友達100人出来るかな?
どうしよう。
俺の脳内を占めるのはその言葉のみである。
遡ること2日前。
こちらの世界で俺は個性が発現しないまま四歳の誕生日を迎えようとしていた。そして、誕生日当日。
たまたま、幼稚園も休みの土曜で、かつ、父と母も家におり家族で俺の誕生日を祝ってくれた。四歳の俺はたいそう喜んでいたようだ。だって思い出すだけで嬉しくなってくるし。
個性発現はだいたい四歳まで、とされているようだが例外がないわけではないため両親も何かと個性が出てこないか、思考錯誤してくれていたらしい。
そして、両親の努力が実りようやく個性発現。
そこまでは良かったのだろう。しかし、なぜかその四歳児の体に、前世の記憶が蘇ってきてしまったのだ。
それが、俺である。
前世の自分自身が何歳で生涯を終えたのか、なぜ死んだのか、全くといっていいほどに記憶はないが、結界師のこと、従兄妹のこと、妖のことは、覚えている。
よほど脳内もパニックになったのか、…実際はこの体で初めて個性を使用し、キャパオーバーを起こしただけだったが…、誕生日の日の記憶はないのだが、翌日目が覚めれば俺はこの四歳の体になっていた。
もちろん、戸惑いもあるし頭の片隅ではあり得ないと思ってもいるが、2日経った今日もかわりなく四歳児の、体で目が醒めてしまったのだから諦めるしかないのだろ。
父に起こされ、もそもそと朝食を食べる。つるん、と赤い輝きを放つトマトをパクリと口にすると父が目の前で箸を落とした。
「かなめ!ついにプチトマト食べれるようになったんだね!」
もうお兄さんだもんな、えらいなー!なんて頭がぐわんぐわん揺れるくらいにわしゃわしゃ撫でられる。いや、苦手だけど用意してくれてるのに残すの忍びないし。
朝ごはんも食べ終わり、歯磨きもする。父が歯磨きしようとしてたので全力で阻止した。歯磨きしてもらうとかどんな羞恥プレイ。無事その戦いに勝利した。そして、それを父は泣いて喜んでた。
朝八時。なにやら父がやたらと小さいカバンにタオルやら水筒やら詰め始めるからどこか行くのかとその様子を見守っていた、ら。
「よし、じゃあ今日も幼稚園いこうかー!」
そう、この父の一言である。
「……………………え?」
「今日は月曜だから幼稚園あるよ。鋭児郎くんに個性がでたよー、てお話できるね」
にこにこと、こちらのことなどお構いなしに父親は言葉を紡いでいく。そうだ、この体は四歳児。そう、たんぽぽ組。
え、俺四歳児に紛れて生活すんの?
いや、無理。だって4歳児とか人間の皮被った宇宙人じゃん!話し通じないじゃん!え、行かなきゃだめこれ?!
そして、冒頭の回想へ戻る。
どうしよう。
「どうしたの?」
俺があまりにも黙り込むものだから心配したらしい、父が屈み込んでおれの顔を覗き込んだ。その顔はへにょんと眉が下がって困り顔だ。
「…………いきたくない」
「えっ!?」
ホントにどうしたの!?驚いたようにあわあわ手をバタつかせた父の後ろから母が顔を出した。
「…あなたたち、二人して同じ顔してどうしたの」
「かなめが!幼稚園いきたくないって!」
どうしよ!?次は母に困り顔で詰め寄る父にこの人たちを困らせるつもりはなかったんだけど。そうか、今まで皆勤賞だったのか。そりゃあ、急に言い出したらどうしたっ!?て感じだよな。
「あの…お、おとうさ…」
お、おう。なんかお父さんとか恥ずかしいぞ。結構必死で紡いだ言葉はお母さんのスパーンっ!というすがすが過ぎる殴打音にかき消された。
「あなたが慌てない。ほらぁ、かなめが固まっちゃってるじゃない。ねぇ?」
びっくりしたねー、なんてニッコリ笑われても口元が引きつる。いや、俺が固まってるのは主に9割5分あなたのその行動です、はい。この家は母強しの家庭なんだな、心得た。
「でも急にどうしたの?鋭児郎くんと遊ぶんじゃなかったの?」
二人して俺の前に座り込んで俺が話すのを待っている。い、居た堪れない。
「…だいじょうぶ。…いく」
「鋭児郎くんと喧嘩…するわけないし。幼稚園今日は、何もイベントないはずだし。どうしたの?」
「……だいじょうぶ」
4歳時にまぎれて頑張ります、はい。
てか、よくよく思い出してみるとかなりうっすらしかこの体記憶してないけどーー4歳児の記憶力ってこんなもんかーーなんか、俺いじめられて?たから友達その”えいじろーくん”しかいない感じじゃない?なんか、先生に心配されるレベルで友達いなくない?
