「中学生を、金で釣って楽しいんですか」
いたいけな中学生が人様の金で腹を丸く太らせている君のようなこどもは、好きだって。悪趣味ですね、って僕が腿の上で指をずっと握りこんで言ったら、このひと「だったらこうしよう。悪い金蔓に捕まって今日も泡に飯が上手いんだと思えばいい」って言った。
彼女のことは僕が小学校の入学式の前の頃から知っている。彼女はまだ高校生で、家族ぐるみで影山家の食卓を囲んで食事をしたり、兄さんと膝を折って一緒に遊んでもらったことはよく覚えていたし、こどもながらにセーラーとスカートの彼女の頃に僕は一目惚れした。僕がやっと中学生になった今では、彼女はもうスーツばかりの社会人で、もうあのセーラー服と紺のプリーツスカートじゃあなかった。恋人だっているのに、彼女はわざわざ僕だけを金でふらふら誘って、ファミレスで食事をしたりする。たまにレストランだったりする。それが、今日だけは僕の家だった。
このひとは昨日の夕時に家に来て、そのまま両親と話し込んでいるうちに夜も深まり、なんだかんだ、もだもだしていたが結局は根負けして泊まっていくことになったらしい。僕は直ぐに部屋に戻ったから、知らなかったけど。朝、水を飲みにリビングに降りてきたらこのひとが平然と何も言わないでいるものだからそれはとても驚いた。
母さんは買い物で出はからっていて、父さんは既に出勤した。兄さんは、まだ眠っているらしく、顔を見ていない。だから僕は今、このひとと、彼女がコンビニで買ってきた出来合いのオムライスを二人して食べていたら、さっきみたいな話になった。このひとは人としてどうかしているところがあると思う。
「別に、生活には困ってません」
あんな人とは違って、と、僕は二本指をぶらぶらする指の腹のスプーンでチキンライスを頬張った。彼女がすっかり酷い顔になって、爪のようだと、みるみる青ざめていく彼女の例の癇症を、あぁ、まるで産女の猫みたいだな、って僕が思った。
なにを本気になって。バカみたいだな、とも思ったよ。でも悪いことをしたなんて思わなかったし、全然。あんたがかわいそうなひとだってくらい僕はずっと知っている。あんたはいつでもそんなふうだった。優しかった。あんたがあんまりに優しいから、高校生の頃にたった恋人だっただけの男にせっつかれたりして、行き掛かりでそのまま復縁したって聞いたときは、このひと、ひょっとしてバカなんじゃないかって、思った。またこのひとは騙されたんだな、って思ったけど、言わなかった。このひとが僕を金で釣るようになったのも、全部その恋人のせいだってそりゃあ思っている、思って何か悪いのか。どうせこどもだからって易く見てるに違いないんだ。そんなの酷い、ずるいよ。大人って皆が皆あんたみたいなやつらばっかりなのかな。僕もいずれそんなふうになる? それともあんたがそんなに悪いだけ?
チキンライスはスプーンを食べるみたいな味がした。グリンピースはあのごろごろとしたまるっこい食感がまたまたまずいから、好きじゃないのかもしれなかった、多分。
例えば、このオムライスから右指のスプーンがすごすご離れてしまって、つい左手がしっかり伸びた『僕の』水っぽいオレンジジュースの、あのぶつぶつしたガラスコップがこのひとにあっと浚われて、オレンジジュースのあんぐりした丸い口を僕に向かってぶちまけようとも、がしゃがしゃ奥歯と前歯をぶつかってべろっと出ていったスプーンを曲げないようにすることの方が僕には大事だった。どうせ、超能力でなんとかなるんだから、どうだっていいのだ。ただ、まだ誰もいなくてよかった、とは思った。
「あのひとのことは、関係ない」
彼女がびたびたになったガラスコップをテーブルに彼女の五本指で置く。ごめんなさい、って彼女が僕に言ったけど、どうでもよかった。僕はおしぼりでテーブルを拭き始めた。
「まだ、あの人と別れてないんですか」
「……君には関わりのないことでしょう」
彼女も真っ白なおしぼりでテーブルをさっさと拭い始めた。安っぽいオレンジ色がみるみるなくなっていく。
「あの人は、あなたにすがることでのうのうと毎日金と食料を食い潰して楽をしたいだけですよ。あの人、本当は仕事なんてしてないんでしょう」
彼女の手がおかしいくらいにぴたりと止まる。僕も手を止めた。テーブルは綺麗になっている。
「……あのひとは、ちゃんと自分の夢のために今日も頑張ってる。今はその準備期間で、確かに、今は上手くいっていないかもしれないけど、いつか、きっと」
「来ませんよ、そんな日は。あの人はあなたが働いて金を作っている限りではあのままだ」
僕はもっと酷いことを彼女に言ってやろうと思いついた。
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