白昼夢にさようなら
苛立ちがコップを持つ手から机へと繋がる。ひび割れそうな勢いで置けば、周りの奴らがチラッとこちらを見た。自分で目を引いた様なものなのに、その視線の煩わしさに顔を歪めた。
「お〜〜怖いのぉ」
昼の学食は相変わらず賑わっていた。待宮は周りには多少の空席もある癖にわざわざオレの向かいの椅子を引き、どかっと腰を下ろしてきた。何かを企んでいそうなその顔が今日は更に不快に思えた。
「セッ」
「…昨日からみょうじが来てるんだろう?喧嘩でもしたのか?」
そしてその隣に胡散臭い眼鏡が座るというため息を吐きたくなる状態が整った。人間、諭されると反論したくなる時もある。余裕の笑みを浮かべてそう言うのだから余計にそう思っちまうのはしょうがねェ事だ。
「喧嘩じゃねェヨ。あっちが勝手に苛立ってンだ」
オレが何したっつーの。その言葉は口には出さなかった。アパートに帰るのにも足が重くて食堂へと足を運んでいた。
きっかけはそうだ、遠恋中の彼女っつーもんがイキナリ来るっていう事になったから、前日貴重な睡眠時間を削りレポート明けの泥沼状態だった部屋を見れる程度に片付けた事からだ。しかし、その事を知らないみょうじは部屋が汚いだの、冷蔵庫に食材がねェだの部屋に入って間もなく言い始めた。人の気もしらねェで…。
溜まっていた疲れと苛立ち、眠気が相まってくだらねェ暴言を吐いた。目を丸くするみょうじと久しぶりに会ったっつーのに背中合わせに寝る事となった。そして午前講義の為に起きたオレと一言も話す事はなかった。
つーか、寝たら忘れろっつーのォ、いつもは忘れてンだろ?どんだけしつけェんだヨ。そう思いながら、無言を貫くあいつに苛立ち、一人残してアパートを出てきたのだった。
「ほぉ〜荒北は何もしとらんのかのぉ?」
「原因がなくてそうなってはいないだろう?」
パキンと割り箸が音をたてた。そして、さも他人事の様に呑気に言い放つ前の野郎2人。湯気をたてているのにも関わらず、うどんが消えていく。苦々しくなる昼飯が俺の腹にも溜まっていく。
原因なァ…。それ遡ると部屋が汚ねぇっつーとこからか?それともイキナリ来るっつったあいつ?冷めてきた飯を口に入れたまま目の前のお小言を右から左へと流した。いや、イキナリ来るとかそーいうのは良いんだヨ。つか、まぁ悪くねェし…寧ろなんつーか…嬉しい気はするしなァ。
らしくねェ。そもそもアレだ、部屋が汚ねぇっつーのは、ハゲの明石がありえねェ量の課題出したからっていう事じゃねェ?
