新人研修


社会人1年目
そう言うとやってくるのは新人研修だ。各所から集められる新人が集って、会社の仕組みやら組合のことだか、話し方なりを教えてくれるっていうやつ。あと新人同士の交流だかを含める一週間。

ある温泉もついた宿泊施設に集められる。温泉付きっていうのは、私なりに少しテンションは上がる。

ただなんて言うのでしょうか?私は人と仲良くなるの苦手な部類に属してるのですよ。
そう客相手は得意だ。営業用のスイッチが入れば表面上余裕で喋ることができる。ただ、こういう付き合いというのはそれとは別だ。一度仲良くなってしまえば、ペラペラずっと喋る勢いな私、ただそこまでになるまで...打ち解けるまで時間がかかる。こういう性質でこういう集まりは苦手だ。

初日の夜は会社で企画された飲み会であった。全員の前で自己紹介を面白可笑しく紹介できる人、色々社会経験して再度就職してきていてで話題がつきなそうな人、皆話術が凄すぎません?私はありきたりな自己紹介して、大学でやってたことを少し言ってみただけだ。
そして極めつけはなんしろお酒が弱い、ほぼシラフでの参加なのでテンションの高さについていけない。2人ならともかくグループでの話はさらに苦手だ。話しかけられて笑顔でお話はするが、どうもここ数日であった他人に興味がもてなく盛り上がらない、会話が続かない。かといってここはナンパ会場かってくらい詮索してくる男性の相手もめんどくさかった。 
この合って1日いかないのにもう男性にしだれかかるように甘えられる女性を尊敬する。あと5日土曜まで…ああもう帰りたい。帰って、私と似ている親友呼び出してお茶して愚痴って、夜はパソコンに向き合って漫画読んでひきこもりたい。



2日目

そんな昼間の研修会の隣の席は荒北靖友という男性だ。グループでのディスカッション等で一言二言話すが、目つきの悪さと伴いなんともぶっきらぼう。だけれど、色々深く聞いてこないので凄く調度良い。

昼過ぎの研修は眠くなるのはデフォルトであろう。暖房が利く部屋、しかも内容は、組合の仕組みだかなんかだ。つまらない上に同じ言葉が反復して聞きにくい講師だ。あくびをかみ殺しながら話を聞く。隣の荒北さんも難しい顔をしている?あ、これ寝てるわこの人。暇を持て余している私は、横目でなんとなく観察してしまう。
...肌しっろ、まつ毛長っ、目を閉じていると目つきも軽減されて意外ときれいで幼く見える。

...もしかしたら私の視線を感じ取ったのか、のそのそと動く。あ、起きたのか?荒北さんはぼーっとしながら、今話している資料を探している。なんだかかわいい。

「...この辺だと思いますよ?」
少し笑いながら小声で荒北さんの資料を指さす......しまった、つい口出してしまった。見ていたみたいじゃないか!いや見ていたのだけれど。

「ぁー...スイマセン」
少し眉を寄せた荒北さんだった。もしかして余計なひと言だったかもしれない。



本日の夜も広間で宴会だ。先輩からの話だと毎日だそうだ、もうやだスマホいじりながら布団に横になりたい。ただ生粋の日本人の私、参加したくないけど皆が出るようだから一応参加する。ビール片手に手持ち無沙汰の人っぽい人を狙って、会話をしてを繰り返す。
っていうかさぁ、なんで皆そんなに仲良くなれんの?大学生じゃないんだよ!?グループの様にワイワイ各所で盛り上がっているのを傍観する。

皆酔ってきた辺りを見計らって、話している男性にトイレだと言って二階の宴会場を抜け出す。静かな廊下を一応トイレに向かって歩く。あーこのまま戻らなくてもいいかな、バレないよね。トイレに行った後、何か飲み物を買いに行って時間をつぶすことを閃いた。飲み物を買って、少し暗いエントランスのソファに腰掛ける。研修施設だからエントランスもほの暗いので、非常に私としては落ち着く。

!?
暗くて分からなかった、フラッと座った一人掛けのソファの隣に荒北さんが座り込んでいた。
「あの、荒北さん?」
「あ?」
「酔っています?」
「サボってるだけだヨ」
隣のソファにふんぞり返る様に腰掛ける荒北さん。
「つーか、あいつら騒ぎすぎじゃナァイ?」
その言葉に苦笑する私。

そこからそれぞれの事務所の事とかをぼちぼち話す。2人だけっということで私でも話しやすい。

「なァ、みょうじチャン」
まさかのちゃん付けだが呼ばれて荒北さんの方を向く。けだるそうに私を鋭い眼光でジーッ見つめてくる。...え、何かしましたか?
「...へェ、そう、男が苦手っつーんじゃないな。どちらかと言うと人見知りかァ?」
...バレてしまった、よく人を見ている男性だ。
「...バレちゃいました?」
苦笑しながら白状する。
「昨日今日で、よく言い寄られるのに上手く逃げてるしなァ」
肘掛に肘つきながら意地悪そうにいう荒北さん。
「...はぁ、もうなんていえば言いんですかね、駄目でこういう集まり。お客相手とかなら平気なんですけどね。こう話しかけられても面白く返せなくて...」
吹き出す荒北さん。
「ハッ 何!?みょうじチャン面白く返そうとしてたのォ?」
「え?」
そりゃ盛り上げるためにはそうじゃなかろうか。

