一松とイチマツのお粗末な結末:穴




四. 穴

一松は水気を含んだ泥を、おとなしくなった毛むくじゃらの上にバシャバシャとかけた。気持ちの悪いあたたかな風が吹いていたが、さすがに春先の濡れそぼった体は冷え切っていた。手足の末端は凍り付くように冷たくほとんど感覚はない。冷たく硬いのは土の下に眠る彼の自意識と同じように。

「……おそ、まつくん?」

淡い黄色と若葉色の菜の花。薄暗いグレーの公園に映える傘を差したなまえが、不安そうに彼を見ていた。パンプスが泥に汚れるのを嫌ってか、一松と距離を置きたくてか、彼女は公園には足を踏み入れなかった。おそらくその両方、どちらかといえば後者だろうか。一松が彼女の声に振り向くと、なまえはびくりと体を揺らした。

一松の薄紫色のパーカーには、赤黒いシミがにじみ広がっている。額にぺったりと髪が張り付き、髪の間かららんらんと光る眼だけがのぞいていた。青白い顔からは想像できない熱い息が立ち登り、景色がゆがんで見えた。

「なに、してるの?」

彼女は傘の持ち手を強く握った。爪が柔らかい手の甲に、歯を立てるように食い込んでいる。鋭くとがった警戒心が伝わり、一松は逆に安心した。今まで彼に注がれていた愛情のかけらの方が、おかしかったんだと。

「殺していたんだよ」

なまえの目が泳ぐ。聞き間違いでもしたのかと、目を細め眉間にしわを寄せる。得体のしれない不安による思い込みのせいで、ありもしない聞き間違いをしたのではないかと。

「猫を、殺していたんだ」
「なに、いってるの?」
「あまりにも醜くて生きる価値もないのに勘違いしていたから、僕が殺してやったんだ」

機械的なまでに、一定のテンポを保つ一松の声。普段の怯えた子猫を内在するような柔らかな温かみは、そこにはなかった。目の前のカンペを淡々と読むようで、現実味がない。

「それ、面白くないよ」
「冗談じゃないよ」

一松は汚れた手で自分の服を伸ばして見せた。一松がたたき殺した自意識の体液が飛び散り、雨でにじんでいた。

「信じられないなら、そこ掘り返そうか?」

なまえは悲鳴にもならないのか、小さく息を吸い込む。そして目を一回だけぎゅっとつぶると、すぐに踵を返し、その場から走り去った。一松は、彼女を見届けると、何度も自意識を踏めた地面を投げやりに踏みつけた。



あれから彼は、自身の自意識の萌芽を感じることはなくなった。



おわり



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