あ、ヤバイ。友達いないとか悲しすぎる。その”えいじろーくん”すら友達でなくなったらホントのぼっち確定じゃん。いやいや、困る。
「がんばる」
だからなにを!?と叫ぶ父に母からの鉄槌が下った。いたそう…。
「かなめー!おはよー!」
おう、元気だな四歳児。えいじろーくん。朝から眩しい笑顔をありがとう。たぶんえいじろーくんのお母さんだろう人に手を繋がれて幼稚園に現れたえいじろーくん。俺を見つけた瞬間、お母さんの手を離して俺に駆け寄ってくるとかどれだけ俺が好きなのこの子、いや、嬉しいけど。ちなみに父は幼稚園の先生と話をしている。多分俺の様子がおかしいからだろうな、迷惑かけてすみません。
「おはよー…えいじろーくん」
「おう!おはよー!」
「うん、おはよ…」
会話終了。
え、これから何を話せと?
目の前のえいじろーくんをじーと見つめていると後ろ手になにかを持っているらしい。もじもじしてどうした少年。
「ほら、鋭児郎。ちゃんと言わなきゃかなめくんもわからないでしょ」
えいじろー母に促されておずおずと差し出した両手の上には、四葉のクローバー。
「かなめにあげる!おたんじょーび、おめでとー!」
おお。四歳児が俺の誕生日をお祝いしてくれている。しかもプレゼント付きで。
「もらっていいの?」
「あげる!」
んっ!と差し出された少し萎びれた四葉のクローバーを受け取る。そういえば、俺が四歳時になってからの初めてのプレゼントだ。両親もプレゼントくれてたけど、俺の記憶戻る前だし。なんか、結構嬉しい。
「ありがとー」
自分でもわかるくらいに口元が緩む。変な顔してそうだけど周り4歳児だし、保護者と先生しかいないから別にいいだろ。
「どういたしましてー!」
にこにこ笑う笑顔に思わずつられる。いつの間にか戻ってきた父が微笑ましそうに見ていたことに恥ずかしくなったのは仕方ないだろう。
「かなめ、鋭児郎くんに教えてあげなきゃいけないことあるよね」
「?」
そんなことあったっけ?クエスチョンマークを浮かべながら父の顔を見ると、ヒソヒソと内緒話をするように耳元に口を寄せてきた。くすぐったい。
「個性、出たこと一番に教えてあげるんでしょ?」
そうだっけ?あぁそうだったかも。
そっか、ここでは個性が発現することでようやく社会に認められるような感じなのか。個性がでていなかった今までの俺はそれのせいでプチいじめに合ってたんだな。
その、個性が発現する前から友達だったえいじろーくんに個性がわかったらすぐ教えるね!と、たしかに言ってた気がする。かなりぼんやりとした記憶だが。
なにやら、微笑ましいものを見るように父とえいじろー母が俺たちを見る。その様子だとえいじろー母は知っているのかもしれない。
えいじろーくんはクエスチョンマークを浮かべながらにこにこ俺を見つめている。かわいいな、少年。
どうせなら驚かしたいよね。
なんて、俺のいたずら心がえいじろーくんの純真無垢な目をみてむくむくと膨らむ。前世からの慣れた所作で、胸の前で印を結ぶ。わけがわからないだろうに、俺と同じように見様見真似で印を結び真似っ子をするえいじろーくん。
「ほうい」「ほう、い?」
「じょうそ」「じょーそ!」
「けつっ!」
ぴよよーん。と出現する結界。
突如目の前に現れたそれにえいじろーくんとえいじろー母は目を見開いて驚いている。父は何やら自慢げだ。
「すっげぇーー!!!それ、かなめのこせい?!」
「そーなんだー。きのうできたー」
ぶいっ、とピースまで決めてみせる。すげーすげー、とはしゃぐえいじろーくんに俺まで嬉しくなる。騒ぎを聞きつけたのか、広場にいたちみっこたちまでもが集まりだし、俺の個性が発現したことを聞きつけてお祭り騒ぎとなっている。
「これでおれとかなめ。さいきょーのひーろーになれるな!」
ガチンッと見た目がすごく硬そうなモノに変化した両手を掲げ、えいじろーくんは大きな声ではしゃぎだした。
ヒーローて何かアニメとかかな?まぁ、聞けば教えてくれるだろう。あそぼー!と無邪気に引っ張ってくれるこの手にしばらく甘えようかと思います。
いつもならえいじろーくん以外は遊び相手にあまりなってくれないけど、今日はいろんな子から話しかけられて結構楽しかった。話が飛びに飛んでーー興味があることしか聞かないし、興味が削がれたら違う話題に行くようだーーメチャクチャだったけど意外と四歳児話通じるし。うん、たんぽぽ組生活、どうにかなりそうです。
俺の精神年齢が低いからとか言わないでよ!
まぁ、とにもかくにも目指せ、友達100人。
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