「あぁ、不思議チャンか」
あのどーいうことでしょうか。勝手に納得している荒北さんとそれからなんとなくポツリポツリと自分の事を話す。それを黙って聞いてくれる荒北さんだ。

「...まぁ、いいんじゃねェのォ?客相手には問題ねェんだし、こーゆー集まりなんてそーそーねェしな。」
「...いやあと4日もあるんですけどねぇ...」
考えるだけで気分が落ち込む。
「ハッ んなんばっくれりゃいいんだヨ、オリコウチャンか」
「フフ、そうですね。明日からも適当に抜ける事にします」
少し、荒北さんと仲良くなった夜だった。



3日目

昼間の研修中、前日よりも話しかけてくる隣の荒北さんだ。

「ここ違うんじゃナァイ?」
「そんなんじゃ足りねェだろ、みょうじチャンはもっと食え」
「寝てんじゃねェヨ、今ここだからァ!」
...意外とこの人は強面の見た目に反して面倒見が良いようだ。この人見知りの自分と一緒に昼まで食べてくれる。まるでお母さんの様だ、こんな人だったのか。っていうか私が抜けているのだろうか。当てられた時なども何かとフォローしてくれる。

「...荒北さん、いいお母さんになるよきっと」
「っざけんな」



その日の飲み会も小一時間で、そっと抜け出す。飲み物を買ってエントランスの長いソファに俯せに横になる。部屋戻りたい〜、もう休みたいー!でも同部屋の女性達は飲み会でキャッキャッしてるので1人で鍵借りては帰りずらい。
この静かな暖かいエントランスホール最高。明日もここでサボろう。

...

「...ん」
あ、寝てしまっていた。横になったまま状況を把握しようするが頭が働かない。疲れてるんだってやっぱり。欠伸を噛み締めながら体を伸ばす。
「よく寝てたねみょうじチャン」
!?
向かいのソファに荒北さんが肘掛に肘をついて見ていた。こ、声かけてよ、恥ずかしいじゃん。
「...すいません、あの、お見苦しいものを...」
「...こんな所で寝ちゃダメだろうなァ」
「つい、気持ち良くて...」
私が寝たのは30分にもみたなかった。良かった気づいたら朝じゃなくて。
荒北さんが私のソファに移動してきた、そして微妙な距離をあけて座る。
「今日もあいつらうっせェの」
どうやら私の相手をしてくれる様だ。
今日は荒北さんの昔話を聞いた。荒北さんは昔から自転車競技部?で活躍していたそうだ。この間の社報にもこの会社それなりに強いとか書い
てあったような気がする。

「へー、なんだか面白そうな競技ですね」
「...見にくればァ?」
「え、良いんですか?」
「おー」
思いがけないお誘いだ。話はそれからキンジョー君の事やらフクチャンの事とかシンカイさんにトウドウさんとかいう人達が登場した。あぁ本当仲良かったんだなぁ。少しみて見たかった気がする。



4日目

午前も荒北さんにお世話になりながら研修を受ける。

昼後に荒北さんが呼び止められていた、そう女性に。フレンドリーに話す女性に多少の悪態をつきながら盛り上がる荒北さん。それに思わず少しポカンとする私に荒北さんは女性を紹介してきた。

「あーこいつ、大学ん時同じ学部のやつ」
めんどくさそうに頭かきながら紹介してくれた。
「何その適当な説明、みょうじさんだっけ?よろしくね〜。今○○のとこで配属されてるの。あ、荒北!あたし向こうで呼ばれてるからまた夜にでも話そ!」
美人でさっぱりしている人だった。一応よろしくと伝えたけど、聞こえただろうか。美人さんは荒北さんの肩を叩いて去っていった。

そ...そりゃそうだよね。荒北さんだって女友達だって居るよねそりゃ。...なんとなくこの集まりの中だったら私が一番仲良いのかと思ってしまっていた。
自意識過剰な私、むくむくと胸に広がる不快感で気持ちが悪い。何か目覚めるような...目覚めたものを刈り取られたような。私さっき上手く笑えていただろうか。

午後の研修はなぜか身にはいらなかった。

本日も例によって仲良くなる為の交流会だ。
そこで私は決める。今日はサボらない!荒北さんに頼らない!だ。いい大人なんだから、同期付き合いも苦手だとか青臭いこと言ってないで仕事と思って付き合う事にした。

営業スイッチを入れてテンションあげて、ビール片手に飲んでいるフリしながら、同期と話す。
「みょうじさんモテたでしょ?」
「そうですか?○○さんには及ばないですよ」
「大学んときはさぁ〜...」
営業スイッチ入れてるけど、表面上だけなので内心つまらない逃げたいサボりたい。でも、だめだ。
「っていうか飲んでるみょうじさん?もっと飲みなよ」
○○さんにグラスにビールを注がれる。
「飲んでますよー、でも弱くて本当。○○さんこそ飲んでくださいって」
そして酔ってどっかいってくれ。私のことはほっておいてくれ。