「アー…原因は、ハゲの明石だわ」
「ンなことで喧嘩しとったんか、アホじゃのぉ」
箸でオレを指す待宮。なんやもっとオモロい内容かと思ったのに、と盛大にため息を吐いた。テメェ人の話題で飯食ってんじゃねェヨとか言い返す気もなく、箸を叩き落すことに留めた。
オレだってこうなるつもりはなかった。予定なら、久しぶりに会ったみょうじと夕飯食って、テレビをつけながらくだらねェ世間話をして、時折テレビの内容に対して文句を言って、シャワー浴びて、パジャマ代わりにオレのTシャツ着たみょうじと同じ布団に入る、そして…。だなんて、今思えば女々しいにも程があんだろ、と無性に頭を掻き毟りたくなる瞬間が今訪れた。
「荒北はよくみょうじに対して文句言うが、文句ばかりじゃ良くないぞ」
「そうじゃ、たまーには愛の言葉っちゅーもんも必要じゃ」
「セッ、文句言いたくなる様な事ばかりするあいつがいけねェ」
「なら、そんな女のどこで付き合っとるんじゃ。オレなら別れとる」
他人事となると好き勝手言う、いやお節介になりだした男共の問いかけに、半分無視をしてスプーンでカレーを運んだ。濃い筈の味が白米ばかりだったのかやけに薄い。
「ア?んなもん覚えてねェ」
「ひっどい男じゃのぉ」
「顔はまぁ平均だけどなァ、胸は平均以下だし色気だってねェしな。…あー、でも笑ったとこは悪くねェ…っつーか……」
あと、アレだよなァ…。耳弱くて、そういう雰囲気じゃねェ時に弄ると、ビクッとしながら振り向く顔は悪くねェ、かも…な。一瞬で片方の耳だけが真っ赤に色付いていて、手で覆ったときの表情は、そういう時じゃなくとも股間に血液が集まりそうな気がするくれェだ。普段は手を叩きながら大声で笑い、オレとテレビに出ている動物の表情が似ているとか似ていないと指差す癖にな。そうだ、ゲラゲラと笑う癖にくみ引いた時には、恥ずかしいと目を反らしながら口を尖らせる。人が変わってしまったみてェに口数が少なくなるのも悪くねェ。つーか、好きかもしれねェ。
オレの部屋がそれなりに汚ねェのは向こうだって重々承知だ。今回の様に向こうの休みもあってオレのところに来ている時、そしてオレがアパートにいねェ時に、控えめに片付けられていた。しかもオレが困らねェ様にあった場所に、だ。オレなんて数える程しかいかねェあいつの部屋の物の配置なんて覚えてなんていねェ。雑な癖にそういう様なこそばゆい気遣いをする奴だ。
駅で別れる時には、寂しいという一言もいう奴じゃねェ。手を挙げ、"じゃ!"とさっぱりと改札を抜けるあいつ。けれど電車に乗ったあたりのタイミングであろう、"もっと一緒に居たかった。ご飯美味しかったよ〜"とか笑いマークと共に送ってきたりする。その時に言やァ良いだろと返したくなるような、むず痒くなるようなメッセージを送ってきたりするやつだ。あいつはあいつなりに、気持ちをぶつけたくともそれをさせてやれないオレは一体何なのだろうか。
今回の喧嘩…と言えば良いのか意地の張り合いも、部屋が汚いといつもの様に笑った言葉、会話の筈だったのに虫の居所一つですれ違ってしまった。そんな些細の事だというのは頭の隅では薄々感じていたのを、今改めて知った気がした。
「…」
「…。というか、荒北はここで食べてて良いのか?」
「そうじゃ、家鍵までお前が持ってきておいて、久しぶりに会った彼女を放って1人昼食ってる男なんじゃクソじゃ」
吐き捨てたその言葉は、予想以上に胸を抉った。冷蔵庫が空に近い状態で鍵まで持ってきていて、部屋で1人残されているあいつ…。確かにそんな状態にさせる男なら願い下げだろう。向こうは何を思ってアパートにいるのだろうか。それなりに長い付き合いの所為で、あまりにも無頓着になっていた気がした。長い距離だけれども関係は変わらないと思っていた。短い距離なら直ぐに修復すると思える事も、コレで明日帰られてしまっては何かが変わっていく可能性だってあるのだろう。
「アー…帰るわ」
「あぁ。だが、カレーの匂いで怒られるだろうな」
「バァーカ、こんなもん腹の足しにもなってねェよ」
「それ大盛りじゃろ、ほんま荒北はアホじゃのぉ〜」
急いで口の中に放り込んだカレーを咀嚼しながら、お盆と鞄を持ち上げる。返却口へ向かう身体の中ではカレーがそれなりの満腹感を告げていた。
アレだ、あいつが行きたそうだったカフェにでも連れて行こうじゃねェか。きっとあいつの事だから、"こんなんじゃ謝った範囲に入らないから"と言いながらも美味しそうに食べそうだ。つーか、満腹感もアパートに全開で回すから、腹の心配する事なんてねェんだ。