「お前化粧落としてもそんな変わんねーんだな」
「えっ……それマジで言ってる……?」
「あ?なんで嘘つく必要あんだよ」
「いや、まぁ、そうだけど、」
「確かにさっきみたいな派手さはねーけどそこまで変わんなくねーか?」
初めてのお泊まり、そのお風呂上がり。大学で顔を合わせる時もデートをする時も勿論私は化粧をしていて。恥ずかしいからすっぴんをあまり見せたくないとごねる私を他所に三井はズイッと曇りない瞳でこちらを覗き込んで出た言葉が冒頭のそれだ。二回も同じこと言いやがった。
少しでも可愛いと思ってもらいたくって、大人っぽく見せたくて。いつもより化粧に時間をかけて、今日のために口紅を新調して。それでも三井の目にはいつもとあまり変わらない私が映っていたらしい。
髪を切ったとかネイルを変えたとかに疎い三井がいつもと違う化粧をしてるなんて気が付かないだろうとは思っていたけれど、まさかここまでとは。家を出るまでに過ごしたあの時間が何だか無駄なものに感じて、未だに煩い三井の視線から逃げるようにそっぽを向いて唇を尖らせた。
「何拗ねてんだよ」
「誰かが拗ねさせるようなこと言うから」
「んだよ、そんな変なこと言ったか?つーかさっきみたいな派手な化粧しなくてもいいだろ」
「……あのねぇ、せっかく女子が可愛くなろうと頑張ってんだからそこは嘘でも褒めてよ」
あとスッピン恥ずかしいからあんま見ないで、そう俯いて言葉を吐けば、三井は溜息をひとつ零して私の頬っぺたと顎を一掴みしグイッと持ち上げた。もちろん強制的に上がった視線の先にはさっきと比べて眉根を少し寄せた三井がいて。慌てて顔を隠そうと伸ばした腕はもう片方の三井の手に阻まれてしまい、無情にも私のスッピンは遮るものが何も無いまま晒されてしまった。
「別にさっきのも嫌いじゃねーけどよ、元の顔がいいんだからナチュラルメイク?ってやつでいいじゃねーか」
「……下手したらナチュラルメイクの方が化けるし」
お世辞を知らない男のストレートな言葉がこそばゆくて、つい可愛くない言葉が零れる。ムニムニと鷲掴みした頬を弄び「でもナチュラルなんだろ?」と不思議そうな顔をする三井は何も分かっちゃいない。まぁそんなことが分かるようなら最早それは三井じゃないし、好きにもなってないだろうし、こうして今一緒にいることは無いんだろう。そう思うと急に全部が馬鹿らしくなってきて「降参です」の意で捉えられた手を離してもらうため腕をブンブンと振った。
「あー……さっきの紗梨も大人っぽくてよかったけどよ、今の方が年相応な顔しててオレは好きだぜ」
突然動き出した私が機嫌を損ねたと思ったのか、ゆっくりと掴んでいた手を放し、頬っぺたを解放して、急にご機嫌取りをするかのようにさっきまでの化粧顔を彼なりに褒めてくる。でも、その上でやっぱり自分の好みを公言しながらこちらを諭すような顔で「な?」と言ってくるんもんだから、とうとう笑いを堪えられなくなってしまった。
「ふはっ!あー、うん。ありがとうね。三井の趣味はちゃんと伝わったから」
「いや、趣味っつーか、ああいうのはそん時の年相応になってからでも見れんだろーが」
「……へっ?」
顔を真っ赤にして「い、いや、別に趣味じゃねーし!」くらいの照れ隠しをしてくると思っていたけれど、いっそ気持ちがいいくらいに的は外れて、代わりに私が赫く染まった顔を晒すことになってしまった。
「んだよ、お前もしかしてそれまでに別れるとか言うんじゃねーだろうな」
「い、言わないし!絶対別れないし!!」
はくはくと声にならない声を出し続けた私を面白がるように降ってきた言葉に慌てて反論する。嘘でもそんなこと言わないでほしい。私だってずっと、ずっと三井の隣にいたいとは思っているけれど。こんな不意打ちは聞いてない。
私の返答に満足したのかワハハと声を上げて笑う三井に何だか悔しくなって赫く染まった顔を隠すように三井の胸元へ飛び込んだ。「うおっ、危ねぇって」と零すわりにしっかりと抱きとめてくれる三井を無視してグリグリと頭を擦り付ける。そんな私を撫で「年相応な顔してオレの隣で歳とってけばいーんだっての」なんて今日一番の優しい声で言われたら、もう私のすることはひとつしかない。明日はナチュラルメイク、してあげようじゃないか。