欠陥


初めましての握手を交わしたあとで、「綺麗な瞳だね」と声をかけた。
特に意味はなかった。新しい刀剣男士が来たらとりあえず何となくコミュニケーションを取ってみるのはいつもの事だったし、なにより、昔から紫色が好きだった。


第三部隊が戦線崩壊。
崩壊、なんて言葉を久しぶりに聞いた。基本的に惰性で過ごしているこの本丸に新しい風が吹くのは、わたしの半年に一回程度の気まぐれぐらいなものだから。
重傷者は半数、増やしておいた手入れ部屋に久しぶりに感謝した。別に手伝い札を消費しても良かったのだけれど、久しぶりの重傷者なわけでついでにゆっくり休んでもらおうと思ったのだ。個体差はあるが、刀剣男士によっては手伝い札を使われるのを嫌うモノもいる。強制的に急速に肉体を復元される感覚が臓器を全て引きずり回されているようで気持ちが悪いらしい。わたしは経験したことがないのでその気持ちを分かってあげられないのだけれど。しかしまぁ、逆に言えばその感覚を気に入っているモノ好きもいる訳だ。
最近勝手に手伝い札を使うことを覚えた平安の白い神様たちを思い浮かべ、どうかこれ以上モノ好きが増えませんようにと静かに祈った。

手入れ部屋に入った瞬間、ツンとした冷たい鉄の匂いが鼻を掠めた。胃の中に潜り込んでくるようなこの匂いに、多分わたしは一生慣れない。
少し間隔を開けて敷かれた白い布団の上に静かに眠っている二振りを確認し部屋の奥に目をやると、同じように間隔を開けて敷かれている、同じように白い布団の上で上半身を起こしコチラをじっと見る紫色の神様がいた。
少し幼さが残りつつも短刀や脇差のそれと比べると大人びた身体にはぐるぐると包帯が巻かれ、所々赤黒い血が滲み元より白い肌をより一層白く見せている。身体だけでなく、顔から頭にかけてもその半分を覆い隠すように斜めに包帯が巻かれている。本来瞳が収まっているはずの場所が朱色に染まりきっているところを見るに、その柔らかい部分を敵に狙われたのだろう。
「清麿」と声をかけると、やや見開かれていたひとつの大きなツリ目がふっと和らぎ伏し目がちになった。

「主、良かった、もう来ないのかと思ってたよ」
「様子くらい見に来るよ。うちの本丸じゃ久しぶりの重傷者だからね」
「あはは。それもそうか」

布団の隣に腰を下ろしていくつかの言葉を交わす。正直修復に軽く5時間以上かかる重傷なのに未だに意識を保っている方が不思議なのだけれど。
痛々しい見た目とはまるで合わない明るい笑顔に、やっぱり人間とは感覚が違うんだろうなと感じた。

「ねえ、それよりもさ、僕きみに渡したいものがあるんだ」
「渡したいもの?」

空気を切り替えるようにそう言った清麿に首を傾げる。渡したいもの、とはなんだろうか。
出陣先で拾った資材などであれば軽傷で帰ってきた他の隊員からも預かっているし、そもそも彼らはどんな些細なことであろうともわたしに対する報告を怠ったことはないので、清麿が何かを隠し持っているという可能性も低いだろう。というか、もし出陣先から無断で過去の物を持って帰ってきたということなら始末書物だ。
まさか元政府所属の清麿がそんなことを知らない筈もないので、皆目見当もつかない。
頭の中がクエスチョンマークで埋め尽くされたわたしを置いて小さく「よいしょ」と声を出しながら上半身をこちらに寄せた清麿がわたしの手を取る。

「はい、どうぞ」

コロン、と手のひらにひとつ軽い感覚があった。
飴玉のようなものだろうか?と首を傾げていると、包帯の巻かれた清麿の手の下から現れたのは赤みがかった紫色のビー玉状のものだった。
なんだか、そう、凄く、見覚えのある、色で。

「うれしい?」

ウキウキ、と効果音が聞こえてきそうな清麿の声に顔を上げると、その綺麗な顔に収まった赤紫のガラス玉と目が合った。

「… …、うん、? …うれ、し」
「本当?よかったぁ。ちょうど綺麗に抉れちゃったから、もしかしたら手入れしても残るかなって思って」

困惑したまま返事をしたわたしの言葉に、先程よりも少し幼げな表情で笑う清麿に思考が追いつかない。つまり今わたしの手の中にあるコレは、本来その包帯の下にあるはずの…?
状況を整理したくて「あのさ」と声をかけようとするともう限界だとでも言うようにぼふん、と音を立てて布団に倒れ込んだ清麿が「疲れたあ」と呟いたのでそう言えば彼は重傷者だったのだと思い出し言葉を飲み込んだ。
よく見ると頭の上にピコンと赤色の悲しげな表情のマークが見えてきそうで乱れた布団を彼の体にかけ直した。手の中では綺麗な球体がころころと踊っている。
本当に限界だったらしい、先程までニコニコと笑っていたのが嘘のように小さな寝息を立てて眠っている清麿を起こさないように静かに立ち上がり手入れ部屋を後にした。

天保江戸での特命調査を経てこの本丸に来た二振り…源清麿と水心子正秀は今回が初めての重症だ。
水心子くんは帰還時から既に意識がなかったと聞いているし、恐らく清麿も意識を失うギリギリのところでわたしが訪ねるのを待っていたのだろう。初めての重傷に加えて経験したことのないほどの疲労蓄積できっと正常な思考回路が働いていなかったのだ。というか、頼むから気の迷いであってくれ。
そうでなければなにを思ってこんな人間に自分の眼球など渡してくるだろう。まぁ神様の考えなんて人間には理解が出来なくて当然なのかもしれないが。

自室に戻り掌の上でキラキラと輝く赤紫を、どうしたものかと溜息をつく。硬い机の上に置くのはなんとなく痛そうで、ポケットからハンカチを取りだしてその上にそっと置いた。
清麿の手入れが終わったら返そう。返されても本人的にも困るかもしれないけれど、わたしはもっと困っているのだ。どうにか自分で処理して欲しい。
机に広げられた白い布の真ん中でキラキラと輝く鮮色と目が合って、初対面のあれはバッドコミュニケーションだったなと漸く思い出した。
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じごくいき