暑くもなく寒くもない所謂丁度イイ気温の中、オレたちは相も変わらず屋上で昼飯を食って何をする訳でもなくダラダラとしている。「なんか面白れぇことねーかな」なんて言葉に、同感だけどそう簡単に面白いことが落ちててたまるかよ、とか思いながらフェンスから体を乗り出すと洋平のカノジョが後輩らしき男に告白されているじゃねぇか。面白れぇこと、あったかもしんねー。いや、これは面白いことでいいのか?なんて瞬時に思考を巡らせる最中、数分前の出来事を思い起こす。
屋上に来る手前、上を目指すオレらとは逆に軽い足取りで階段を降りてきた紗梨さんとは三年生と二年生の階を繋ぐ踊り場ですれ違った。
「洋平くんにみんな、今からご飯?」
「そのとーり!紗梨さんはどこに行くんですか!」
「ちょっと外に呼ばれちゃって」
元気よく紗梨さんの問いかけに答えたのは洋平ではなく花道で。当の話しかけられたであろう本人は軽く手を挙げてスカしてやがった。所謂高校生カップルにしちゃ淡白そうに見える二人。紗梨さんが昼時に外へ行く以外、言ってしまえばいつも通りってやつで二人に気まずそうな雰囲気もなかった気がする。強いていえば、紗梨さんとすれ違う前にヤケに挙動不審な男とすれ違ったような。
……洋平のヤロー、もしかして。ギョッとして勢いよく洋平の方に顔を向けたオレとは正反対に、特に驚いた様子もなくポケットから取り出した煙草に火をつけている。
「……なー、さっきオマエ紗梨さんが告白されるってわかってたんだろ?」
「まぁね」
「嫉妬とかしねぇのかよ」
「さぁ?人並みにはすると思うけど」
聡いこの男はやはり気がついていた。屋上の澄んだ空気を吸い込んで、濁ったものを吐き出す様は本当にオレと同い年なのか確かめたくなるくらい大人びていて。オレは理解のある男です、なんて面をしているツレの想像もつかない嫉妬姿は気になってしまう。やっぱりこれは面白い案件かもしれない、なんて軽い気持ちで問いかけたのを後悔するだなんてのこの時のオレは知らねぇ。
「じゃあもし紗梨さんが浮気したら洋平どーすんだ?許すのか?」
「やっぱ今までの子みたいにそのままお別れ〜ってカンジか?」
「去る者追わずどころか、そいうの見つけたら追い返すのがオマエだもんな」
オレと洋平の話にニヤニヤしながら食いついてきたチュウと高宮、三人の好き勝手言うセリフを聞いて洋平は肺いっぱいに含んだ紫煙をゆっくりと吐き出し床へと煙草を擦り付けた。
「追い返すつもりも許すつもりもねーよ」
妙にスローモーションに見えたその仕草はヤツの言動を際立たせる。
「紗梨さんを殺してオレも死ぬ、かな」
めちゃくちゃ晴れた空の下、器用に目を三日月のカタチにした水戸の瞳には光が一切入っていない。……お前の瞳孔どうなってんだよ。
思ってた答えとは全く違う言葉はオレたち三人の頭の理解の範疇を超えてしまった。最早「朝練でツカレタ分を回復する」とか言って、そこに大の字でグースカ寝ている花道が羨ましいまである。
「オレが先に死ぬのは絶対ナシ。あの人の逝った顔見てからじゃねーと死にたくねぇ。オレ以外の人間だけが知ってるあの人の顔があるとかぜってー許せないから」
こちらが黙り込んでいる、いや、声が出ないのをいいことに次々と言葉がでてくるけど。オイオイ、何が人並みだよ!クソ重いじゃねーかコイツ。
「あー……丁度いい機会だだから言わせてもらうけど、アノ人ことあんま名前で呼ばないでもらってもいいか?」
器用な笑顔を貼り付けたまま「オレ、嫉妬しちゃうから」なんてぬかすから、チュウと高宮とオレ三人で思わず身を寄せ合って首がもげるくらい頷いた。じゃあなんて呼べばいいんだよ!とか、いつもスカした顔してそんなこと思ってたのか?とか思っても口から出ることはない。オレだって自分の命は惜しいんだ。
「理解が早くて助かるぜ」
「まだ死にたくねぇからな」
「やだな、オレがお前らのことそう簡単に殺すかよ」
ハハッと今度はキラキラと瞳にハイライトを取り込んでそれはもう、これ以上この天気に似合うものはないんじゃないかってくらい爽やかな笑い方をしているけど一周回って怖ぇって。
洋平から目を逸らすようにもう一度地上へと向けると丁度告白を断られたであろう男が走り去っていったところだった。
「洋平の彼女も大変なヤツに好かれちまったなあ」
「おいおい、人聞きワリィな」
思わず口から零れた言葉を丁寧に拾い上げた男は、タイミングよく顔を上げた彼女をタバコを挟んだ指先で示して言葉を続ける。
「先に浮気したらオレを殺して自分も死ぬって言ったのは紗梨さんだぜ?」
「……はっ?」
おい、洋平。お前そんなこと言う女こっちから願い下げ、メンドクセーみたいなことほんの少し前に言ってなかったか?思考が変わったどころか心入れ替えましたってか?彼女に心臓ジャブジャブ洗われて汚いもんは肺にこびり付くニコチンだけです、ってか?ていうか洋平にそこまで思わせるって、城矢さん(苗字で呼ぶのは許してくれ)そんなにいい女なのか……?
「なぁ。今日はオレ紗梨さんと帰るから」
グツグツと煮えたぎりそうな思考が脳内を支配し、湯気が出そうになった頃、向こうから洋平の表情が見えるかどうかも怪しいのにフッと笑って彼女に手を振る男はこちらを見ることなくそう呟いた。
そういえば、何で城矢さんはさっき迷うことなくこっちを向いたのか。――もしかして。ワンチャン城矢さんはあの時点で自分が告白されることを洋平が気がついたって知っていたんじゃねーか。更に洋平が屋上に向かうと分かっていてあの場所で告白されてたんじゃねーか。そう思えば男が去った後、すぐにこちらを向いたことにも納得がいく。屋上と地上という距離感で見えなかったことにしたいが、オレの目に間違いがなければその時の城矢さんはどこか恍惚とした表情をしていたような……。いや、やっぱ違う、きっとしてねぇ。オレはそんなもん見てねぇ。知らないフリをしないとヤベェ気がする。
ハッと現実に意識を戻したところ既に城矢さんは告白現場からは姿を消していたし洋平は高宮やチュウとこの前行ったパチ屋の話をしていて、なんだか自分だけ取り残された気分になった。何でオレがこんな目に。そう思っても埒があかないし、なるべく首は突っ込みたくない案件だと考えて、少なくともこのことよりも面白そうなパチ屋の話にオレも混ざることにした。
その後の洋平とカノジョの話?そんなのオレの知ったこっちゃねぇけど二人の首元にシルバーのチェーンがかかってたのが見えちまった気がするけど、やっぱりオレは知らねぇ!