10


鋭児郎と朝通うのが当たり前になり始めた頃、朝の校門の風景が今日は様変わりしていた。

「なんだ、あの人混み」
「カメラとかマイクとか持ってる人いるね」

有名人でもいるのか、と人混みを横目に通り過ぎようとする。あ、ヒーロー科!という声が人混みから聞こえたなぁとぼんやり思っていると立ち憚る人の壁。向けられる無数のマイク。

「…え」
「君たちヒーロー科だよね!オールマイトの授業、どんな感じだったか教えてくれない!?」
「…オールマイトすか?」

そういえばオールマイト有名人だった。
向けられるマイクを持つ女性の腕章には”NHA”国家放送局まで来てるのか。つまり、この人たちオールマイトの取材陣?職場まで詰め寄られる有名人て大変だよね。

なんて、思ってる場合じゃないか。早く抜け出してしまおう、となれば。取材陣の質問攻めにあっている鋭児郎の腕をがしりと握りしめる。

「オールマイト超かっこよかったですよー!じゃっ」

ちゃんとにっこり笑顔付きで。先程まで無関心だった俺が急に答えたことに、鋭児郎へ向けられていたマイクとカメラがこちらへ向く。その隙に無理矢理体をくぐり抜かせ人混みから脱出する。

「はぁー、サンキューかなめ。しかし、すげえ人だな」
「強引に行かなきゃ通してくれそうにもなかったしねー」

ちらりと後ろを振り返れば門扉より学校側へは入ってきていない。なにか制約でもあるのだろうか。まぁ、追われないのに越したことはない。

けど。

「毎日これはやだなー…」

No.1ヒーローが教員を務める学校の定めか。




…………………




「学級委員長を決めてもらう」

今日も今日とて、チャイムとともに教室へ足を踏み入れた相澤先生からどんな言葉が飛びだすのかと思いきや、以外にも普通の学校生活のことであった。やけに真面目くさった顔でいうから何かと思えば。

このクラスでは学級委員長という名の役職は人気があるのか、皆して選べと主張するように手を高く掲げている。自分が、自分が!と主張し、いつまでたってもまとまる気配のないそれにいつ相澤先生がキレるのか…。巻き添えだけは食らうまいと先生の動向に注目する。

「静粛にしたまえ!!」

相澤先生の動向ばかりに目が行き、他を気にしていなかったが突如として飯田の声が教室に轟く。

「これは投票で決めるべき議案…!!」

上がった声に目を向ければ随分と高く掲げられた右手とは裏腹な言葉を述べる飯田の姿が。外見だけで言えば真面目くさった、メガネ、まんま委員長といった風な飯田も例にもれず学級委員長志望なようだ。

決まればなんでもいいよ、とゴソゴソどこから出してきたのか所在不明な寝袋に収まる先生。どうやら巻き添えの危機は回避したようだ。

まぁ、俺は誰が委員長でもしっかりしてくれそうだし皆で決まったやつでいいや。

今朝も最近の日課となった鍛錬をしていたのだが、どうも今日は眠い。やっぱりなかなか上手くいかないアレに時間を忘れて夜遅くまで昨日してしまったのが原因だろうか。大きなあくびを漏らし早々に眠気と戦うことを放棄した俺は机に突っ伏した。

「…じゃあ、委員長は緑谷。副委員長は八百万だ」

意識が浮上したところで、ちょうどいいタイミングで決定していたようだ。黒板に何やら数十人の名前がつらつらと並び、その隣に一の白線が。なに、みんな自分に一票いれたの?そんなになりたかったのか委員長。

「夜守さん起きたのですね」
「さっきね。八百万副委員長おめでとー」
「…ちょっと複雑ですけどね。ありがとうございます」

目の前に帰ってきたボリューミーなポニーテールに声をかけると律儀に返事が返ってきた。てか、俺が寝てたことバレてたのね。

少し寝たことでマシになるかと思った眠気は存外しぶといようだ。眠い。

学級委員長が決まったことでこの時間は終了らしい。さっさと教室を後にする相澤先生を見送ったあと、誰からともなく席を立ち上がり始めた。そういえば、次お昼休みだったか。

