荒北生誕祭2014




 4月2日。国際こどもの本の日。歯列矯正の日。そして荒北靖友の誕生日。
彼は、自分の誕生日をあまりよく思ってはいなかった。
というのも、4月2日は総じて学生は春休み真っ只中であり、さらに言えば入学式や進学前であり須らく忙しい。
彼のことを気にかけてくれる家族、友人以外はころっと彼の誕生日など忘れて節目を迎える新年度の準備に多忙を極めている。
そして、覚えていたとしても片手間であろうメールが夕方頃に届くのだ。
彼はもう今日で18歳になったのだから、誕生日を殊更楽しみにしている訳でもなければ、祝う人がいないといって不貞腐れる程子供ではなかった。
しかし、寂しい気がしないわけでもなかった。
皮肉にも真っ青な空に朧雲が薄く刷毛でひかれたように浮かび、桜は満開である。
如何にも花見日和であったし、気持ちのよさそうな様子が部屋の窓から見て取れた。
彼は自分の心中とはうらはらに陽気な気候に舌打ちしながら、体をベッドに横たえる。

 始業式は7日だったので、まだ彼は実家に帰省中だ。
箱根学園の寮にいればうるさい友人達と騒いでられるのだが実家にいるのではそうはいかない。
地元の小学生からの友達とはほとんど疎遠になってしまっているため、地元に帰ってもこれといって遊ぶ相手もいなかった。
つまらないとばかりにため息を付けば、携帯の振動が枕越しに伝わった。
現在午後13時を過ぎたところだ。
どうせくだらない内容のメールが届いたのだろうと思ったが、振動は止まらない。
どうやら電話がかかってきているようだ。
彼は枕の下に滑り込んでいた携帯を取り出すと表示名も見ずに電話に出た。

「もしもし?」
『荒北*?元気?誕生日おめでとー!』

 電話をかけてきた相手は、荒北の仲のいい唯一の女友達と言っていいであろうみょうじなまえだった。
彼女は外から電話をかけてきているらしい。
電車や車の通る音や空気が流れるゴワゴワした音で、彼女が外出先から電話をかけてきているのだと彼はあたりをつけた。

「アリガト。なに、急に電話とか珍しいネ」
『うん!いまね、横浜駅にいるの。迎えきてよ』
「ハァ?」
『誕生日じゃん?どうせ荒北のことだから寂しく家で泣いてるだろうと思って。』
「泣いてねーし。大きなお世話だヨ。しかも、横浜駅俺んちから遠いし」
『え、横浜住んでるんじゃないの!?』
「横浜っつったって広いんだヨ!バァカ!」
『そうなの!?えーじゃあ、最寄駅どこー?』
「普通それ来る前に聞くんだヨ。イイヨ。どっか入って待ってて。俺が行く。そっちの方が早い。」

 ありがとうと言う言葉が聞こえるか聞こえないかのところで、荒北はため息を付きながら一方的に電話を切った。
気怠そうにベッドから起き上がり、めんどくせェと口に出してみる。
しかしそれは仮にそういう態度を取っているだけだった。
実際のところみょうじがわざわざ自分の誕生日を祝いに来てくれたことが嬉しくて仕方がないのだった。
ただ、それを誰もいない自分の部屋であっても素直に出せるほど彼は正直ではないようだ。
口の端が吊り上がるのを感じながら、彼は軽いウィンドブレーカーを羽織ると、財布と携帯だけ持ち彼女の待つ横浜駅まで出かけていった。

***

 駅に着くとみょうじから指定された駅から近いファーストフード店に彼は向かう。
店に着くと飲み物だけ頼み、彼女いるテーブルを探した。
すると手を振り彼の名前を小さく呼びながら、こっちだよとアピールする彼女の姿が目に入る。
普段制服姿しかみないので、ワンピースにカーディガンを着ている彼女がなんだか新鮮で気恥ずかしくなった。
彼はそれを彼女だけでなく、自分自身に対してもごまかすように乱雑に飲み物の乗ったトレーをテーブルの上に置いた。

「わざわざ横浜まできたのかヨ。暇だなァお前も。」
「誕生日が春休みで祝ってもらえないって言ってたから来てあげたのに、なにその態度。」
「別に頼んでねェし。」

 彼はなんでそんなこと覚えてるんだヨと、彼女に悪態をつきながらも思っていた。
みょうじは粗暴な荒北と仲良くやっていけるくらいだから、女子にしては大分サバサバした性格をしている。
しかし意外と彼の言動を細かく見ていたり、ちょっとしたことで気が利くからその度に彼の心臓は怠い疼きに苛まれるのだった。
彼女も自分と同じ友達以上の気になる存在として、自分を見ているのではないかと思ってしまう。
きっと誰にでもそうなんだと自分に言い聞かせようとするが、心の重要な機能を担っている部分はそのことを期待している。
要するに荒北はみょうじのことが好きで、そしてその感情を彼女からも向けて欲しいと切に願っていた。

「じゃあいいんだ?せっかくプレゼントも用意したのに。頼んでないならいらないよね?」
「それは話が別じゃん?」
「うわーサイテー」

 彼はお決まりのようなやりとりにケタケタと笑った。
彼女も眉毛をひくりとさせながらも呆れたように笑う。
そして彼が彼女のプレゼントを要求するように手を出してくるので、形式的に渋る振りをしたが結局はハンドバッグから綺麗に包装された封筒のようなものを取り出した。
彼はそれを見て首をかしげる。

「なにこれ…お金?」
「私は親戚のおばちゃんかよ。」

 彼女は笑いながらそういうと彼に開けるように促す。
彼は促されるまま包装紙を適当に破いた。
包装紙で丁寧にくるんでくれた人のことなんてほとんど念頭に無いようだ。
包装紙を破ると中から出てきたのはどうやら何かのチケットのようだった。
それを一枚封筒からつまみ上げると偽札かどうか確かめるように目を細める。
そしてそれがなんのチケットかわかった途端、彼は白紙の手紙を見ていたような顔から一変、嬉しそうに口角が上がり明るい表情が広がった。

「野球のチケットじゃん!」
「荒北野球好きでしょ?」
「しかもオレの好きなチームだし」
「バキューン」
「うっざ!うわ、アリガト。すげぇ嬉しい。」

 プレゼントの喜びもあってか、目の前で得意そうに笑う彼女がいるからか、彼の心臓はいつも以上に怠い疼きがじんわりと広がっていた。
息をするのも苦しいような、それでいて心臓は確かに脈打っている。
彼の誕生日も覚えていて、それに対する愚痴も覚えていた。
彼の趣味も分かっていて、野球の話なんかほとんどしないはずなのに好きなプロ野球のチームも覚えている。
そしてチケットはしっかり2枚入っていた。

 彼は確かめたくなった。
以前、好きな子との初デートは一緒に野球を見に行きたいと何の気無しに彼女と話した事を覚えているか。
彼だって今の今までそんな話したことすら忘れていたのだが、何故だか彼女はそれすらも覚えているような気がしたのだ。

「…ところで、話変わるんだけど」
「なに?」
「今度オレと野球見に行かナァイ?」

 少しきょとんとしたあと、彼女は真っ赤になってこくりと頷いた。
やはり彼女は覚えているらしかった。












4月2日
国際こどもの本の日。歯科矯正の日。荒北靖友の誕生日。二人の記念日。



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