綺麗なものは綺麗なままで
(※アンハッピーエンド?短め)
薄々感じていたつもり、でも臭いものには蓋でもするようにしていたらしい。
幸せだと思うなら幸せでいたいと当たり前に思う。私にとっては、布団の温かさに包まれるのも美味しい食事をするのも全部幸せの一部だ。
「なまえ、」
そして私の名前を呼んでくれる厚い唇も甘い目も、それに反した男らしい身体も私に幸せを与えてくれているものだ。皺がよる二人の体液が染み込んだシーツさえも、だ。幸せの在りかなんて人それぞれと言われてしまえばそうであろう。しかし、私の幸せは幾つもの小さい嬉しい事の重なり合いで出来ているのだ。
「ん…っ、」
「気持ち良かったかい?」
「ん、良かった…。ね、ちゅーして?」
「…あぁ、でも先に水呑んでくるよ」
スッと掛けてあった薄い毛布が引っ張られ、素肌が露わになる。全裸のまま隠す事なく赤色がかった髪を無造作にかきながらキッチンへ向かう隼人。電気を点けた明るいキッチンから漏れ出す光に目を細めた。シーツにくるまり余韻に溺れている私の耳に聞こえてくるのは、手を洗いコップに水を入れる音、そして飲み干した後洗う事なく台に置いた音だ。
戻ってきた隼人は、先程の私のおねだりを忘れてしまったようで、放り投げてあったボクサーパンツを穿いてベットの上へと乗り込んできた。それに伴い、薄い毛布を胸に当て壁側に寄り、隼人寝るスペースを作った。
「明日もあるし寝ようぜ」
「ん、そうだね」
厚い布団を掛け、私の前髪を撫でてくる隼人に微笑みながら、目を閉じる。私が擦り寄るとモゾモゾと私の首の下へと腕を回してくれる。この太い腕の枕は幸せの代名詞だって言いたい。そう、私はこの腕の中で最高の幸せを手に入れる事が出来る、これだけは譲れないのだ。
満たされた身体と心地よい疲労感、そして安心感、バランス良く整ったこの状況は直ぐに私の眠気を誘った。柔らかそうな髪と耳を見ながら意識は途絶えた。
…
あれから1時間くらいたったのかな。
あぁ、そういえば、鳴かされた後だっていうのに私は水も飲まないで寝ちゃったっけ…。薄ぼんやりとする意識の中瞼を開けるかどうかを悩む一瞬。…あれ、隼人居ない?首裏に感じるのは単なる枕生地で、目の前は壁であった。隼人がいた筈の背中側の空間は外部の空気が入り込み僅かに寒かった。寒い季節にこれなのだから睡眠が浅くなるのは必然だ。そして私は目を覚ましたのだろう。
隼人はトイレかな…?なら、この重い瞼を開けてでも喉の渇きを満たすために水でも飲みに行こうと考え始めた。しかし、聞こえてきた声のせいで、壁を向いたまま身体は動けなくなった。
「あぁ、…すまねぇな。…おめさんのところ行けなくて」
キッチンの方から聞こえる小声。それは紛れもなく慣れ親しんだ隼人の声であった。掛け布団を握る手に力が入る。
「…ん?あぁ、大丈夫、よく寝てるよ」
キッチンとの境の戸が僅かに揺れる気配と私を布団越しに見てくる人の気配。私は、壁側に身体を向け布団に包まれ瞼を閉じたままでいる。きっと悪い夢でもみているのだろう。震えそうになる身体に力を込める。強く目を瞑り、奥歯を噛み締め、唇を噛んだ。どうかその声が聞こえなくなる時までバレないで、と。
「…あぁ、愛してる」
私が好きな低くてそして少し色気が入る声はよく通ると以前隼人に言った気がするんだけれど。暗い部屋に聞こえてきた声は、物凄く小さい声。だけれどもそれは予想よりも大きく私へと響いた。その電話の相手は誰?そして私は起きるべきなのだろうか。今、私がするべき事って何なのだろう。
愛おしそうな音色は声を小さくしても伝わってくるものだ。壊れそうな大切なものに向けられるその音色は、私にとって波紋だけを残すのみだった。
目から横に静かに流れ落ちる水滴はシーツに染み込んでいく。そのせいか知らないけれど余計に喉の渇きが増していくようだった。
どうか気付かないでいて、私は知らないふりして隼人の腕の中でまだまだ幸せを作り続けたいだけだから。ポツンと残されたベットの上で私の身体の水分は満たされる事なく失われていくだけだった。