒演技を披露して見せた友人が"そういや手嶋に用事あったんだぁ"と手を叩いて席を立とうとしたのだ。待って欲しい、棒演技だとか思ったのは謝るから…!この微妙な空間を作らないでと目で訴えたのだがあろう事か無視されたのだ。

「ちょ、まって…」
「忘れてたもんはしょうがないでしょ?」

辛うじて捻り出した私の戸惑いの声に対して、格段低く私に檄を飛ばしたと思いきやニヤリと笑って席を離れた。…してやられた。

「みょうじ?」
「ぁ…あの。ごめんね、その前から触ってみたくて…」
「だから構わないと言ってる」

言い淀む私に、しっかりと目線を合わせてハッキリスッパリと言い放つ青八木君。その彼がクルッと黒板の方向を向いた。あ、これは触って良いという事だよね…?意を決して、指を伸ばす。そして長い金色の髪を掬い上げると指先からサラサラと落ちていく。少しだけ冷たくて、この色なのに傷み一つないのでは?という艶。控え目に触っているのだが、指先に心臓が移動したのではないかというほどに指先に意識がいってしまう。スルスルと指の間を通る髪は、私の目を釘付けにする。
そう、だから気づかなかったのだ。つい口から出てしまう"キレイ"という在り来たりの言葉を発した時、手首に締め付け感があった。

「みょうじ、」
「ぇ…」

前を向いていた筈の青八木くんがこちらを向きながら、私の手首を掴んでいた。触りすぎてしまって、何か気に触ったのだろうかと脳内が忙しくなる。
そして見つめられた視線は、キツくもないのにしっかりと私を見据えていた。その真っ直ぐな視線から逃れる様に目線を外してしまった。私の臆病で行き場のない手が空を彷徨う。その中、ハッキリとした言葉が聞こえてきたのだ。

「みょうじの髪も綺麗だと思う」
「ぇ、あの…私のはダメだよ、先痛んでたりするし…」
「でも、俺は綺麗だと思う」
「…っ、ありがとう…なんだか照れるね」

私の顔はどんな顔をしているのだろうか、自分でも考えたくない。伸ばす指先から心臓の鼓動が伝わってしまうのではないかと気にするばかりだ。不思議そうな顔をする青八木君の前にいるのに。いつだって自分の事ばかりで、人が少ないとはいえここが教室だという事も忘れて、その目を見つめて。
時間が止まったと思う程に何も考えられなく周りが見えなくなっていた。そして先程よりずっと意識した私の中に入ってくる言葉は波紋みたいに広がった。

「あと、少しくらい意識をしてもらわないと困る」

金色に輝く長い前髪を揺らしながら見据えたその眼。これだけ意識しているというのに、更にというのだろうか?青八木君もこんなにざわめいている私の事を見えていないのではないかという"もしかして"を考えると少しだけ明るくなるのだった。