ホワイトデー
生徒の話し声や笑い声が飛び交う昼休み。
東堂はメモ用紙に彼の性格を表すような、几帳面に整えられた文字でなにやら書き込みながら彼女であるみょうじが教室に訪れるのを待っていた。
東堂とみょうじは決まって二人で昼食をとる。
さらに言えば彼女の手作り弁当を一緒に食べる。
それが二人の決まりごとだった。
なので、そろそろ可憐な笑顔の愛しい彼女がくる頃だとチラリと時計を見れば、彼は尚のこと真剣ぶってメモ用紙になにか書き込んだ。
わざとらしく口元に手を添えて、ロダンの考える人を思わせる思慮深い表情を作った。
このように思い悩む自分をみたら彼女はより一層惚れ込んでくれるだろうという思惑があることは間違いないだろう。
そして、彼が何をこうも真剣ぶって書いているのかというと、来たるホワイトデーのお返しリストである。
律儀に名前とクラスそしてもらったものまで書いてあるところが彼らしい。
しかし、なぜ彼女との昼食の時間を狙ってホワイトデーのお返しリストを製作しているのかというと、思い悩む自分を見せつける以上の思惑が彼にはあったのだ。
***
時をさかのぼること、昨日の夕方。
すっかり日が沈みきった頃に自転車競技部の部活は終わる。
部室で帰り支度をしていた部員に混ざり、東堂はなにやら紙を見ながら独り言をつぶやいていた。
一人で何かしゃべっていることは彼の場合珍しいことではなかったので、あまり部員たちは気にしていないようだ。
しかし、あまりにも真剣に考えているものだから、気になった新開が手にもっているメモ用紙をのぞきこんだことが事の始まりのようだった。
「…ホワイトデー、お返しリスト?」
「む、勝手に覗き込むな隼人!」
「バレンタインのお返しを考えてるのかい?おめさんも律儀だなぁ。」
「あたりまえだ。女子たちが俺のために用意したプレゼントなのだから、こちらも誠意を尽くさねば。」
「ふーん。でも、みょうじさんに嫉妬されないのか?」
「なまえに?む、なぜだ?」
「いや、普通彼氏がこんなにモテて、しかもちゃんとお返しまで考えてるってなったらヤキモチやくんじゃねーの?」
「た、確かに。ヤキモチ…焼かれたことないな。」
「そりゃもったいないぜ尽八。」
お得意のポーズにウィンクを添えて新開はいった。
そんな新開に東堂はまるで何を言っているかわらないという、きょとんとした顔をして首を傾げ彼を見る。
「何故だ?」
「そりゃ嫉妬は恋のスパイスじゃないか。」
「スパイス?」
「彼女にヤキモチを焼かせるイベントを発生させることで、さらに愛情が深まるんだよ。」
「なるほどな!」
「だからこれはチャンスだな。モテる自分をアピールしつつ、彼女に嫉妬させ…」
「そして二人の愛は深まるのか!」
「その通りだ尽八!」
なるほど、そうかと言葉を繰り返しながらえらく感心している東堂を見ながら、新開はうんうんと頷いた。
彼が東堂で遊んでいることは間違いなかったし、本人以外その場にいた全員がそのことに気がついていたのは言うまでもないだろう。
そうして、東堂の愛のヤキモチ作戦が始まったのであった。
***
「尽八くーん!」
ガラリと教室のドアが開く音がして、昼休みの喧騒の中、みょうじの声は東堂に届いた。
彼はしっかり彼女の声を聞き取った。
聞き取ったし、なんて可愛い声なんだとも思った。
しかし、ここで振り向いてはいけない。
もう、愛のヤキモチ作戦は始まっているのだ。
「尽八くん?何を一生懸命悩んでるの?」
「あ、あぁ。なまえか、悪い、気づかなかった。これは、あれだ、ホワイトデーのお返しをだな。」
ひらりとメモ用紙をみょうじにみせながら東堂は若干芝居がかった口調でそう言った。
しかし、特に芝居がかった口調も気にならなかったのか、前の空いている席にすとんと腰をおろしながら彼女はメモ用紙を覗き込む。
綺麗に整った文字と、律儀な性格の現れたリストを見て彼女は感心したような声を上げた。
見せて、とメモ用紙をつまみ上げるとじっくりとリストに目を通す。
