回転速度はキミ次第




同い年夢主
両片想い
コンビニバイト

 大学から徒歩三分のコンビニ。そこは平均週四日、空きコマや授業後に過ごす新しい私の居場所だ。大学生活にも慣れてきた頃、お金と新しい刺激を求めて始めたコンビニバイト。レジ打ちや品出しに揚げ物や廃棄品処理。始めたての頃は何もかもが新鮮で、社会の歯車のひとつにでもなった気分でやる気に満ち溢れていた。
 それでもひと月がすぎる頃にはそんな気持ちは何処かへ消え、コンビニバイトという非日常は唯の日常に溶け込んでいった。歯車としての働きは嫌味なくらいに潤滑といえる。

 変わり映えしない大学とバイトの往復生活に新しい歯車が追加されたのはそれから更にひと月が経った頃。二限と三限の空きコマというお昼返上で働いていた日だった。二限終了直後の食糧戦争が落ち着いた時間帯、入店からなんともスムーズにレジへ訪れブラックコーヒーを置くと同時に「あと三十一番も」という彼は確か同じ学科の。

「もしかして……水戸くん?だよね」

 髪を染めたり目立つ格好をしている訳じゃないのに目を惹く彼はやっぱり水戸くんだ。仲良しと言えるほどではないけれどグループワークとか授業の一環で何回か話したことはある。元々凄い不良って噂を聞いていたけれど、その時はそんなの微塵も感じなかったような。

「えっ……、あぁ。まさか知ってるヤツが働いてるとはな」

 こちらの顔を見て一瞬驚いた顔をしたものの、焦った様子もない彼は私と正反対だ。さっき彼が口にした三十一番は間違いなくレジの後ろに陳列された煙草の番号のはず。そして私たちは大学一年生で、まだ未成年のはず。今どき珍しくもないんだろうけどこんなリスキーな場所で買わなくってもなぁ、と思いつつ一応確認することにした判断は間違ってないはず。

「……水戸くんってダブってたっけ?」
「はは、そうくるか。間違いなく同じ学年同じ学科の十八歳だぜ」

 授業の時と同様な人あたりの良さに不良らしさはやっぱり感じられない。それでも当たり前のように煙草を求める姿にやっぱり不良なのか、と遠い何処かで意識が浮かんだ。売ろうか売らまいか。未成年に煙草を売ってバレたら困るのは勿論私で。「さっき最後の一本切らしちゃったんだよ、見逃してくれねぇか」なんて頼み込む彼は一個前に行ったコンビニで年齢確認されたらしい。そりゃそうだ。

「……仕方ないなぁ、今回だけだからね」

 時間にして数秒、売る売らないの脳内バトルは最終的に売る方に軍配が上がった。水戸くんに限ってそんなことはないだろうけど、不良ってことはここで断ったら……なんて無駄なことが過ぎったせいだ。

「ありがとな、すげー助かる」

 そうフッと笑って答えた彼の雰囲気は、やっぱり恐れられるような不良には到底見えない。目の前の男からじゃなくて法律から自分の身を守るために断ればよかった、なんて思ったけれどそれは後の祭りだ。後ろを向いて三十一番を手に取った私の完敗。

「どんくらい働いてんの」
「曜日はあんま決めてないけど週四日くらいはいるよ」
「そっか、シフトいつまで出てんの?」
「一ヶ月分出てるけど……あ、レシートと袋いる?」

 ピッ、ピッとバーコードを読み取る間、何故か行われる質問大会。レシートも袋も要らないと答える水戸くんに、何故こんなことを聞くのかと不審に思いながらコーヒーにテープを貼る。慣れた手つきで煙草をポッケに仕舞う様は何だか大人びて見えて不覚にも一瞬見とれてしまった。

「ライン、教えてよ」
「えっ、何で……?」
「そりゃ知ってると色々便利だろ?」

 そう言ってシフトを聞いてくる水戸くんに、あれよあれよとなすがまま連絡先の交換を済まされ私の出勤日情報が彼の手に渡っていく。あまりの手際の良さに呆然とする私を置き去りに「また来るぜ」そう言った彼は宣言通り、私の生活の一部に馴染んでいった。
 
