だいじなともだち!


「おはよーございます!きりしまえいじろう、もうちょっとでよんさいです!こせいはからだがかたくなります!」

よく言えたねー、と先生から褒められてえへん、と胸を張る。今日、4月からたんぽぽ組になった。まわりは仲がいい子もいれば知らない子もいる。

俺は3歳のときに、夜中トイレ行きたくて目がさめたら急に体が固くなってた!俺の個性なんだって!かっこいいだろー。

どんどんみんなが名前と個性を言っていく中、じゃあ最後はやもりくんね、と先生に声を掛けられた男の子はみんなよりも小さな体を更に小さくしながら嫌そうに先生をみていた。どうしたんだろ?

しばらく先生となにかぽつぽつやり取りをしたその子はしぶしぶと行った様子で、手に持っていた本とタオルを床に置きゆっくり立ち上がった。随分赤い色のタオルだなー、とそのタオルをじーとみる。

………あー!!

「やもりかなめです。こせいは、…まだわかんない」

ぽつぽつと、小さな声が降ってきた。
みんなの前に立つことが恥ずかしいのか、服の裾をぎゅっと握りしめたまま俯きがちに喋る男の子。もうすぐ四歳になるこのクラスで個性がわからない子供は珍しく。みんなが面白がって「むこせいー!」と囃し立てている。

先生はそんなみんなを窘めるように言葉を紡ぐが、あまり意味はない。

そんなみんなにさらに身を縮こませたかなめくんはぎゅーっと白くなるほどに手を握っていた。

何も反応を示さないかなめくんにみんな飽きたようで、先生に促されてお外へと遊びに出かけた。俺も何人かに声かけられたけど、それよりはかなめくんが気になった。

「なぁなぁ!おれ、きりしまえいじろう!なぁ、それどこでかったの!?」
「え…」

急に話しかけてきた俺にびっくりしたのか、かなめくんの大きな目が俺を映す。それよりも俺が気になったのは、タオル!紅頼雄斗(クリムゾンライオット)!!

どこ探しても見つからなかったのに!オールマイトもかっこいいけど、紅頼雄斗はさらにかっこいい!!

「たおる?これね、もらったんだー」

にへっ、と照れたようにいうかなめくんにいいなー!と大きな声を出す。だって、母ちゃんに探してもらってもないって言われるし。

「くりむぞんらいおっと、すきなの?」
「おう!ヒーローのなかでいちばんすきだ!おとこぎ?あふれてるからな!」

紅頼雄斗はおとこぎ?溢れるヒーローだって父ちゃん言ってたし!…おとこぎってよくわかんないけど、かっこいいってことだろ!

「あげる」
「ん?」

はい、と目の前に突き出されたタオルにクエスチョンマークが頭の中に出現する。あげる?

「くりむぞんらいおっとだいすきなきみがもってるほうがくりむぞんらいおっともきっとうれしいよ」

だから、あげる。さっきと同じ、タオルを自慢したときみたいににへっと笑う。え!え!ほんとに!?

「いいの?!」
「いいよー。だいじにしてね」

やったー!と紅頼雄斗のタオルを頭上に掲げて部屋の中を走り回る。紅頼雄斗のタオル!

「かなめくんさんきゅー!大事にする!きょうからおれたちともだちだな!」
「え?」
「かなめくんの大事なタオルくれたからともだちだろ!」
「ともだち?ほんとに?おれむこせーだよ?」
「くりむぞんらいおっとすきなやつにわるいやつはいない!」

えへん、とタオルを片手に胸を張る。ともだち、の言葉にキラキラ目を輝かせているかなめくんの手を引っ張った。

「おそとであそぼーぜ!せんせいさっきおそとであそんできなさいっていってた!」
「うん!いくー!」

いっしょにお外に行くと、みんなとお外で遊んでた先生の頭からお花が出てきた。たしかこれ、嬉しいときに出てくるって先生言ってたなー!先生もかなめくんがお外に、でてきたら嬉しいんだな!

隣では息を切らしながらもにへっと笑うかなめくんがいる。その笑顔に俺も釣られて笑顔になりながらみんなが遊んでいる中に飛び込んでいった。





…………………






「あんたって子はーー!」

ガツンッと殴られた頭が痛い。思わず涙目になって殴った元凶を恨めしげに見上げれば鬼のような母ちゃんに思わず床に視線を落とした。

「勝手にお友達のもの取っちゃだめでしょうが!」
「ちげえもん!かなめくんがそれあげるっていったからもらったんだよ!」
「でも、お友達の大切にしてたタオルなんでしょ!?」

もー!とか怒ってる母ちゃんに地団駄を踏む。だってかなめくんがいいって言ったんだよ!

