無限やりたいことリスト




同い年夢主
カップル
バスケ観戦

 体育館が空いてないだったか、先生の都合だったか、ただの休養か。バスケ部員ではない私は理由なんて忘れてしまったし、正直理由なんてどうでもよくって。大事なのは週末、久しぶりにヒサくんと一日中二人で居られるということ。
 
 帰宅部の私と違って部活前か部活後にしか時間の無いヒサくんとの時間は多くなくて、精々一緒にご飯を食べるかちょっとした買い物に行く程度。もしくはどっちかの家で宿題をこなしたり漫画を読んだり、親の目を盗んでちょっとイチャイチャしたり。
 テスト週間の帰り途中「……今日親いねえんだわ」なんて言われてノコノコとお邪魔したヒサくんの部屋でキスをしたあの日、お互いの熱が溶け合ってもしかしてこのまま……なんて思った直後。「ただいま〜!」というヒサくんママの声が響いたこともあったっけ。慌てて乱れかけた服を正して、バタバタと挨拶をすれば「女の子連れてくるなんて珍しいじゃない。もしかして彼女?勉強教えてもらってたの?」と矢継早に言葉が飛んできて、働かない頭で「そうなんです、寿くんとお付き合いさせてもらってます」なんてあの時は答えたような。ただ、熱が抜け切って居なかったせいで頭の中では「そうなんです。寿くんとさっきまで、えっちなちゅうをたくさんしていました」くらいのことは考えていた気がする。ヒサくん曰く「親いねえ日、明日だった……」とのことらしい。
 そんなささやかな日常に不満なんてないけれど、一緒に行きたいところやしたいことは無限に湧いてくるわけで。


 
 流川くんの応援に行きたいけどひとりで行く勇気は持ち合わせていないと言う友達に、私は購買のプリンひとつで手を打った。生でスポーツを見るのなんて久しぶりかも〜、なんて呑気に考えていた目に飛び込んできたのがヒサくんだった。これまでの人生、一目惚れなんて信じていなかったけれど手のひらを返すのは容易くて。素人目で見てもわかるほど綺麗なシュートフォームでスリーポイントを決める存在から目が離せず、一目惚れと同じくらい信じていなかった運命までうっかり信じてしまいそうだった。「ヤバいね」「うん、ヤバい」と成立しているようで成立していない会話をした隣の友達は流川くんにメロメロで。その日のうちに流川親衛隊に入ったらしい彼女に奢ってもらったプリンは人生で一番美味しく感じた。

 バスケをしてる三井くんが好きだから、バスケ優先でいい。ただ一番近くで応援させてほしいの。なんて物分りのいい女みたいな甘ったるいセリフを前置きにした告白。あの時は本気でそう思って、見舞った純粋な気持ちに白旗を挙げたヒサくんに心の中で飛び跳ねながら喜んだのが翔陽戦のあとくらい。初めはバスケをしているヒサくんが好きだった。いや、もちろん今も変わらずどころか大好きだけど。ただ今はもう、それだけじゃ収まりきらなくなっていて。私の好きなものはどんどんアップデートされている。
 ヒサくん見たさと湘北の応援十割で通っていたはずのバスケ部の試合観戦は、いつの間にかバスケが見たいという理由がどんどん侵食していた。好きな人の好きなものは好きになりたい。なんていう綺麗事を言うつもりはなかったけれど、好きな人が毎日楽しそうにバスケの話をして、好きな人にあんなにも綺麗なスリーポイントシュートを見せられて、バスケに興味を持たない人間がいるなら教えてほしい。


 
 まんまとバスケの魅力に落ちた私が今一番ヒサくんとしたいこと。それは、バスケの試合を見に行くこと。いつだったかヒサくんがプロに憧れている話を聞いたその日から、私はプロチームのことで頭がいっぱいで。帰宅後、たまたまつけたテレビから流れてきたスポーツコーナーのバスケの試合に釘付けになった。普段見にいくのとは規模が違うそれは魅力的で「いいなー、生で見てみたいかも」と思わず呟くと「チケット、取ってやろうか?」なんて頼もしい声が耳を揺さぶった。なんでもお父さんの働く会社がこのエリアを拠点にするバスケットチームのスポンサーのひとつで、各試合数枚だけチケットの斡旋があるらしい。急いでヒサくんの休みを確認して、試合日程を確認したのは言うまでもない。
 そんなお父さんの協力もあって、今私の手元には週末に行われるリーグ戦のチケットが二枚。あとはヒサくんを誘うだけなんだけれど。
 
