熱い湯気と共に


「で、」
「で?」
「…」
「ほら、冷めるよ」
「テメェなァ…!」

私の方にあった割り箸を荒北に渡してあげて、自分も直ぐさま割った。チッと舌打ちした荒北が私の手からぶん取るように割り箸をもった。そう、サークル終わりの荒北とラーメンを食べに来たのだ。湯気が立ち上り、お腹を空かせそうな香りを放つ丼を前に"いただきます"以外の言葉は不要だろう。

「…いただきまァす」
「いただきます〜」

ズルズルと麺を食べる。あ、やっぱりここのラーメン最高、絡まるスープは繊細でとても美味しい。ここは荒北が発掘したラーメン屋で、何かのきっかけからか偶に一人だったり荒北とかと一緒に訪れていた。スッと入ってくる魚介系スープはとても私好みだ。
好きな物を前にしたら自然と笑顔になるのは当たり前の事だろう。

「で、呑気にラーメン食ってるおめェのどこに慰める必要あンだよ」
「え、あれマジに取ってたとか。荒北気持ち悪いほど優しいじゃん」
「テッメ…」
「はいはい、ありがと〜」

このラーメン屋に連れて来てくれた荒北…それだけで、充分すぎるほど慰められていた。誰かが自分を気にかけてくれる事だけで救いなのだ。
それからはただ無言にラーメンを口に運び咀嚼する。腹が減っては戦は出来ぬではないけれど、空いた腹では気持ちだって落ち込んでしまう。
正直あれから立ち直れたかというとそうでもなく、ふとした瞬間に思い出してしまうから色恋沙汰は面倒なものであると言える。


「おっちゃん勘定ォ」
「あー、私のもよろしく」
「ざけんな、てめェで払え」

口はそう言うが、しっかり手元に用意している小銭をカウンターに置いて外に出ようとする。その時だ、ラーメン屋のおっちゃんが駆けてきた。

「そう!荒北君かみょうじちゃんかバイトしないかい?」

時給は安いから強くは頼めねぇけど手伝ってくれるとありがてぇと笑いながら言葉を続けた。それを聞き私は荒北の細い目と会話をした。荒北からの目線の内容は"てめェどうせ暇ならやれよ"というものだ。

「おっちゃん、私大学終わってからの夜しか出来ないけど良いのかな…?ぁ…あと研究室立て込んでる時はキツイかもだけど…そんなんで良ければ」

大学も後半、忙しい時は怒涛のように忙しいうちの研究室。それを愚痴れば、"俺んとこもだからァ"苦々しい言葉が返ってきている。そんな状況を加味しておっちゃんに伝えれば"入れる時入ってくれると嬉しい"とかいう仏の様な事を言ってくれた。

「みょうじちゃんが居ればまた華にもなるしなぁ」
「ハッ…萎れた華だけど無いよりゃマシだろ」
「ふん、分かった。今度から荒北のレポートは手伝わない」

おっちゃんは私たちの会話に笑い、とりあえず詳細は次空いてる日に来てくれという事となった。不定期で構わないというバイトはこちらにとってもありがたかった。

いつの間にやら日はしっかりと暮れていて、街路樹が風で揺れ、擦れる葉の音がどこか寂しい。

「安易に受けんじゃねェよ」
「目でやれっつってたのはどこの荒北だっていうね」
「ンな事言ってねェ」
「え、そうだった?」
「…。チッ」
「いや、舌打ちじゃ分からないから」

暗い夜道、私の顔をチラッといつも通り歪んだ顔で見たかと思いきや歯切れの悪い言葉…いや舌打ちを返した荒北に違和感を覚えた。まぁ荒北だって気分の優れない所はあるだろうと結論付けた。
しかしその意味を何ヶ月も後で知る事になるのだった。

「あー…ンでもねェっつーの、ま、精々レポート落とすの楽しみにしてやんヨ」
「そんなヘマしません」

盛大に欠伸をしながら抜けた返事をすると、"それでも女かよ"という呆れた声が隣から聞こえた。それに素直についてないしねと言うと無言で鞄を私の背中に当ててきた。
あぁ、本当こう言うのが一番楽。気負いもなく、特別気にする必要もない関係。
女同志も悪くないけれど、こういうのもとても楽だ。

「んじゃまた」
「おー」

荒北と分かれ、アパートに帰宅する。ポストを漁り、入っていたどこかのピザ屋のチラシをそのままゴミ箱に押し込めてワンルームのベットに埋まる。
フカフカと私を受け入れたこいつは魔の力が備わっている。1日の疲れを持つ体はそのまま埋もれたままだ。
あぁ、ラーメン美味しかった。思わぬバイト先まで見つかったし、悪くない1日だった。…ぁ、レポート…あー…あと1時間したら起きるから。
静かに秒針が聞こえ、その秒針を聞きながら目を瞑るとそこは安心出来る場所であり、魔の入り口だった。

「レポート手伝ってよー…荒北ぁ…」

今度手伝うからさという言葉は出さず、顔を布団に埋める。そんなダメ人間の願望を吐いて、眠りについたのだ。