蝉のような四つ足の熱がむんと臭ってきた。
あついなぁ。あついなぁ、と、があがあつれない鶴丸さんが、赤ベタの死んであられもないようで、乳白色でただべったりしている恋人のような溝と藻がベタベタ生臭い金魚鉢を、両腕がまるでたまらないと言うみたいに思いきり抱きながら、白ずくめでずかずかやってくる。
「人は死ぬと動かなくなる、こいつのように」
可愛いなぁ可愛いなぁって、すべすべ爪指の甘皮で鉢植えの頬をそればっかり撫でる鶴丸さんだった。たまに鶴丸さんが爪で頬を啄木鳥が硝子をつつくみたいにするから、コンともカンともつかない音がするのはぷかぷか死んでいる金魚のためにも可哀想だと思う。金メッキのような魚のうつくしい鱗がくすんでしまって虚しいばかり。魚の目玉と目が合わない。鶴丸さんは乳飲み子をかかあのあのような乳母の腕で鉢を抱えるが、別に鶴丸さんは他のことを聞いてほしそうににっこりしている。
「……死んでいますね」
「そうだな」
「……その金魚は、いつ?」
「祭りがあっただろう。そのときにな、金魚掬いでこう、やって取ってきた。こう見えて上手いんだぞ、君は知らんだろうが。君が短刀たちに小遣いをやったときだ。一期が弟たちへの駄賃の礼だと土産で菓子をもらっただろう? そのときだ」
あぁ、はしゃいだ来派にまず駄賃をねだられて、今剣と粟田口派にもみくちゃにされながら、なにやらそそっかしかった小夜にもがま口を開いた、あの祭りの夏の日。主も一緒に行こうよ、と加州清光と大和守安定が嬉しそうに私を呼ぶのには、はて、と思わないことはなかったので、江戸の頃に丁度祭りがあるのですよ、と後になって聞かせてくれた一期一振の申し訳がない髪色も提灯の杏色に染まれば健やかなのかもな、と江戸まで送り出したら、あまいにおいとちょっとしたはにかみをこっそり特別にくれたが、鶴丸さんが金魚を掬ってきていたとはしらなかった。
「難儀なものだな、きみも」
「難儀、ですか」
「俺が手に掛けなくても死んでしまうんだろう? あの蝉や、こいつのように」
「手を、掛けてやらなかったんですか」
「鉢に入れて、たまに眺めていた。そしたら、今日には死んでいた」
墓を立ててやらないとな、と白い鶴丸さんが言う。
「なぁ主よ、こいつの名前をつけてくれ」と金魚鉢を鶴丸さんの腕で揺さぶる。
「……名前」
「そうだ。こいつには名前がないんだ。なにかいい名前はないか?」
ううん、とうーんと考えてみる。既に死体の身である金魚に味な名前など、塩水をずっと舐めているようで全く浮かんでこない。
「いえ、なにも……」
「そうか」
「あっ、いえ。諦めたわけじゃないんです。すみません、もう少し考えさせてください。ちゃんと考えますから」
「なんなら、きみの名前でもいいぞ」
鶴丸さんが魚の目と一緒に私をぎょりと見る。
「君の名前を“こいつ”にくれれば、俺はきみを飼うように大事にしてみせるさ。次は」
「……なんてことを言うんですか」
「そうしたらこいつも長生きしたかもしれないぜ」
きっと酷い顔をして金魚の死骸を見ている私が「鶴丸さん」と呼んだのまでは良かったが、鶴丸さんはしかしおかしく笑い出す。
「冗談だ。驚いたか?」
「……鶴丸さん」
「わかってるさ。すまないなきみ。あんまり腹が立ったからついからかってしまった。こんなことはもうしない。今度の祭りは俺も、きみの前では汐らしいふりをしておとなしい一期一振の真似のように、菓子でも土産に帰ってくるさ」
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