私の片思い大作戦は今夜も食堂で夜食を作るルウ相手に、会話という名の独り言を垂れ流すことで行われる。お頭に聞いてもロクなことないし、ベックに聞いたら色仕掛けを薦められたしライムは面白がって巫山戯たことしか言ってこない。他も似たようなもんで、唯一の良心ヤソさんは昨日の二日酔いがまだ抜けていないらしく今日は一日部屋に籠っている。あのオジサンめ。あれはもうやった、これは効果なかったなんて過去を振り返りながら作戦を考えても足りない頭では何も浮かばない。「連敗記録更新はもう懲り懲りなのになぁ」と零れた独り言に悲しくなってきた。もうマグカップには飲み終えたホットカフェラテのシミがこびりついている。
「ねールウ」
「おう、これ持ってったらどうだ」
私の話聞いてるー?そう聞こうとしたら先手を打たれた。話、聞いてくれてたんだ。会話が成立しているかは謎だけれど。
これ、と言ってルウが差し出したのはいつの間にか完成していた夜食。綺麗に盛り付けまで終えあとは持って行くだけの状態で。「今の時間帯、ホンゴウが不審番だろ」そう食堂の出口を親指でグッと差すルウは暗に、ホンゴウに夜食を届けるついでに構ってもらえと言っているようなもんだ。ありがとうルウ。私の良心リストに追加しておくよ。多分ホンゴウは構ってくれるような状態じゃないけれど。
▽
「ホンゴウ、起きてる?」
「おー」
気の抜けた返事と生気のない後ろ姿。この前立ち寄った島で相当珍しい医療本を手に入れたとかで徹夜が続いているのだろう。そして「もうすぐ不寝番なんだから程々にね」なんて私の言葉を忘れ去っているのだろう。やっぱりこれに構ってもらうのは諦めだ。せめてルウに託された夜食だけでも渡そうか。
「だから言ったのに……。どうする、夜食はたべる?」
「あー、ありがとな。そこ置いといてくれ」
そこと言いながらも目線は海でどこも指し示していない。ボーッと海を眺め続ける男に憐れみの目を向け、なんでこんな男のために悩んでたんだっけ、という感情が湧いてくる。もしかして私のホンゴウへの気持ちもあのマグカップの淵についたカフェラテのように乾いてしまったのだろうか。
「じゃあもう行くから、昔とは体力違うんだからあんま無理しないようにね」
「……お前、可愛いな」
「ッはぁ!?」
この船には会話のキャッチボールが出来ない奴しか乗ってないのだろうか。顔でも見てから戻ろうかと、覗き込んだホンゴウの顔は若干引くくらいの隈を作っていたのに。そんな顔に似つかわしくない言葉と力加減で体を引き寄せられては驚くなという方が無理だろう。胡座をかいて座り込んでいたホンゴウの足の隙間にすっぽりと収まっているこの状況。耳の近くであげた素っ頓狂な声が徹夜続きの頭に響くのか、眉根を顰めている。でもその元凶が自分だって理解してほしい。
「さみィんだ、もうちょいここいてくれよ」
「ちょっと、ホンゴウ!離して!あんた今何徹目!!」
「そうだなァ、三か四ってとこか……」
私で暖をとるように後ろから抱え込んだ腕から伸びるホンゴウの手先は確かに冷えきているけれど、基礎体温はホンゴウの方がずっと高いはずで。会話の最中ずっと死んだ目をしている男にときめいているのは紛れもなく私の心臓で。さっきまで乾き切っていた感情が出来たてのホットカフェラテと同じくらいの熱量を帯びていく。
「こんなことする余裕あるなら夜食食べな!ね!ほら、ここにあるから!そんで離して!ねぇ、ホンゴウってば!」
ホンゴウ、ホンゴウ!と何度呼んでも反応がない。まさか、まさかとは思うが。肩に乗せられたホンゴウの頭が徐々に重みを増していき、嫌な予感が過ぎる。大抵こんな時にこそ当たるのが嫌な予感というもので。