 一緒にお昼ご飯を食べようと誘いにヒサくんの教室に行ったものの先生に呼ばれたとかで既にいなかった。別に今じゃなくてもいいか、なんて思っていたらいつの間にか放課後になって現在時刻は十七時を回る頃。ホームルームが終わってすぐにバスケ部見学へ向かおうとした私が今度は先生に捕まってしまい、こんな時間になってしまった。本当は練習が始まる前にヒサくんにチケット渡したかったのに、なんて考えていたが故に右から左へとすり抜けていった長いようで短いオハナシから解放された瞬間、私は駆け出した。
 体育館が近くなるにつれて大きくなるボールの音や掛け声の中から器用にヒサくんの声が抽出されて全身に響き渡るのを感じる。過ぎたはずの夏の面影が汗となって背中を伝うのを無視して、少しでも早くと精一杯に足を動かしたその先、体育館の扉付近に見慣れた姿がひとつ。

「おっ、紗梨さん」
「水戸くん!」

 はやる脚をそのまま、ヒラリと控えめに手を掲げる人の元へと駆け寄る。最初は怖くて近寄れなかった水戸くんたちとはバスケ部の見学を通していつの間にか仲良くなって。ちなみに私がヒサくんと付き合ったことはなぜか水戸くんに秒速でバレた。

「ちょうどミッチーのいるグループのミニゲームが始まったとこっすよ」

 目当てはそれだろ?と言わんばかりの顔で指さす方に視線がつられ体育館の中を見ると少し遠くでヒサくんが「一本止めるぞ!」と声を出している。……水戸くんは何でこんな微妙なところで見てるんだろう、なんてふとコートの近くの扉に目をやると、ハルコちゃんや軍団のみんな、私の友達を含めた流川親衛隊など見慣れた姿がたくさん。
 
「向こう行かないの?」
「さっきまではいたぜ、今はちょっと暑くなったから休憩ってとこっす」

 こっちの方が日陰が多いしゆっくり見れるだろ?という彼の言葉通り、彼らのいる扉側は明るく照らされている上にみんなの熱気が、主に流川くんへの黄色い声援や桜木くんへの野次に乗っかってここまで伝わってくる。確かに試合をしているコートはあっちの方が近いけれど、こっちはこっちでいいかもしれない。

「あー……なるほどね。私もここで見よーっと」

 視界を遮るものなくヒサくんが見られるのは間違いなくコッチ側で。ついでに声援の元だって掻き消されないから、綺麗にスリーポイントを決めたヒサくんに「ナイッシュー!」と叫べば、気がついたヒサくんがこっちを向いてガッツポーズしてくれた。
 
「水戸くんはさ、プロのバスケの試合って見に行ったことある?」
「ははっ、オレが行ったことあると思います?」
「やっぱりないか〜」

 もしも行ったことがあるなら試合観戦の先輩として話を聞こうと思ったのに、なんて口を尖らせてしゃがみこめば、視線の高さを合わせるように水戸くんも隣に座り込む。ヤンキー座りが似合いすぎるクセに見た目ほど怖くない彼はこちらを覗き込むようにして、ニヤリと口角を持ち上げた。

「ミッチーにでも誘われたんすか?」
「んーん、そうじゃなくって逆」
「へぇ、紗梨さんから誘ったんだ」

 私の視線はヒサくんに注いだまま。「ミッチー喜んだでしょ」という彼の言葉には首を振るしかなかった。私の曖昧な返事のせいで、彼氏にデートの誘いを断られたと勘違いした水戸くんは気まずそうに「あー、まぁ、そういうこともある」とか「きっとタイミング悪かっただけじゃねぇかな」とかフォローをしてくれて。横目に盗み見た水戸くんは、珍しくバツが悪そうな顔をしている。もしかしてこんな水戸くんレアなんじゃない?というヨコシマな考えのまま「タイミングは確かに悪かったかも」と零すと、連なって「あー……」と隣から言葉が零れ落ちた。
 
「何ならオレと行きます?」

 まさか水戸くんからそんな言葉が出るとは思わず反射的に声の方へ顔を向けると、頬のあたりを人差し指で掻きながら「一緒に行く人のアテがなければっすけど」と続けた。
 本人曰く「ミッチーの彼女だから」らしいけど、たったそれだけで殆ど他人の私にここまで優しくしてくれるのが世に言う不良と結びつかなくて面白くなっちゃって。ふはっ!と笑って立ち上がると今度は怪訝そうな顔をしながらこちらを見上げてきた。
 
