見つけたのは新しい春
積み重なるダンボール、それはこれからの新生活を予感させる。働く野郎の一人暮らしも慣れてくればさほど問題もねェ。1週間過ごせば積み重なるワイシャツやら下着やらは土日の洗濯で消えてしまうし、料理だって食えれば何とでもなるっつー話だ。
が、長年付き合ってる彼女っつーもんがいる日にゃ話は変わる。お互い社会人でいて一人暮らし数年…となるなら、一緒に住んじゃえば良いと振って出た同棲話。それは予想よりもトントン拍子に進み今日に至る。
「オイ、もう良いだろ」
「え、まだ埃っぽいじゃん」
目の前でしつこく掃除機をかけるなまえに声をかければ、掃除機の音に負けない大きさで返答があった。まだまだ荷物はダンボールの中、やたら反響する掃除機の音が不快に感じる。クイック◯ワイパーを軽く振り回し、掃除機を止めさせた。無言だが、この後クイック◯ワイパーをかけるという意図は伝わった様で掃除機は片付けられた。頭に巻いた白いタオルは、やたらダンボールを持たされたおかげでさみぃっつーのに汗で湿っていて気持ちが悪かった。
「ね、靖友ー、夜はどっか食べ行こうよ!近くのお店開拓しよう」
「あ?ンなもん片付けてから言えヨ」
明らかにオレのよりも多いダンボールを顎で指摘した。オレの不機嫌そうな声を聞いて"えー"とほざきながらダンボールに笑顔で項垂れるなまえ。文句を口にする割には楽しそうであった。
歯を見せて楽しそうに笑うなまえとは高校時代からの付き合いで、別れたりくっついたりという面倒くさい事を数回繰り返して今日だ。結婚はしねぇのか?とかいうあいつらの声にはまだ明確な返答はしていねェ。つか、ンなもん言わなくても分かるじゃねェ?自分でも呆れる程の気持ちだから今日になってンだ。
お互いダンボールを開けて、備え付けのクローゼットへと服やらをしまっていく。あぁこれ知ってンよ。とりあえず仕舞うだけ仕舞っておいて、徐々に片付けいけばいいよね?って言うおめェは当分の間そのまんまで過ごす事。オレもそうだから口にもしねェ。
くだらねェ会話をしながらも手は自然と動く。なまえがキッチンの方少しくらい片付けてくると言い残し部屋から消えた。徐々に潰されていくダンボールにやり甲斐を感じながらも残されたダンボールの山を見て、明日無事に仕事に行けっかなという社畜らしい謎の不安を覚える。
高校を卒業して始まった一人暮らし。必要なものと実家に置いておく訳にもいかねェもんを積み込んで知らない土地へと歩みを進めたあの日。そしてサークルや研究室で明け暮れた数年間、コンビニ弁当やカップラーメンを嫌っつー程食ったり、金城やらが来て呑んだりしていた学生時代。なまえが来る前日には、寝る間を惜しんで部屋を片付けた。今考えりゃキモチワリィ。まだあまり知らない土地で2人で過ごしたゴールデンウィークは、むず痒くも少しだけ大人になった気がした。たった四年、たったそれだけ過ごした部屋なのに随分と色々なものが増えちまって、それごと背負う様に関東へと戻ってきた。
「靖友ー?ちゃんと手ぇ動かしてる?」
「ッセ。ったりめェだろ」
「そうだ、夕飯近くのデパ地下の惣菜買ってくるのもありじゃない?」
「そーだねェ」
「あ、心ない」
「オレァ、てめェの荷物の多さに嫌気さしてンだけどォ」
「女のコは色々必要なのー」
「ハッ、何処にいンのか見てみてェ」
生産性のない会話を繰り返しながら、ダンボールを開けては空にしていく作業。…今日の夜はよく寝れるな。蓄積される疲労はピークにきていた。
その時ある段ボール箱に目がいった。あ?このダンボール何入ってたっけェ。出てきた古いみかんの段ボール箱は数年開けてない気がした。こんなもの持って来なくても良かったかもしれねェな。そういや、大学時代も開けた記憶ねェわ。
