新選組屯所…つまりは男所帯の中を過ごすのに女の恰好をするわけにもいかず…二人は男装を続けることとなった。また、新選組の事情を一部知ってしまったということもあり、幹部達の監視元で生活を送っている。
そのせいで千鶴も秋風も自由に外に出て、綱道を探しに行くことも出来ずにいた。






「……父様…無事だといいのだけれど……」






心配そうに、情けない表情を浮かべる千鶴を慰めるかのように、秋風は彼女の背中をポン…と撫でてやる。…が、秋風は千鶴と同じ心境ではない。

綱道の心配など、欠片もしてはいない。寧ろ腹立たしいくらいだ。
…何せ、秋風が千鶴と共にわざわざ京へ来たのは千鶴を護衛する役目と…綱道を処分するためなのだから。


その理由として…秋風が偶然、綱道の書斎で見つけた書類があった。そこには鬼の一族の末裔としての誇りを忘れ、人を狂わせる薬の研究の様子が徒然と記されていた。最初にそれを目撃したときは…腸が煮え繰り返すほどの苛立ちが抑えきれなかった。東の鬼を統べる雪村の名を持つ者がしていい行為ではないことを承知で、奴は研究を続けている。…許せるはずがなかった。







「…大丈夫、きっと綱道さんは無事さ…」






…奴は自分が必ず処分する。それまでに他の者の手にかかることも許さない。
千鶴に優しい言葉をかけてやりながら、秋風はそっと彼女を寝かせにかかったのだった。



綺麗な満月が浮かんでいる。
秋風が縁側に腰掛けて月を静かに眺めていると、不機嫌そうな表情を浮かべた人物の姿が視界に入った。






「君、そんなところで何してんの?」


「…………」






沖田総司だった。…どうやら彼は私のことを嫌いらしい。わかりやすく敵意を向けて来ている。あのときの挑発した態度を根に持っているのだろう。






「勝手な行動しないでくれる?君達二人はいつ僕達に斬られてもおかしくない立場だってこと、忘れないでよね」


「斬りたいのなら斬ればいいさ。それでお前の気分が晴れるんならな」


「いいの?僕本気で言ってるんだけど」


「生憎私も冗談ではないさ」







沖田の方などチラリとも見ず、秋風はただただ月を眺め続けている。意識など少しも掛けられてなどいない。







「…だけど、私が問題事を起こせば千鶴が困る。」


「…へぇ、君、本当にあの子のことが大事なんだね」


「当たり前のことを言うんじゃない」


「なんであの子に執着しているわけ?あの子、どう見てもただの普通の女の子じゃない」


「……お前には、わからないだろうなぁ…」






沖田の言葉に秋風は鼻で笑い返す。…そう簡単に彼女の魅力に気付かれては守る側からすれば困るのだが。







「何それ。どういう意味?」


「生憎私はわざわざお前に教えてやるほど、優しくはないんだ」






よっと腰を上げる秋風。そして、何事もなかったかのように与えられた部屋へと戻っていった。その後ろ姿をしばらく眺めた後、沖田はこの場を後にする。
…その気配を感じ取った秋風は物音一つ立てずに再び部屋を出て、一人、夜の京の町へと紛れ、姿を消した。