「魅力的なお誘いだけど実はまだヒサくん誘ってないんだよね」 
「はあっ……?さっき首振ってたじゃねーか!」
「ほら、まだ誘ってないから喜ばれてはないかなーって」
「んだよ……どんな屁理屈だよ」

 ピーッ!と笛が鳴ると同時にスリーポイントを決めたヒサくんは、掲げた手をそのままこっちに向かって自慢げな顔とともにビシッとポーズを決めている。サイコー!と言わんばかりにヒサくんに向かってポーズを決め返していると、いつの間にか立ち上がっていた水戸くんの「○○さんさぁ」という声が耳を掠めた。「ん?」と再び振り向いた先の水戸くんは、チラリと視線をコートに向け思ったらふいに必要以上の距離感で、耳元で囁くような声を吹き込む。

「本当にオレと行ってもいいんすよ?」
「なっ……!!」

 慌てて水戸くんから距離をとり、まだ息の感覚が残る耳を塞いだ。アワアワとしている私とは反対に、悪戯に成功した悪ガキのような顔をした水戸くんはケラケラと笑っている。歳上を揶揄って面白いか!なんて喉まで出かかった言葉は「あー!洋平がミッチーの彼女口説いてる!!」という桜木軍団の声に先を越されてしまった。

「ち、違う!口説かれてないから!」
「ははっ、そんな必死に否定するとガチっぽくなっちゃいますよ?」

 未だニヤニヤを止めない元凶は「チケット、ミッチーに喜んでもらえるといいね」なんて言葉を再び耳に吹き込んで桜木軍団の元に戻っていった。


 
「なあ、今日水戸と何喋ってたんだよ」
「えーっと、ヒサくんの話……?」
「こっちが聞いてんのに何で疑問形なんだよ」

 二人きりの帰り道、手を繋いだままチラチラとこちらを伺いながら開いた口から出たのはいつも通り練習中のひとコマはひとコマでも私の話だった。珍しい、と思いつつヒサくんの話で間違ってはないよな……?とぼんやりしていたら、その場に立ち止まったヒサくんにクイっと手を引っ張られつられて私も足を留める。

「で、オレの何の話してたんだよ」
「そんなに気になる?」
「……アイツらが紗梨のこと水戸が口説いてるっつーからよぉ」
「だからっ、口説かれてないって!!」
「じゃあ何であんな距離近かったんだよ」

 向き合ったヒサくんは唇を尖らせ、嫉妬が焦げついたような瞳をこちらに向けていた。ああ、あの時水戸くんがチラリと一瞥した視線の先にいたのはヒサくんだったのか。ってことはあのセリフは本当に私とバスケの試合を見に行きたかったワケじゃなくてヒサくんの反応を見て遊んでたんだろうな、と思えば合点がいく。

「あれはね、応援?してもらってた」
「はぁ?」

 ここまで来たらいつ渡しても同じだろうから分かれ道の直前に、なんて考えていた例のチケットを何とか片手で鞄から取り出してヒサくんの顔の前にかざした。

「これ、喜んでくれる?」
「えっ、おま、このチケットどうしたんだよ!」
「この前空いてる日聞いたでしょ?」
「聞かれたけどまさかこんなもの持ってくるとは思わねえだろ」

 しかもこれ、オレの好きな選手がいるとこのやつじゃん。なんて両手で受け取ったチケットをくるくるひっくり返しながら声を弾ませているけど、ゴメン。それは知らなかったからマグレかな。

「で、どうでしょうか。一緒に来てくれる?」
「オレが紗梨の誘いを断るわけねーだろうが」

 嫉妬が焦げついた瞳はもう溶けていて生クリームが乗ったプリンくらい甘ったるい瞳が私を射抜いた。「ありがとな、すげえ嬉しい」なんて言葉と同時にクシャりと頭を撫でた手がそのまま降りて再び私の手を包み、どちらともなく歩き出す。

「紗梨ってそんなにバスケ好きだったんだな」
「誰かさんが毎日バスケの話するから」
「そりゃー話した甲斐があったぜ」

 一段と機嫌が良くなったヒサくんは「当日、特別にオレが隣で解説してやるよ」と言ってフフンと鼻を鳴らした。
 
 ▽

 [試合開始が十三時だから二時間前には××駅に集合な!]と事前に言われなければ試合開始直前に待ち合わせをしようとしていた私は今、挙動不審なんじゃないかってくらい顔を動かしている。

