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「強固な結界、ね」
「母さんの結界は俺の結界と比べ物にならないくらい強固だよね。それを、知りたい」

道場に移動し、母の前に正座して向かい合う。ヒーロー活動で家を開けがちな母だが、学校からの敵襲撃の一報を受けて仕事を休んでくれたらしい、申し訳ない。

けど、ある意味チャンスでもある。

今日一日、雄英高校は休学、それに伴い母の仕事も休み。となれば、聞くしかないでしょ。母のそれは、無想なのか。もしくは更に上を行く極限無想なのか。はたまた、世界が違えばそれすらないのか。それを、知りたい。

もし、母が極限無想を使えるのであれば。管理者がいるのであれば、こちらの世界でももしかしたら会えるかもしれない。俺の、相棒に。

そして、俺が今やってる修行が無駄でないことを証明したい。

「そんなこと言うの、初めてね」

ニコッと笑う母に思わずクエスチョンマークが出現する。そうだったっけ?

「だってかなめったら、私が何も教えなくっても野生の感っていうのかしら?なんとなーくで結界使いこなしちゃうし、修行しちゃうし、お母さんの出せない念糸なんて出しちゃうし。私の子天才!て実は思ってたんだけど」

いや、そりゃあ前世の結界に対する知識はあるから勝手に修行してたんだけど。そうか、そういえばこれって前世でも教えてもらいながら習得したもんだったっけ?そりゃあ不思議がるよね。うわ、俺知らない間に不思議っ子してたのか。記憶があるって恐ろしい。

「あなたでも、行き詰まることはあるのね。それは、昨日実際に会敵したからかしら?」
「…俺の結界じゃあ全く歯が立たなかった」

今でも鮮明に思い出せる、あの、虚無感。俺は役に立たないのかという絶望感。

そりゃあ、前世でも修行を重ねながら徐々に力をつけていった。前世の俺は十七歳になって漸く極限無想を会得したことから考えても、今世の俺の成長具合はこのぐらいだと思う。が、これでは間に合わない。

「誰かを守れるくらいの強固な結界を作りたい」

今日みたいな、惨劇が起きても役に立てるように。

もう、あんな思いをするのは散々だ。だから、答えを知りたい。

「そうね。可愛いかなめのお願いですもの、断るわけ無いでしょう」
「ホント!?ありが…」
「ただし、…厳しく行くわよ」
「、お願いします!」

急に母の顔から笑みが消えた。いつもにこにこしている母が真剣な面持ちになると思わず息を呑む。さすが、現役ヒーロー。



………………




「あなたも、なんとなく感じてるでしょ。私達の結界は雑念を取り払うことにこそ、真の、純粋な結界を作ることができることを」

ピンッと目の前に張られた母の結界。見た目は俺の結界と全く変わりないが、その性質は全く異なる。

「私の結界、いつものあなたじゃあ壊せないでしょう。でも、最近毎朝修行してるアレ。時々上手くできてる時があるわね?その感覚で、コレを壊してみなさい」

目の前にある結界を指し、鋭い母の目は俺を捉える。最近の俺が毎日やっていることこそ、無想。心を無にし、雑念を取り払う。強固な結界を作る足がかり。

ふぅ、と大きく息を吐き出し、意識をより外へ。頭を空っぽにするイメージ。

「結」
母の結界の上から、更に俺の結界を重ねる。見た目にも澄んだ結界は、その強度を示す。

「滅」

パンッと滅された結界。しかし、そこに残されているのは無傷の母の結界のみ。…力負けしている。

「そう、時間はかかってるけど心を無にして結界を作ることは出来てるわね。でも、私の結界はそれを凌いでる。それが今のわたしとあなたの差。今のあなたの状態を私の言葉で置き換えるなら”無想”」

深く頷く。心を落ち着かせ、無にすること”無想”。これは前世と同じ。

「あなたは私の仕事姿を見たことが無いから、知らないでしょうけど」

静かな空間に、しゃらん、と澄んだ鈴の音が鳴る。輝かしい青の羽が、音もなくかなめの前を通り、細い母の指に止まった。

「この子がわたしの大事な子。――――渚ナギサ」
「なぎさ…」

軽やかに母の指に止まっているモルフォ蝶を連想するようなメタリックブルーの蝶。俺の考えが間違えでなければそれは。

「お母さんの”個性”の極み。”極限無想”という状態のときに出てきてくれるわたしの大事な子よ」
「、極限無想」


ああ、俺のやっていたことは間違いじゃなかったのだと、証明された今。とても情けないけど、少しだけ、泣きそうになった。


「あなたは”無想”は出来てるわ。後はそれを反芻して瞬時に切り替えができるようになること。”極限無想”はさらにその向こうよ」

それに大きく頷く。そうなれば俄然やる気も出てくるというもの。今までは前世と同じなのか、手探り状態で進めていたことに一筋の、明るい光が差し込んだ。俺はそこを目指せばいい。

「じゃあ、後は…修行あるのみ」

その言葉を合図に、母が胸の前で印を結ぶ。渚は、いつの間にか姿を消していた。つまり、極限無想の状態では、ない。

「さぁ、かなめ。私から一本取ってみなさい。そうね、取れなかったら…」

ニッと笑い、あとで教えてあげるわね。なんてとても嫌な笑みを向けられる。こんな時はホントにろくでもないことを考えてるときだ。この笑顔を向けられた父はいつも悲惨な目にあっている。

「回避してやる!!!」
「出来るものならしてみなさい、かなめ!」

現在、午前7時。
夜守家の道場から騒がしい怒声が響き渡るのはそう遅くない。父さんがフライパン片手に道場来てたなんて俺は知る由もなかった、ごめん父さん。

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