 結局水戸くんは私が出勤する殆どの日にコンビニへ現れるようになり、決まってコーヒーとたまに煙草を買って雑談をしていく。煙草を売るのはあれきりだと、手にしたはずの強い意志は「年確されたら終わりだから」なんていう彼の顔に負け続けている。私だって未成年に煙草を売ってると店長にバレたら終わりだというのに。最近気がついたことだけど、私は水戸くんの顔に弱い。それ故出勤の度に顔を出してくれて、ちょっとした話し相手になってくれることが嬉しくて今日はいつ来るのかな、なんて期待をしてしまうのだ。ただ、それだけ彼のことを思っても恋愛感情に至らないのは彼が不良だという噂がストッパーになっているからだろう。



 あと十五分もすれば今日のシフトは終わる、珍しく今日は来ない日かな。そう諦めて冷蔵ケースに陳列された商品の賞味期限切れチェックをしていると入店を知らせる音楽が鳴り響いた。別に確信があった訳じゃないけれど、何となく。そう、何となく入口を見るとそこに居たのはやっぱり水戸くんだった。
 
「あ、水戸くん今日も同じの?」

 コーヒーを片手にレジに来た彼に先読みして声をかける。前回私が入ったのは水曜日。そして今日は金曜日。何回も訪れるうちに見出した、出勤が一日でも空くと必ず煙草を買う法則性に則ったのは正解だったらしい。

「あー、うん。いつものくれ」

 いつもの、という水戸くんはいつもよりちょっと機嫌が悪そうでよく見ると頬に小さな傷がついていた。やっぱり不良なんだ。思わぬ形で思い知ることになり、感じたことの無い声の冷たさに多少の恐怖を覚える。それでもいつも通りに接客を続けると、いつの間にか普段の水戸くんに戻っていた。

「しかしよく働くよな。他に何かしてねーの?」
「うーん、特にないかなあ」

 趣味とか他のバイトとか、なんて聞いてくる彼が私よりも多い週五でバイトを、しかも掛け持ちしていることは最近知った。今日もこの後居酒屋のバイトが入っているらしい。欲しい物があるから、なんて簡単に言うけれど何の目的も無くただ歯車としての日々を送る私からしたら少し眩しいくらいで。

「欲しいものも特にないし、家もこの辺だし新しい刺激は諦めてる」

 大学・バイト・日々の生活という三つの大きな歯車と、友達と水戸くんという小さな歯車だけで構成された私の世界。本音半分嘘半分。諦めてはいるけれど新しい刺激があるならば本当は飛び込んでみたい。

「そういう私よりバイト漬けの水戸くんはどうなの?」
「あぁ、イイコト知ってるぜ」
「い、いいこと」
「……なぁ、オレと楽しいことしない?」

 何かを見透かしたような顔をして煙草を手にする水戸くんはやっぱり大人びて見える。イイコトって、楽しいことってなんだ。私は今、自惚でなければ口説かれているのだろうか。否、遊ばれているのだろうか。暴れそうな心臓とは反対にカチリと表情もコーヒーを持った手もロックがかかってしまった。更には私の手に縫い付けられたコーヒーを奪う指が私の指と触れ、心臓が落ち着く間も無く思考までロックがかかってしまいそうになる。

「そう警戒すんなって。今度バスケやってるダチの試合があるんだよ」

 一瞬見えた妖艶な雰囲気から一変、今度は年相応と言える笑い方をしている。「一緒に見に行かねーか」と聞くその顔に弱いのは相変わらずで、気がついた時にはロック解除された首が勝手に頷いていた。もう行かなきゃと呟き「じゃー詳しいことはまた連絡するから楽しみにしてて」そうヒラヒラ手を振り水戸くんはコンビニを去っていった。姿が見えなくなった頃、ようやく全身の力が抜けた私はその場にしゃがみ込むことしか出来ず、シフトの入れ替わりでレジに入ってきたバイト仲間に不審な目で見られたのは言うまでもない。


 
 朝イチはバイトがあるからと待ち合わせ場所に設定されたのは会場横。あと五分で着くというメッセージにスタンプを返してスマホを鞄にしまう。あの後、もしかしてこれはデートってヤツなんじゃないかと思いひとしきり悩んだけれど、冷静になればなるほど彼は不良なんだというストッパーが働いた。それでもいつも通りの格好をするのは何だか小っ恥ずかしくて、少し気合の入ったような服装をしてしまい本日何度目かの不安を覚える。