渋々ながらも同期数人と付き合うこと数時間。頑張ったおかげで多少は仲良くなったかもしれない、連絡先も男女数人と交換した。が非常に疲れた、仕事してた方がマシ。

布団に倒れるように滑り込む、あー気持ちいい、誰か電気消してくれ。
荒北さんはあの美人さんと話していたのだろうか...あ、ダメだこんな事考えたら。そのまま瞼が重くなる。疲れていたせいでその日はよく寝れた。

5日目

...なぜか荒北さんの顔を見たくない。
まぁそんな事言ってられずに研修会部屋に移動する。
「あの、おはようございます」
荒北さんに挨拶しながら隣に座る。
「おー...みょうじチャン、昨日はサボらなかったんだァ?」
机に肘つきながら小声で聞いてくる荒北さんに小声で返す。
「えと、それでも少し同期付き合い頑張ってみようとして」
荒北さんに頼ってばかりじゃ悪いしねと心の中で付け足す。
「ふぅん」
荒北さんは一言だった。

夜、最後の飲み会ともあって盛り上がっていた。そりゃそうだ、これで来週からまた仕事になる。同期カップルだかまで登場していて、部屋の隅で近寄りがたい雰囲気を出して話している。皆とてもお盛んだ。

「みょうじさん飲んでる?みょうじさんに会えないとか来週からやる気でねぇわ」
○○言うねーと他の同期から半野次を受ける。
「...そぅ言ってもらえて光栄です、私も会えなくて残念ですよー」
愛想笑いをしながら、ビールをつがれる。すると、人を割って入ってきた...荒北さんが。
「おー荒北!」
同期が荒北さんにお酌をする。それを一気に飲み干す荒北さん、だ、大丈夫?それから同じ空間にいながら、それぞれ隣の同期と会話する。
ウーロン含めて飲んでたからな、トイレ行きたくなってきた。話していた同期に断って部屋を抜け出す。ヒンヤリとした廊下が気持ち良い。

トイレを出た所に荒北さんがいた。
「あ、えとお疲れ様です」
「サボらねェの?」
「...」

エントランスホールに行き、二人がけソファに微妙な距離をおいて座る。ギシリと沈むソファ。
「疲れましたね一週間」
荒北さんに話しかける私。
「...みょうじチャンって実は男たらしィ?」
「え、そんなことないですよ」
「昨日今日よく喋ってんね」
「意外と皆さん良い人で...」
過不足ない言葉を返す。
「...ハッ、俺にまで営業用で返すなヨ、ボケなす」
...荒北さんのキツイ目に思わず無言になる。
だってそうしてないと、色々まずいのだ。よく分からない嫉妬心にまみれためんどくさい女が出てきてしまう。暇な手でスマホを持ち替える作業を何回もする。

「なんで、昨日サボらなかったァ?」
それはあの美人さんが、荒北さんに夜話そうと言っていたから。
「なんで、今日目ェあわせねェの?」
それは目を合わせたら息が詰まりそうだから。

「俺、人見知りのままで良いんじゃねェって言ったんだけどォ?」
「...あ、荒北さんばかりにご迷惑おかけするのは忍びなくて」
「迷惑じゃねェんだけどォ?」
いや、それでもですよ。思わず無言になる。
この空間に胸が張り裂けそうだ。
やっと気付いた気になっているのだ荒北さんの事。少し優しくされたからって気になるとかあり得ないんだけど、本当。しかも同期とか絶対めんどくさいよ本当、何してんの私。
この機会を逃したら、次の研修やら会う事は少なくなる。せめて連絡先だけでも交換しておきたい。

「...迷惑ついでに、お願いがあります」
「?」
怪訝そうな荒北さんだ。向き合いながらはき出す言葉。
「っ今度...!ご飯食べませんか?」
って違っ!それじゃない自分よ!
「...それだけェ?」
!そりゃ連絡先を教えなければならないよね。
「...連絡先教えてほしいです」
「他はァ?」


...他!?他って何を言えばいいのでしょうか?荒北さんをチラ見するが顔色が読めない。
「...荒北さんの昔の話もっと聞きたいです...」
遠回しに希望を言う私。
「他はァ?」

「...ご飯食べてもらいたいです...」
「でェ?」

「...出掛けてみたいです」
「どこにィ?」

「...荒北さんの家行ってみたいです」
何を言い出したんだ私。色々が溢れ出すかのように口から滑り落ちる。
「でェ?」
しかし先ほどと同じトーンの荒北さん。

「...手も繋いでみたいです」
私の空いている手が荒北さんによって繋がれた。繋いだ手が硬直する。
「でェ?」
キツイのに優しそうな雰囲気に酔いそうになる。

他に言うことがなくなった。繋いだところから気持ちがバレそうだ。なので最大の望みを言う為にゆっくり口を開く。
「......つ、付き合ってほしい...かも...です」

「しゃーねェから、全部叶えてヤンよ」
手を繋いだまま意地悪く笑った荒北さんだった。




この後同期に冷やかされた。