それでも確認するためにとビリビリとテープを剥がしていく。ベタつくガムテープは年季が入っていることを示していた。開けた箱の中は、文庫本や細けェ雑貨の詰め合わせであった。そういや昔詰めた様な気がする…と、高校最後の3月に詰めた記憶が薄っすらと戻り始めた。1人タイムカプセルを開けた気分で懐かしい気分に浸り、漁っていたら下の方からあるものが出てきた。手にとったのは、両手に乗るサイズのピンクのチェックの紙袋、しかもしっかりとシールで封をしてあるものだ。オレには似合わないその紙袋がなぜこのダンボール箱に入っていたかを考え始めた。
途切れた会話を不思議に思ったのか、なまえがヒョコッと顔を出す。汗で疎らに顔に張り付いてお世辞でも綺麗とは程遠い顔だ。肩にかけるタオルで無造作に顔を拭いている。
「え、何それ。誰かへのプレゼント?…あ、浮気〜?」
「ちげェっつ……、ぁ」
やってしまった。不思議そうな顔をするなまえの目の前で思い出さなくても良いだろ。なんとも微妙な昔話だ、マジマジと見つめた手の上で今や遅しと開封をまっている。
今、この手で掴んだ紙袋は、約10年前に何処ぞの野郎どもに促され買ったこいつへの誕生日プレゼントだった。何でも良いから渡して告れとか冷やかされ、バカだった俺は買っちまったのだろう。そしてこのざま。そう、結局のところ渡せなかったものだ。おめでとうと言われ喜ぶこいつの姿が見たかったとか言える訳ねェ。あの日だっていつもの様にくだらねぇ言い合いをして過ぎていたくれェだ。それが今になって出てくるとか今更だ。
「で、結局何それ」
「…ぁー、やンよ」
「は?」
埃で汚いオレの手から離れたピンクの紙袋。"ラッピングはどうされますか?"という店員の声に小声で'お願いします"と言うしか出来なく、戻ってきたこのピンクの紙袋をみた衝撃。そんな気まずさが入った紙袋を丁寧に開けていくなまえ。
袋から出てきたのは、パステルカラーのリボンをモチーフにしてビーズやらで飾られたヘアゴム2つだ。
「何これ」
「…ッセ」
あん時は似合うと思ったンだよ。
「いや、しっかり説明してって」
「……。」
「おーい、靖友くーん、無言じゃ伝わらないよー」
「…、あー…プレゼントっつーやつゥ?」
「え、これ私に?」
戸惑うなまえを放っておいて、片付けを再開した。何しろ、なまえの手の中にあるあのヘアゴムは現在のあいつにゃ全くとして似合ってない。それもその筈で、下手したら10年前のプレゼント…20中盤、仕事の後輩までいる俺らの年齢でその幼いヘアゴムはあまりにもアンバランスだった。気がつかないうちにオレらはいつの間にやら大人になってしまっていた。
「…あー…、付き合う前に…」
「付き合う前……高校?」
「そォ、…で、誕生日ン時…渡せなかったンだよ」
「…。」
苦虫を噛み殺したみてぇな顔してるのは自覚している。しつけェくれェに聞いてきそうでもう時効だろうとゲロったが、それも直ぐに後悔する。なんしろなまえの顔は一本スジが通った様で、次第にニヤニヤと顔が歪んでいったからだ。するとなまえは単なる黒いヘアゴムでひとまとめにしていた髪を解きサイドで二つにゴムで留めた。勿論、そのパステルカラーのヘアゴムでだ。
大人になった顔に幼いヘアゴムは予想していた通りアンバランスだった。しかし、ニッと笑う表情は昔と変わらない。あの時の想いが蒸し返されたっつーのもあるかもしれねェが、そのアンバランスさに変な魅力があった。
「ね、"荒北"、似合ってる?」
「似合ってねェ」
笑いながら首を傾げ意味ありげに聞いてくるなまえを一蹴する。そして額からずり落ちてきたタオルで汗をかいていない顔を拭く。
「なんだ、高校時代思い出してくれると思ったのに…く…ふふ…」
何が"荒北"だ、っとに可愛くねェ。つか、声押し殺して笑ってンじゃねェよ。ジャージ姿に首には白いタオル、そして髪には幼いリボンのヘアゴム。なまえは、"じゃ、荒北君がくれたこの可愛いヘアゴムは家用として使わせて貰おうっと"と盛大な独り言を呟いていた。
どうやら新生活に向けて運ばれてきた段ボール箱の中には青い春も混ざっていた様だった。パステルカラーのリボンは数年ぶりに鮮やかに輝いた。
(thx→なゆたさん)