「ねーねーカノジョ、ひとり?オレたちと一緒に見ない?」

 永遠に続きそうなあと五分に、やっぱりこの格好変じゃ無いだろうか、なんか気合入ってんなって引かれないだろうか。なんて頭をまわしていると前から歩いてきた三人組に声を掛けられた。
 
「人、待ってまして」
「いーじゃん、そんな待たせてるヤツほっといて行こーぜ」

 そうだそうだと話しかけてきた人に残りの二人が加勢してくる。所謂ナンパというものなんだろうけど、人生で一度もされたことが無いものだからどう対応していいのかわからない。あと五分。あと五分って何分?なんてマトモな思考が保てなくたってきた時だった。
 
「オイ、勝手にナンパしてんじゃねーよ」 
「水戸くん……ッ!」

 声のする方へ振り向くとそこに立っていたのは視線だけで人を殺せそうな水戸くんだった。

「何だよ、洋平の連れかよ」
「今日洋平が連れてくるって言ってたのはこの子ってことか」
「そういうことだオマエら、さっさと行くぞ」

 行った行ったと彼らの背中を押す水戸くんの目はもういつも通りに戻っていて、彼ら三人は同じ高校で実は同じ大学の他学部にいる友達なんだと教えてくれた。

「待たせちゃってワリィな。それに嫌な思いまでさせちまった」
「いや、大丈夫だよ!まさか水戸くんの友達なのはビックリしたけど」

 肩をすくめて笑えば、同じように水戸くんも笑ってくれる。

 座席に着くと試合前のアップはもう始まっていた。「花道ー!」と名前を呼び、頑張れだとかヘマすんなとか思い思いに野次ってる彼らの声に反応するよう赤髪の人がこちらを向き手を振っている。

「あれがオレたちのダチ、高校からバスケ始めたんだよ」
「にしてはガタイすごいね……」

 まぁ、色々あるんだと濁すようにその会話はそこで終了した。程なくして試合が始まり、物凄い勢いで進む試合にそれはそれは夢中になった。点を取っては取られ、スコアボードの得点は目まぐるしく変わっていく。そんな中花道と呼ばれていた彼は、ボールが手に渡るとそのままの勢いで素人の私でも知っている単語のダンクシュートを決めたのだった。

「ねぇ!水戸くん!今のダンク!すごい!!!!……ッ!!」

 あの子だ、赤髪の子!そう思って勢いよく隣を向いたのが良くなかった。

「な、カッケーだろ」

 そう得意げな顔をしてこちらを見ている水戸くんの顔が三十センチ定規を挟むよりも短い距離にあって。近い。想像以上に顔の距離が近い。試合の興奮とは別の何かが迫り上がってきて顔中に熱が集まる。

「へっ、あ、うん……すごく、カッコ、イイ、です……」

 冷静な水戸くんと反対に脳内大パニックな私。カッコイイけど、確かにあのプレーはカッコよかったけど、それよりも私の意識は完全に水戸くんの顔に奪われていて。初めて会った日も私だけ焦ってたっけ、なんて現実逃避な思考が雪崩れ込んでくる。そうでもしないとこの状況を乗り切れる気がしない。「ほら、もうボール回ってるぞ」そう言った彼の言葉に反射して顔をコートに向け試合の続きを見たけれど、ダムダムと響くバスケットボールの音と同じくらいの大きさで心臓の音は鳴り続けていた。
 
 試合が終わると水戸くんは友達と一緒に赤髪の人のところへ行くとのことで、「少し待ってて」と言われた私は待ち合わせしたのと同じ場所で大人しく待っている。バスケの試合は普通に楽しくて、確かに新しい刺激になった。それでもやっぱり今日一番の衝撃はあの距離の水戸くんの顔と、それと。

 ハーフタイムの時間、トイレに行った水戸くんがいないうちに改めて彼の友達と話した時のこと。

「さっきはナンパしちゃってゴメンよ、めちゃくちゃ洋平怖かったわ」
「キミがあの噂のコンビニちゃんってことだよな」
「洋平とはどこまで進んでんの?」

 矢継ぎ早に話しかけてくる三人に圧倒されながら「大丈夫だよ、多分そう、どこまでとは……?」と返事をする。というかコンビニちゃんって何だ。あと、どこまでって何だ。戸惑いながらも、授業ではたまに会うくらいでいつもコンビニに来てくれてその時お喋りするくらいだと伝えると、三人揃って「マジかよ……」と口を開いていた。

