獲物を狙う獣の瞳
「明日迎えが来るから」


「へ?」





万事屋でいつものように夕飯の支度をしていた月白に神威から予想外の発言。月白はただただ瞳を丸めて、自分の耳を疑った。





「…すみません、団長。上手く聞き取れなかったんでもう一度言ってもらえます?」


「だから、明日、船に帰るヨ」


「え、えぇ!?」


「そんなに驚かなくてもいいじゃない」


「や、さすがに急すぎます!前兆とかなさすぎです!!」


「まぁそりゃそうだね、だって今決めたんだから」


「…誰が決めたんですか?」


「俺」






返ってきた返答に月白ははぁ、と深い溜め息をついた。予想していた答えとはいえ、彼がこういう人だとわかっていたとはいえ、溜め息をつかずにはいられない。
いつもいつも、こうした彼の気まぐれに振り回されるのだから。





「どうしてまた、急に帰ろうと思ったんですか?」





ささっと、出来上がった夕食を皿に盛りながら尋ねる。サラダも色鮮やかに盛り、メインのカレーをご飯にかけてやる。美味しそうな匂いがほわほわと温もりと共に漂ってきた。
一つ持ってはまた次へ、と慣れた手つきで準備する月白の背中を眺めていた神威は、ふと何を思ったのかいきなり背後から彼女に抱きついた。






「きゃ!?」


「相変わらず、ウブな反応するよね月白は」


「だ、誰だっていきなり抱きつかれればこう反応します!」


「ハハハ、だって抱きつきたくなったんだもん。仕方ないよ」


「…それにこれ、完全なセクシャルハラスメントですって!!」


「嫌だなー、月白ってばそんな可愛いげのないこと言うようになっちゃって…やっぱ俺が一から調教してあげないとネ」


「え、えっ遠慮させていただきますゥゥ!!」





なんとか神威の手から逃れようともがく月白だが、神威はそれを一切許そうとはしない。
むしろ、力を強めて離そうとする気配をみせない。






「ちょ、団長…!このままじゃ夕食の準備できないです!!離れてくださいよ!!」


「嫌だね」


「嫌って…!このままじゃ団長ご飯食べれないんですよっ!?」


「いーよ、別にー。その代わり月白食べるから」


「へ…な、何を…!」





次の瞬間、月白はふいに向きを反転させられ、神威と向き合う体制になってしまった。






「っ!?だ、だだっ団長!!一体何を……!」


「俺ももう限界なんだよね」


「な、なにが、ですか…?」


「好物を目の前にして食い付かないほど、理性ないんだヨ」





次の瞬間、何の前触れもなく月白に口付けが落とされた。以前交わしたような軽いものではなく、まるでそのまま食い尽くしてしまうのではないかと思わせるほどの荒々しい口づけ。
月白が逃げ腰になり、神威の胸板を押し返して離れようとするも、神威はそれを良しとせず、月白の後頭部を抱えて更に深い口づけを落とす。

二人が離れたときは、月白は息がまともに出来ず、その場に座り込んでしまった。






「だ、だんちょ…っな、なに…を…」


「つまみ食いだヨ」


「なに、言って…」


「だからさー、早く俺のものになってくれないかな」





ケラケラと、いつものように軽く笑いながらそう言い放ちながらも目線を同じ高さに合わせてきた彼の瞳からは、真剣なものが伺えた。






「っだんちょ…冗談も、そのくらいに……っ」


「冗談じゃないヨ。本気」


「…ほんき、って…」


「俺、結構待ったんだけど」


「…な、何を…っ」


「月白、」


「は、はい…」


「好きだヨ」






再び降りて来た口づけは、軽く触れるだけの優しいものだった。
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