久しぶりの江戸
江戸。
攘夷戦争が終戦して以来、菜子は久々に訪れた。
あの幾年前の面影など、もうどこにも残ってはいない。むしろそんなことなど遠い昔のことかのように忘れ去られていて、明るく賑やかな街並みが広がっていた。
(…銀ちゃんたちは元気かな…?)
かつての仲間に会いに行くため、花村菜子は江戸の歌舞伎町にへと足を踏み入れたのだった。
「きゃっ!」
菜子は何者かに押され、地面へと倒れ込んでしまった。ふと顔を上げると気持ちが悪いぐらいニヤニヤと笑っている天人達がいた。
「おいおいお嬢さんよ、何してくれるんだよ?」
「…すみませんでした」
少し冷たい声色で天人に謝罪する菜子。…正直なところ、こいつらに謝りたくはなかった。菜子は天人があまり好きではないのも理由にはあるが、何より最初にぶつかってきたのは紛れもなく相手の方だった。
…が、面倒なことは避けたいため、適当に謝り、さっさとこの場を立ち去ろうと考えたのだった。
「ハハッ、謝って済ます気か?」
「あー俺、今ので腕折れちまったぜー……」
(…それはこっちの台詞よ、馬鹿天人たち。自分達の方が大きい体してるじゃない。)
こんな些細なことで腕の骨が折れていたら、生活なんて到底出来ないだろう。馬鹿みたいなハッタリをかけてくる相手に菜子はムッと苛立つ。
「…おやお嬢さん、アンタとびきり美人じゃねぇか!これは上玉だぜ?」
ひっひっひ…と気味悪い笑い声に菜子は眉間に皺を寄せた。
「なぁ、俺等と一緒に来い…」
「っ!?」
気付いたときにはもう遅く、天人に強引に腕を捕まれていて…今にもどこか連れていかれそうな勢いだった。
「っは、離して……!」
抵抗を試みるものの、相手に効果はなく、菜子の体力が無駄に消費されてしまうだけだ。どうしてこんな奴らに好き勝手されなければならないのか。悔しさにぎゅ、と唇を噛んだ。
そんなときだった。
『……おい、そこで何してる?』
「!」
低い、怒りがこもった男の声が背後から聞こえた。そして何より、その声に大きい反応を見せたのは菜子ではなく……
「…真撰組、幕府の犬が…」
「こんなことで騒ぐのも面倒だ、ここは退くぞ!」
菜子を何処か連れ去ろうとしていた天人たちで……彼らは早々とこの場から立ち去って行った。…菜子はどうやら無事助かったようだ。
『…大丈夫か、姉ちゃん』
「えっ……はい、ありがとうございました」
助けてくれた男性に深々と頭を下げ、お礼の言葉を告げる菜子。…ふと、顔を上げるとそこに立っていたのは…少し、いや結構…目付きが悪い同年代くらいの何かの軍服を身につけた格好いい男性だった。
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