「なにこれ、お祭り……?」
「な、早くきてよかったろ?」

 様々なキッチンカーに撮影スポット、それとファンクラブブース。とにかく会場前は人、人、人で溢れていて。全部楽しむには一日じゃ足りないんじゃないか。あの時テレビで見たのはせいぜいコートと座席くらいだったから、会場外がこんなにも盛り上がっているなんて知らなかった。
 
「いつもこんな感じなの?」
「まぁそうだな」
「へー……あっ!あっちにもなんかある!」
「おーおー、とりあえず一旦席確認しようぜ」

 興味のタネは尽きないけれどここは有識者の言いなりになると決めて、繋いだ手はそのまま半歩後ろをついていく。入場列に並んでる最中「中も凄いぜ」なんて曖昧に伝えられた情報で得た期待は、入場した先でゆうに越えて。目に映る景色に驚きを隠せない。
 
「すごーい!」

 それはもう私からしたら思わず口から零れるくらいの光景だけど、隣の男は私の食いつき具合を見て「いい反応するじゃねえか」とか言ってニヤニヤしている。
 手荷物検査をしてパンフレットをもらって足を踏み入れたところにあったのは選手の等身大パネル。所属してる選手がズラリと並ぶその様子は、大半の身長が平均以上なだけあって圧巻だ。もちろん場内も人で溢れていて、現にユニフォームを着たブースターさんたちは代わるがわる自分の好きな選手の写真パネルを撮影している。
 凄い、高校バスケの試合会場とは何もかもが違う。ヒサくんはプロの選手になりたいって言っていたけど、もしも。もしもそんな日が来たのなら。

「いつかヒサくんの写真もこうやって飾られるのかな!」

 不確定な少し先の未来が脳内で再生され、口から滑り落ちるように言葉が零れる。すぐに返事が帰ってこないヒサくんの脇腹をちょんっと肘でつつくと、その様子を想像したのか、耳を少し赤くしてソワソワしていた。

「……ッ、そのために頑張ってんだから当たり前だろうが」
「まぁ、まだ推薦貰ってないけどね」
「だぁーっ!!!うるせっ!冬で結果出すんだよ!」

 少し唇を突き出して可愛い顔してたのに一瞬で煩い顔に変わってしまった。ただ、そんな顔も愛しい以外のなにものでもなくて。ヒサくんが頑張ってるのなんて誰よりも知ってるし必ず推薦が貰えることも私が一番信じてる。ヒサくんのあのシュートフォームに惚れ込まない人の方が少ないはず。まぁ、そんな綺麗なスリーポイントシュートを打つ彼は私の彼氏なんですけど、なんて存在しない人達にマウントをとってみる。

「知ってる、期待してるからね」

 辿り着いた座席に余分な荷物を置き、ワザとらしくヒサくんの顔を覗き込んでニッコリと笑えば「だあっ、おま、ほんとよ、そういう不意打ち良くねえって」とか言って固まってしまった。
 ぎゅうっとヒサくんの袖を握って「はやく!なんか食べるもの買いに行こ!」とその綺麗で逞しい腕を引っ張る。「ちょっ、待てよ」なんて声は無視して私は足を進めた。どうせリーチの長いヒサくんにはすぐ追いつかれるからこれぐらいいいだろう。ここに来て、ヒサくんとやりたいことが無限に沸いてきてしまった私には一分一秒が惜しいのだ。もちろん食べるものは買いに行くけれど、さっき撮りそびれた写真パネルも撮影したいしグッズも見たいしもっと場内だって巡りたい。あと、あそこにあるバスケットゴールは誰でも使えるのかな、ヒサくんに頼めばシュート打ってくれるかな。そんなことを考えていたら予想通り、ヒサくんはリーチを生かして私の隣に追いついた。


 
 結局、やりたいこと全部は達成できないまま試合は始まってしまって。すげえすげえと言いながら解説をするヒサくんは、キラキラの瞳をバスケコートに注いでいる。そんな様子に、いつかヒサくんのプロ初試合の日が来るのだろうか。試合を見に来た人に凄いと言われる日が来るのだろうか。なんて改めてヒサくんの将来に思いを馳せてしまう。今日は二階席だけど、来たるその時は絶対に最前列でヒサくんのユニフォームを着てヒサくんのタオルを掲げよう。人知れずそんな決意をして、ブザー音と同時に決まった超ロングシュートにヒサくんと顔を見合わせて声を上げた。








おはなし