「あのな、コンビニちゃん。洋平のやつキミに会いにわざわざ時間縫ってコンビニ行ってるんだぜ」
「それにアイツ、キミんとこ以外で煙草買わねーの。しかもヘビースモーカーに思われたくないからって一箱だけ」
「それで何もないって逆にどうなってんだよ」

 次々与えられる情報に脳内処理が追いつかないとはこのことだ。固まり続ける私に、さっきまで茶化すような物言いだった彼らはかしこまってこちらを向いてくる。

「オレたち含めアイツも不良って言われてるけどよ、めちゃくちゃいいヤツなんだよ」
「基本自分から喧嘩売らねーし、ただの仲間思いっつーか」
「花道がバスケにハマったの、一番喜んでたくらいにはな」

 だから、アイツのことよろしくな。なんて頼まれてしまった。どうしてそれを私に。今まで知らなかった水戸くんの情報が溢れて何故だか私の中を満たしていく。トイレから戻ってきた水戸くんに「変なこと吹き込まれなかったか?」なんて聞かれたけれど「何にも!」としか答えることができなかった。思えばこの時から私の中の不良ストッパーは緩んでいたのだろう。

 思い返しては頭を抱え、もしかしてだなんて気がつきたくないことが頭を支配し始めた時。ぞろぞろと会場から人が出てくる中「お待たせ」と水戸くんだけがこちらに歩いてきた。水戸くんのこと考えてたら一瞬だった、なんて口が裂けても言えない。「このあとどうする?」そう聞かれたけれど、特に予定もないし私は帰るよ、と伝えれば「そっか」と頷いていた。
 少し離れたところにいるというのに目立つ赤髪の彼は大きく手を振りながら何か叫んでいる。

「このあと飯食ってくけど洋平たちも来るか?」
「あー、ワリィ。オレこの子と帰るから」

 だから今日はパス。そう当たり前のように言い放った彼に狼狽えてしまう。

「……えッ、私のことなんていいからご飯行ってきていいのに!」
「オレから誘ったんだ、そういうワケにはいかねーだろ」

 そんなぁ、と零れた言葉も「じゃあオレが一緒に帰りたいからってことにして」なんて困ったように笑ってフォローされたらもう何も言い返せない。

「それにそんな可愛い格好してる子、ひとりで帰すワケないだろ」
  
 至極当然、とでもいう彼にかけられた追い討ちはかなりのインパクトで。同時にハーフタイムの時に水戸くんの友達と話した内容と、試合中に近くで見た水戸くんの顔を思い出して、もう俯くことしか出来なくなった。
 
「なぁ、何で全然こっち見てくれねーの」
「そんな、いつも私が水戸くんのこと見てるみたいなこと言わなくても」
「だって見てたじゃん。オレの顔好きなのかなって思ってたんだけど違う?」

 それともやっぱアイツらに何か吹き込まれたか。平気な顔して言葉を紡ぐ水戸くんに私の中の歯車が完全に停止する。今、なんて言った。

「えッ、バッ、バレてたの……!?!?」
「それはどっちに対して?」
「どっちって、どっち」
「ハハーン、その反応だとどっちもか。アイツらが何も吹き込まないワケねーし、コンビニ行くたびにジッと見られちゃね」
「嘘ぉ……全部じゃん、全部バレてる……」
「バレてるってか分かりやすいんだよ。それに良く見てるのはオレも一緒だし」

 優しい顔をして物凄い爆弾を落としていく水戸くんにクラクラしそうだ。私はこのまま自惚れてしまってもいいのだろうか。顔がカッコイイ男としか思わないようにしてきた努力は体育館に落としてきてしまった。優しくて友達思いで、無闇に力を振るわない水戸くん。私なんかのためにわざわざ時間を作ってコンビニに会いにきてくれる水戸くん。ヘビースモーカーに思われたくなくて一箱しか買わないから煙草を吸う量が減っちゃった水戸くん。私が水戸くんを見るのと同じように、私のことを見ていた水戸くん。こんなの好きにならない方が難しい。少なくとも私には無理だ。
 不良は怖いから、何があるかわかんないから辞めとけと言う頭の中にあったストッパーはもう無い。私の世界には新しく恋愛の歯車が追加され、今までにないスピードで回りはじめた。



 







おはなし