東堂は彼女がいつヤキモチをやいてくれるのか、そして、そんな彼女を早くみたいとばかりに表情が緩むのを感じた。
しかしこれではいけないと唇をぎゅっと噛み彼女の反応を待っていると、彼女はにこやかで、それでいて誇らしげな眼差しを送ってきた。
「尽八くんすごいね!こんなにチョコもらったんだ!」
「そうだ。だからお返しを考えるのが大変で。」
「しかもこんな風にちゃんとお返しを考えてるなんて。偉いねぇ。」
「ま、まぁな。」
「何あげるの?」
「まだ考え中だ。いかんせん数が多くて。」
「だよね!じゃぁ私も一緒に考えてあげる!」
そう言うとみょうじはヤキモチを焼く風など感じ無い笑顔でリストに向かい始めた。
自分の携帯を取り出して、「ホワイトデー お返し」なんて検索をし始める始末だ。
思っていた反応とまるで違う彼女の対応に彼は戸惑いを隠せずにいられなかった。
彼の計画で言えば、もうすでに彼女はヤキモチを焼いているはずで、彼も気の効いた一言をいい二人の愛を確かなものへと昇華させているはずだった。
それがどうしたことか、みょうじは彼の計画などどこ吹く風。
ホワイトデーのお返しという愛の試練を、旅行の持ち物を考えるかのように目を輝かせている。
今度一緒に買いに行こうよなんて言っている彼女を見ているうちに、彼はもやついた空気を吸い込んでいるような気分になってきた。
はしゃぐ彼女は可愛らしくて愛しい反面、苦い物を感じて息が詰まる。
新開の言葉が脳裏をよぎって、これが逆の立場だったらと考えれば考えるほど彼は目の前の彼女を見れなくなっていった。
自分が彼女の立場で、たくさんの男子からモテていて、その期待に答えようとしていたら、恐らく気が気ではないと思う。
けれど、目の前のみょうじはその様子をまったく見せないでいる。
どういうことだ、オレのことが好きではないのか?オレが誰かと付き合ってもいいのだろうか?
「なまえは、俺が誰かと付き合ってもいいのか?」
「え?」
思わず思考の淵からこぼれた言葉に、しまったとうつむき気味だった彼は顔を上げた。
目の前にはじわりと涙を溜めた彼女がいてとんでもないことを言ってしまったと思ったが、一つ零した気持ちは止めることができなかった。
「俺がたくさんの女子にモテて、それで、ヤキモチとか焼かないのか?」
「え、だって…。」
「俺が同じ立場だったら、情けないが、嫉妬すると思う。」
「じん、ぱちくん。」
「だから、なまえは、俺のことがその、あまり好きではないのかと。」
「ち、違うよ!」
意外と大きな声をだしてしまい自分でも驚いた彼女は、教室の視線を感じ顔を伏せた。
泣いたらダメだと思えば思うほど涙がスカートを濡らしていく。
東堂の戸惑う雰囲気が見なくてもわかった彼女はそのまま言葉を続ける。
「違うの。最初は、私も尽八くんがすごくモテるから、毎日ヤキモチ焼いてたよ。でも、尽八くんは私のこと毎日好きだって言ってくれるし、安心させてくれる。だからね、信じようって。尽八くんのこと信じようって思ったの。そしたらあまりヤキモチ焼かなくなって、尽八くんがモテることを素直に喜べるようになって、それで。」
一生懸命言葉を紡ぐ彼女をみて、東堂は自分が恥ずかしくなった。
こんなにも想ってくれているのに、それを自分は無下にしたのだと。
また、それとともに目の前で自分を想う彼女が愛しくて仕方がなかった。
ここが教室ではなかったら抱きしめてやりたい。
抱きしめてキスして滅茶苦茶に愛したいという気持ちを今の環境が邪魔をした。
しかし、口から溢れる言葉と滲む涙はどうしようもなかった。
「…なまえ。俺はお前が好きで好きで仕方がないよ。」
うっすらと潤んだ目をした幸せそうに笑う彼をみて、彼女も幸せそうに微笑んだ。
お砂糖たっぷり、スパイス少々
結局は愛が深まったということで
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