「これは洗濯して明日かえすよ。あ、でも明日幼稚園お休みじゃない。…お名前なんて言う子?」
「…やもりかなめくん」
「やもりさんね。やもり…あら、もしかして近くの夜守さんかしら」

明日電話してお菓子でも持っていかなきゃね。とか言ってる母ちゃんにむぅ、と頬を膨らます。せっかく紅頼雄斗のタオル、もらったのに。なんで俺が怒られるんだよ。

「あんた、かなめくんが何好きかとかしらないの?」
「だって、きょうともだちになったもん」

しらない、と呟くと初対面の子のタオルもらったの!?と叫ぶ母ちゃんからそそくさと逃げる。なんか今日の母ちゃん怖い。父ちゃんと喧嘩したときみたいだ。


………………


「…おっきい」

今日土曜日。
俺は母ちゃんと一緒にかなめくんの家まで来ていた。朝から母ちゃんが電話したみたいで、やっぱり近所だったみたいだ。歩いて10分くらいでついた。

家の周りは木造の塀で囲われていて、大きな門が俺の前に佇んでいる。木の格子の奥に見える庭と家の大きさにびっくりする。俺の家よりずっと大きい。

母ちゃんは緊張したようにベルのボタンを押した。俺が押したかったのにだめ!と怒られた。

ボタンを押してからすぐにカチャンッと奥に見える家から音が聞こえた。そこからひょっこりと顔を出したのはかなめくんだった。その後ろから出てきたのは男の人。

「かなめくん!おはよー!」
「…おはよー!」

にへっと笑うかなめくんの頭を後から出てきた男の人がなでた。

「わざわざ足を運んで頂いてありがとうございます。かなめの父です、どうぞ」
「すみません、お邪魔します」

門から玄関までの細かい石の砂利に目を輝かせて、わざとジャリジャリと音を立てながら足を砂利の中に入れて歩いてたら母ちゃんに怒られた。かなめくんの父ちゃんはにこにこ笑うだけだ。

「あの、昨日は息子がお宅のかなめくんのタオルをもらったみたいでして…すみません。お返ししますね」

そっと、差し出された紅頼雄斗のタオルを目にしてかなめくんはぎゅっと眉を寄せた。なんで?と言う風に俺へと視線が向けられる。 

「あれ、かなめこれあげたんじゃなかったの?」

タオルをまじまじと見たかなめくんの父ちゃんは不思議そうにかなめくんに問うた。こくり、と頷いたかなめくんはぽつぽつと小さな声でつぶやいた。

「あげた。くりむぞんらいおっとすきっていってたから」
「かなめくんが大切にしてたものを鋭児郎が欲しいっていったからじゃないの?」
「だってぼくよりすきそうだったんだもん。そしたらともだちって…」

ぎゅっ、とズボンの裾を握りしめている。

「ともだちっていってくれたのに…」

やっぱりだめなの?

ぽつり、と呟かれた言葉に母ちゃんは何を言ったものかと目をキョロキョロさせている。

「かなめは初めての友達が嬉しそうにしてたからあげたんだよね?」

よしよし、と頭がぐわんぐわん揺れるくらいにかなめくんの頭を撫でるかなめくんの父ちゃん。

「もらってあげてくれませんか?かなめが昨日すごく嬉しそうに僕達に友達ができて、その友達が紅頼雄斗すきだったからタオルあげちゃったんだ、て言ってきて…。僕達も嬉しかったので」

困ったように笑うかなめくんの父ちゃんに、母ちゃんももう何も言うまいと少し息をついた。

「あげちゃだめ?」

大きな目に溢れんばかりの涙を浮かべたまま、母ちゃんをみるかなめくんに母ちゃんも笑った。

「鋭児郎にこんな人を思いやる優しいお友達ができて、おばちゃん嬉しいわ。かなめくんがいいなら鋭児郎に紅頼雄斗のタオル、あげてくれないかしら?」
「!」

とたんにぱぁっと顔を輝かせたかなめくんが、紅頼雄斗のタオルを、俺に向かって差し出してきた。

「えいじろーくんに、くりむぞんらいおっとのたおるあげる!」

どこか、誇らしげに俺をみてくる。先程まで浮かんでいた涙は引っ込んだようだ。

「さんきゅー!かなめ!これからもおれたち”ともだち”だぜ!」






自室の、机の中から出てきた懐かしいタオルに目を落とした。随分と草臥れてしまったそれは、紅頼雄斗のタオルだ。

厳重に透明のビニールの中にしまわれたタオルとともに出てきた紙に思わず吹き出す。

“なんねんごかのおれへ!”

そんな始まり方のとてつもなく汚い文字たちの踊る小さな紙。

“かなめはおれのだいじなともだちだから、いじめられてたらまもるように!!  たんぽぽぐみ きりしまえいじろう”

昔の俺からの忠告に思わず笑いながら声を漏らす。

「大事な幼馴染だっての」

それも一番仲の良い。昔の俺に、安心させたい。かなめは守らずとも四歳になったら強い個性が発現し、今は同じ最高峰の雄英高校に通っているという事実を。

「鋭児郎ー、遅れるよー」
「おー!いくいく!」

さて、これはどこに飾っておこうか。




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