お引越し




 何も無かったガランとした無機質な部屋に、生活感を匂わせる荷物が次々と運び込まれる。ものが置かれていない部屋はひんやりと冷たい空気が流れていたが、今ではその冷気は荷物に吸収されるようにいなくなった。物理的にものが増えたからなのだろうが、しかし荒北は今まで自分たちの使っていた荷物を運び込むことで、生気というものが部屋に加えられたことが原因のように思えた。

***

荒北は白いレースのカーテンを窓に取り付けているみょうじを、備え付けのクローゼットに洋服にしまう作業をサボり気味に見ていた。九龍城のように積み上げられたダンボール箱が部屋の大半を我が物顔で占領していたが、今日からこの部屋が彼らの寝室である。部屋を内見させてもらった時には随分広く感じた部屋だったが、ベッドを置いた時点で大分手狭なイメージを彼らに与えた。素っ気ない生活感のないある種のデザイン性は失われ、人の生活する生々しさが部屋の雰囲気を作り替えしまう。しかしそれでも彼らはベッドの置いてある部屋を満足気に眺めたし、ベッドに転がって暫くふざけあった。2人で借りることにした2Kの部屋は十分な広さとは言えなかったが、十分すぎるほどの幸福感を彼らに与えるものだった。
 
「靖友、ぼんやりしてないで早くしまっちゃってよ。」

ベッドの上に立ちながら窓にカーテンを取り付けていたみょうじは、キロリと気の強そうな瞳をこちらに向けた。白いレースのカーテンと花柄のカーテン。春の日差しはその2枚のカーテンを通り抜け彼女に白く柔らかい陰影を落としていた。荒北は白い肌に模様が浮かびあがっている様子が、品のいい陶器のようだと思った。いつもの見慣れた彼女だったが、幸福感に包まれた春の空気がそうさせたのだろう。彼は不意に手の痺れる感覚と共に柔らかい布で強く縛り付けられるような息苦しさを感じる。高校の時から彼女とは付き合ってきたが、彼はこうして未だにあの時と変わらない気持ちでいっぱいになることがあった。

「やっぱりそのカーテン不釣り合いなんじゃナァイ?」

 しかし彼はそんな気持ちをごまかすように眉を上げ目を細めながらそう言った。もちろんその言葉が嘘な訳ではない。彼女がそのカーテンを取付けると言い出した時からそう思っていたし、取り付け始めてからは確信に変わっていたからだ。当然そのカーテンがこの部屋に似合っていないということについては、抗議したこともある。彼女はキョロキョロっと段ボール箱とベッド、彼らの私物で埋め尽くされた部屋を一通り眺めると困ったように笑った。

「でも新しいカーテン買うまでは仕方ないじゃない?」

彼女はやっとのことで取り付けたカーテンを開け窓の外を指差しながら、丸見えだよ?と笑った。春の日差しは尚眩しく彼女の瞳をうるませる。
不釣り合いなカーテンに二人のために買ったダブルベッド、お互いの私服が混じりあったクローゼット、それに笑う彼女。寝室もキッチンも、彼らが生活しようとするこの箱の中には、二人の私物が入り混じっていた。彼女とこうして住むようになることは今に決まった事ではないし、自分ないし彼女の部屋に泊まりに行くことだって多々あった。それでも荒北は早くカーテン買おうね?と笑いかけてくる彼女を見て幸せを感じずにはいられなかった。立派とは言い難い一般的なアパートだったが、ここが二人の家になるのだ。
情けないことに、目頭が熱くなるのを感じて彼は目をつぶった。そして、今の胸の痛くなるような気持ちを捕まえるように、窓辺で微笑む彼女を抱きしめ、額に頬に唇に己の唇を寄せる。彼女は慌てたように彼を引き剥がしながら、見えちゃうよ!と顔を赤らめる。知ってか知らずか俯き気味に目をそらす仕草はますます彼を煽るばかりだった。もどかしそうに、彼の服の裾を握り込む仕草だって彼の制御装置を稼働させるには不十分だった。不十分どころか逆効果である。彼女が気になるようならと、彼は開けられたカーテンを閉じる。外界と遮断された部屋に二人で作り上げるであろう空気が立ち込める。彼はこのまま出来ることなら外界の空気を入れたくないとさえ考えた。今この部屋に充満しているのは二人のための空気であり、二人の吐き出した吐息なのだ。軋む音を立てながら、彼と彼女はベッドになだれ込んだ。
彼女の首筋に顔を埋めると嗅ぎ慣れた匂いに脳が揺れる。この匂いさえ自分と入り混じって二人の匂いになるのだろうかと考えると、雪解け水のようにたまらない衝動が体の芯を流れ始めた。

「ねぇ、キスして?」
「…バァカ」

彼女は照れたように、それでももう慣れた様子で首を傾げる。彼は思わずゴクリと鳴った自分の喉に空気読めよと悪態をつきながらも、華やぐ気持ちに逆らうことを早々に諦めた。











ひとつになるという事
ひとつの空間でひとつの事を考えながらひとつになる



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