別れは突然
あぁ、またそのセリフ。
何回目か分からないけれど、不思議と納得出来る部分はあった。ある日の夕方、大学の空き教室で言われた言葉だ。
「俺たち別れないか?」
「え、どうして…?」
「名前には俺は必要ないだろ?」
「そんな事はないと…」
「分からないんだよ、名前は俺に甘える事しねぇじゃん」
幾重にも並ぶ机、その一つに寄りかかりながらそう言葉を発した男は、紛れもなく彼氏である。オレンジ色の日差しが、眩しくて目を細めた。
"必要ない?"なんでそういう事言うのだろう、それはあくまで向こう側の想像であって私の意志としてそんな事はなかった。目の前では、彼が別れたい理由…ストレートに言うと私の可愛げがないという事を筆頭に幾つか理由を遠回しに言っていた。この後に及んでそんな事は聞きたくない。聞けば聞くほど、振られる私が原因になっていくようであった。
「分かった、別れる」
「さすが、分かってくれるんだな。本当名前男だったら最高だったよ」
理由を話す彼を遮るように言った私にあからさまにホッとする彼氏…。いや元彼を置いて教室を後にした。
この系統の理由で振られるのは2、3回目かもしれない。甘えない?では甘えるってどういう事だろうか?
教室を逃げるように足早になる私。先程の出来事と向き合いきれずに、それが足に伝わる様に震えるのだ。路上でそんな私に誰1人として目を向けるものはない。
どうにもこうにも気分が落ち込み、何かに促されるように足は自然と近くの公園に向かった。
ベンチに座り背もたれに寄りかかると思い出すのは今までの付き合ってきた事…。だから甘えるって…、ここまで着くまでにいちゃつくカップルは見てきたけれど、確かにそんな事はしない。甘える?頼る?要望でも言えば良いの?きっともう少し言いたい事を言えれば良かったのだろうか。
しかし、そんな事を今更になって気付いてみても、生まれ育った性格だからこそ素直になれる気はしない。自然と涙が溢れ、目の端を通り下に落ちた。
そうか、あの場所で「別れないで…!」と涙の一つも流れるような女性ならこういう事にはならないのかもしれない。自分の気持ちさえ上手く言えない、どこかで捻くれたやつなのだ。甘えてみて媚びてるとか思われるのも嫌…でも寂しいのも嫌、そんな我儘過ぎる自分を知っているからこそ言葉は出ない。
しかしこの涙は本物で、別れたくないという気持ちは確かにあったのに。
…
「荒北、別れた」
「ハッそりゃご愁傷様ァ」
次の日の朝一、カバンをドスンと置きながら椅子に腰掛ける。そしてそれと同時に隣の男にそう告げると気の抜けた声が返ってきた。そう私の顔を見ずに手元の資料に目を通しながら答える荒北だ。
荒北靖友、彼とは大学に入り同じ学部となった仲であった。出会いは、1年次のとある講義にギリギリで入ってきた荒北が私の隣に座ったのがきっかけだろうか。
第一印象は、目が細い事そして黒い髪が印象的なやつ。そして時折一緒の講義になる金城君や待宮君含め面白い奴らであった。
「荒北くーん?君には落ち込んでる女を慰めようという気はないのかなぁ?」
「っイテェ…!!!ったく、んな事する奴ァ落ち込んでる訳ねェだろ」
講義前、手持ち無沙汰な私はつれない荒北の薄い耳朶をつねりあげた。その手を払い落とす荒北に笑った。何とも表情豊か、顔を歪ませながら私を見てくる荒北は、振られた事もネタに出来るような小ざっぱりした友人関係であった。