「嘘ぉこの状況で寝ないでよ……」
グッタリともたれかかってきたホンゴウはすぅすぅと寝息を立てている。そのくせ腕は緩んでないのだから抜け出そうにも抜けられない。さっき時計を見た時の時間から考えて次の不寝番が来るまであと一時間だろうか、それとも三十分くらいだろうか。
もっとホンゴウに意識してもらいたいとは思っていたけれどこんなにも急展開になるなんて思ってもいなかった。別に今までも医務室に篭るホンゴウにご飯を持って行ったことはあるし、驚かすことを口実に私からホンゴウに抱きついたことだってある。食堂で思い返していた連敗の記録を再び頭の中に並べても、可愛いだなんて言われたこともなければホンゴウから私に触れて来ることなんてなかったのに。なんで、何で今日は。
嬉しさ半分、混乱半分。突然の供給に耐えられずショートしそうな頭のギリギリ働く部分で夜食に手を伸ばす。ホンゴウのために持ってきたけど良いよね、本人寝てるしとバクバクと煩い心臓音をバックミュージックに落ち着かないまま口元まで運んだその時。ランプの灯りできらりと光る金髪。ホンゴウのそれより、手入れがされていてしなやかなブロンド。あぁ、いつもは相談役として役に立たないライムでさえ今は救世主に見える。
「ライムぅ〜。お願い助けて、抜け出せないの……」
「おぉ、よかったじゃねェか。一生そのままいろよ」
「次の不寝番ライムでしょ?お願い、この腕どうにかして、この夜食全部あげるから!」
チッ、と面倒くさそうながらも力ずくで私に被さっていた腕を剥ぎ取り、「オイ、起きろ」と言ってホンゴウのことをゲシゲシ蹴っている。普段なら蹴らなくてもいいじゃん、なんて助け舟を出すけれど今の私は完全にライムの味方で。こんな突然の思わせぶり男なんてライムに蹴られてしまえ。多分この夜食がライムの好物じゃなければ助けてはもらえなかっただろう。食べなくてよかった。そしてこの夜食を作ってくれたルウ、本当にありがとう。元はと言えば、この夜食を持っていけと言ったルウが原因な気もするがこの時はそんなこと忘れてひたすらルウに感謝していた。
救世主ライムによってホンゴウの腕から解放された私は、一言お礼を言ってから飛び出すように食堂へと戻った。ちょうど朝ご飯の事前仕込みが終わって着替えているルウに遭遇し「どうだった?」なんて聞かれたけれど「……何かすごいこと起きた」としか言えなかった私は後々ホンゴウに手を出されたと噂されるだなんて今はまだ知らない。「まぁ、これでも飲んで落ち着けよ」そう言ってマグカップに注がれたカフェラテは数時間前に飲んだ時よりもずっと暖かくて甘かった。
翌日。朝食のために足をはこんだ食堂で、いつも通り「おはよう」と挨拶してくるホンゴウに戸惑ったのは言うまでもない。あまりに自然に話しかけてくる空気に耐えられたなっかった私が逃げたことで話は終わったけれど何であんなに自然なんだ。朝食終わりのライムを待ち伏せしてとっ捕まえたら「アイツ、お前が夜食置いたところで記憶止まってたぞ」と言っていたから頭を抱えたのは仕方ないだろう。
片思い大作戦の連敗記録が止まったかと思えば覚えてないって。そんなのありか。こっちは暫くまともに話せそうもないっていうのに。こうなったら次の作戦は押してダメなら引いてみろ、だ。本当はただ顔を見るだけで昨日のことを思い出して恥ずかしくなってしまうからだけど、そんなことは見て見ぬ振りをして私は作戦を決行するのだった。
「なぁ、ライム。あいつに避けられてンだけどオレ何かやらかしたか……?」
「それはもうテメェで考えるんだな」
「絶対昨日なんかあったろ、頼むから教えてくれよ……」
「一丁前に落ち込んでるのウケるからずっとそのままでいろよな」