ラッキー、寝よ。

「かなめー、メシ処いくかー?って寝るのか?」

頭上から鋭児郎の声が降ってくる。隣では上鳴の声もするからいるのだろう。

「眠いから寝る。ここうるさそうだし外行くわ。鋭児郎、授業始まる10分前に電話して」
「前から思ってたけどお前ら仲いいよな。夜守も切島にゃ遠慮がねぇし」

不思議そうに俺と鋭児郎の顔を見る上鳴。そりゃあ幼馴染だし、仲いいのも仕方ないだろ。

なんて、眠気に汚染された俺はそれをスルーしさっさと教室を出た。だってあいつうるさいし。

さて、どこへ行こうか。雄英の広い敷地内であれば寝る場所などどこでもあるであろう。ふらふらと宛もなくあるく。

ふと、建物から顔を覗かせたそこは中庭のようで、まだ散りきっていない八重桜が存在を主張している。ベンチがまばらに点在し、小さな噴水もあるそこは昼寝にはうってつけではないだろうか。

そうと決まれば話は早い。

手近な場所にあるベンチに横になり自身の周りに結界を形成する。貴重品もあるし取られたらやだし。

横になってしまえば睡魔が襲ってくるのまでそう時間はかからなかったようで、俺の意識は一度そこで途切れた。


………………





ぞわりっ。

まどろみの中から強烈な悪寒とともに意識が浮上した。バッと上体を起こすと結界があったであろう場所に手を伸ばしている男が一人。

白のTシャツにGパン。無造作に伸びた青の髪にその合間から見え隠れする瞳と目が合うと先程感じた悪寒が肌を伝って鳥肌を立てた。

更にこちらへ伸びてくる手に本能が捕まってはならないと激しく警告音を発する。

男の目の前から跳躍し、結界を形成して宙へ逃げる。目を離せば捉えられそうで、その男から距離を取ったままいつでも逃げれるように胸の前で印を結ぶ。

その一連の動作を見届けた男はにやりと、嫌な笑みを浮かべた。

「面白いやつがいるね」

それだけいうとあっさりと踵を返し、俺の視界から消えた。知らず知らずのうちに止めていた息を大きく吐き出す。どくどくと激しい運動をしたあとかのように心臓が激しく脈打つ。


ピリリリリーーー。


携帯の着信音にビクリと大きく肩が震えた。恐る恐る携帯の画面を見れば鋭児郎の文字が。あぁ、そういえば電話頼んでたっけ?

せっかく休みにここまで来たのに、これだと鋭児郎たちとご飯食べに行ってたほうがマシだったかもしれない。なんて肩を落としながら未だになり続ける携帯の着信を取った。

………………




「疲れた」

周りはなにやら飯田が新たに委員長に就任したことを囃し立てているが、俺はそれどころではない。疲労困憊である。机に突っ伏していればいつの間にか授業が終わったのか、鋭児郎がカバンを手にこちらまでやってきた。

「昼寝しにいってたんじゃなかったのか?」
「なんか、邪魔が入って…」

ほんとに邪魔してくれやがって。しかしながら、鋭児郎たちは鋭児郎たちで、なにやら学校のセキュリティがマスコミに突破され、それの騒動に巻き込まれたらしいからどちらにしても変わりがなさそうだ。平穏カモン。

そういえば、結界を張って寝ていたはずなのに、目が覚めたときには俺の前から結界は消えていた。




あの男が、消したのか?





ぞわり、と嫌な汗が背中を伝う。ただ触るくらいじゃ俺の結界は消えない。ならなぜ、あの時結界は消えていたのか。あれが、あの男の個性なのか?

あの男が学校の教師だったのか、侵入者だったのか、この時俺は確かめるべきだったのかもしれない。
なんて、後日俺は後悔することになる。





………………





「随分、機嫌がいいですね、死柄木弔」

バーカウンターの向こう側から、グラスを磨いている奴から声が降ってくる。それに目を向けながら口元が、自分がわかるくらいに持ち上がる。

「一人、面白そうなやつを見つけてな。アレは死の恐怖を体感したことのある目だ」

prev|next
[戻る]