たった一言が言えなくて
何でこうも上手くいかねェんだよ。バレンタインだとかそういうイベントなんて企業側に浮かされてるだけだろうが。街の中はやたら甘いニオイばかりだし、公共の場だっつーのにやたらひっつく奴らになんてなりたくもねェ。
つーか、こっちは喧嘩してンだよ。まぁ、喧嘩のきっかけなんてすげェ些細もので、帰るという連絡をしなかったとかそういうくだらねェ事だ。
「連絡してって言ってるじゃない」
「ア?送ったと思ったンだよ」
「何それ、そんな言い方しなくたって良いじゃん」
あぁ言えばこう言うとばかりに人の揚げ足取り合う様な喧嘩は、数日間に渡る無言の食卓へと変貌し、疲れた身体と共に精神まで疲れるっていう話だった。
付き合って数年、同棲して一年…いつの間にやら学生を離れ、お互い別々の会社に勤めている。倦怠期っつーのは、どこにでもある話で、今まさにそれを感じていた。
喧嘩して3日か…。必要最低限の会話で生活している最中だ。いつもは1日くらいの時間経てばケロッと忘れる様に振る舞い折れる筈のあいつも今回に限って折れやしねェ。
そんな日が過ぎて、本日は2月14日だ。そして休日と来れば、何かを考えてしまう。それでもなァ…と思い渋々"どっかいくかァ?"と聞けば、"1人でどこか行けば?"とあっさりと言われ、舌打ちをしながら靴を履いた。
「…チッ、可愛くねェやつ」
どこへ行っても往年のバレンタインのヒット曲が流れているせいで、余計に意識させられるが今は知った事じゃねェ。つか、今更1人で行くところなんてなァ…。
ポケットに手を突っ込み足を進めるのは少し前になまえが最近出来たとか騒いでいたショップやらが並ぶ一角。折角だから買いてェもんさっさと買ってラーメンでも食いに行くしかねェ。
どうにもこうにも一緒に住んじまってる所為で、買い物や何かに出掛けるってなれば行動は同じになる。んで、あいつはアホみてェに気になる店には入って行きやがるから寄り道ばかりで買い物が進まねェの。ウィンドウショッピングにも程度を考えて欲しいンだよ。そォ、俺の買い物時ですらアレが似合うだのこれが笑えるだのうるせェしな。あとツボに入った時は人目をはばからずアホみたいに笑うやつだからこっちは恥ずかしい思いをする。
やっぱり買い物1人じゃねェと捗らねェ。
適当に気に入った服を数枚手に取った。そして確認するのは値札だ。丸の数を数えて、財布の中を思い浮かべた。
「やっぱ、これはいらねぇよな?」
あるワイシャツを持ち、そう言いながら何気無しに振り返る左側。そこには勿論なまえの姿なんてない。いつもなら"えー、買っちゃいなよ"だとか"よくそのデザイン選ぶよね"とかほざくうるせェ姿ではなく、近くのカップルがクスクスと俺を見て笑う姿があった。眉間にシワが寄るのは自分でも理解出来たし、ジワジワと腹の中が気持ちが悪ィ。
そのまま手に持っていた服は棚に返して店を出た。甘ったるいニオイのする街を駅へと向かう。その中で甘ったるい街の中に交じる他のニオイが鼻を掠めた。
"バレンタインは愛する女性へ花束を"
横目で通り過ぎた筈のフラワーショップの手書き看板が目に焼きついた。…買ってくか?いや、花とかマジだせェわ、柄じゃねェし。そういうのは似合う奴がやってろヨ。
しかし足が勝手に通り過ぎたフラワーショップへと引き返した。
「お兄さん、何かお探しで?」
「…」
…
イヤ、マジで俺どうかしてんじゃナァイ!?何、赤いバラの花束とか持ってんのォ!?どっかの店員に乗せられてんじゃねェよ。つか、俺を見てくンじゃねェよ。
電車で人ごみに揺れる中、バラの花が痛まないように空間を作る。まるで彼女だかを守る様な姿を晒していてすげェ恥ずかしい。チラチラ見てくんじゃねェよおっさん。最寄駅でそそくさと電車を降り、自宅へと向かう。この姿みてあいつは笑うんだろうか。
らしくねェ事を考えながら帰る道はいつもと違う街並みで、自然と景色は早く流れていく。息は自然と上がり、すれ違う目線が目障りだ。
そしていざアパートのドアに立つと、急激に引き返したくなった。…どんな顔して…どんな事言って渡せば良いンだよ。悪かったとでもいや良いか…適当に流す感じに言えりゃ充分だろ。そう決心しドアノブに手をかけ、グッと力を入れた。それと同時に伝わるのは、ガコンッと鍵がかけてある音と手応えだった。
…出掛けてンじゃねェよ!!
僅かにホッと息をつかせ、ポケットに手を入れ鍵を取り出した。
「え、もう帰ったの?」
「アァ!?」
まさかの声に振り向くと、見慣れた色気もへったくれもねェ服に手にはスーパーのビニール袋を提げたなまえの姿がそこにあった。タイミング悪すぎだろ…。なまえの目は、俺の姿を捉えたかと思いきや徐々に下がっていく。その行き着くだろうモノを思わず背後に隠してしまった。
「靖友、それ…」
「…」
「ぇ、あの…」
「…あー…、安かったンだよ。やンよ」
かっこ悪りィ。突き出した赤いバラの花束の先は、笑いを堪えるなまえの顔。予想通りの反応を示したなまえにホッとするのは何故なのか俺は知らねェ。そっと丁寧に俺の手から花束を受け取る手先は、いつもの雑な仕草ではなく、やたら綺麗だった。そういや、付き合ってなげぇけど胸元に優しく花束を抱くこいつの姿なんて見た事もなかったなァ…。
色々な事を知ったつもりでいたけれど、どうやらまだまだ知らねェ事もあるらしい。
"明日は雹でも降るのかなぁ"と笑う失礼なこいつと共に部屋に入った。そしてキッチンに置かれたビニール袋から透けて見えるチョコレートやバターのパッケージを見てホッと胸を撫で下ろした。
(thx→さーさん)