26


しぃん、と静まり返っている道場。鳥のさえずりも、木々が風になびく音も、ここでは遠くに聞こえる。うん、いい感じだ。

「結」

ピッと、想定した数ヶ所同時に結界を展開する。紙上に描いた線の上に寸分の狂いなく結界が存在している。所定の位置に、同時に、ある程度の強度で、結界を作ることはできる。

「解」

でも、なあ。

ごろん、と誰もいない道場の床に仰向けになって寝転がる。無想の反復練習するにしてもこれだけ静かすぎる場所ではできないほうがおかしい。だって雑念になるものがないし。なにかをしながら無想の訓練ができたらいいけど、町中で個性使うの禁止されてるし。前世なら異能者以外には見えないから練習し放題だった。それこそ見ないけどコンサートとかフェスとか、あとはひたすら満員電車の中で無想の練習したり…、今は誰しもが結界を認識できるっぽいからそんなことできないしなぁ。

「どうしよ」
「なにが?」
「うわっ!」

にゅっと出現した母に思わす奇声をあげる。足音もなかったんだけど!びっくりした。

「無想、随分切り替えが早くなってきたんじゃない?まだまだだけど」
「知ってるし…」

考え込んでるときにその事を突かれると思わず、むっとなる。母の渚をみてから気ばかりが焦ってしまっている。これじゃあ無想の練習しても上達はしないわな。

「あなた今日学校お休みだったかしら?」
「うん、今日と明日。体育祭の振替休日」

なんか集中出来ないし、鋭児郎と走り込みでもいこうかな。あっちにとっては毎日の日課だし、俺がついていっても大丈夫でしょ。

腹筋に力を入れて上体を起こすと、どこか思案顔の母が腕組みをしながら俺を見下ろしている。そういえば、そろそろ母さん出勤の時間じゃないの?

「母さん、時間…」
「かなめ今日暇なら母さんの事務所来る?」
「へ、?」
「社会見学も勉強の一つよ」

よかったらいらっしゃい、くるりと踵を返した母の後ろ姿を見送りながらその言葉を咀嚼し、理解する。急いで立ち上がり玄関へと向かってる母の後ろ姿を追いかける。

「俺いってもいいの!?」
「いいわよー。ついでに揉まれてきなさい」

アレに。

にこっと笑ったはずの顔をみて悪寒が走った本能に、従うべきだったのかもしれない。


…………………

東京都。某ヒーロー事務所。

「事務所内は個性使用してもいいわよ。ただし、彼らを外へ出さないこと。それが絶対条件ね」

じゃあね、と無常にも扉は閉められた。ーーーそれは遡ること数十分前。




4階建てのビル、そのビル丸々が母の運営しているヒーロー事務所。ホントに幼い頃、どうしても預ける人がいなかったときに何度かきた記憶はあるが、ほとんど覚えていなかった事務所を見上げる。

中へ入ればどうやら女性が多いようだ。方方からかけられる声に困惑しつつ、母の後ろをついて歩く。

「ウチは総勢20人ほどの小さな事務所よ。まぁ、女の子が多いかしらね」

タンタンっ、と登りきった最上階。他の階に比べ、どこかファンタスティックな、ずいぶん可愛らしい感じのする様相である。

「どうしても女の子のヒーローって子育てに追われてなかなか活躍しきれないのが現状。なら、子育ての場を作っちゃえばいいと思ったの」

なんか、嫌な予感がする。

そんな予感が頭をよぎるもすでに遅し。ガチャリと引かれた扉の向こうから、子供が飛びついてきた。

「うぉ!?」
「きゃははは!!きゃうはおにいちゃんのひー?」
「あーそーぼー!!」

顔面に張り付いて離れない子供に、手を引っ張る子供。なにやら横からタックルまでかまされた気がする。様々な方向からくる攻撃に頭も体も追いつかないまま、とりあえず顔に張り付いた子供を引き剥がす。

「え、どういうこと!?」
「ここはうちの事務所のコたちの子供を預かっている場所。かなめ、今日はあなたがめいいっぱい遊んであげなさい」
「え!?俺母さんの仕事見に来たつもりだったんだけど!?」
「あら、わたしは事務所くる?っていっただけよ?」

そんなこと一言も行ってないわ。なんていう母にしてやられた感満載になる。思わす項垂れるがうなだれたそばからだれかが背中に張り付いてきた。

「おにーちゃん!あそぼー!!」
「にーちゃんなにできんの!?おれとひーろーごっこしよーぜ!!」
「ちがうわよ!おにーちゃんはわたしとおままごとするのー!」

ぎゃいぎゃい、ぴーちくぱーちくもう騒音レベルである。え、俺ここで一日過ごすの?マジで?

「事務所内は個性使用してもいいわよ。ただし、彼らを外へ出さないこと。それが絶対条件ね」

じゃ、お母さん下の事務所にいるからまた迎えに来るわねー。なんてにっこりと笑顔付きで去っていった。え、マジか。こら、ズボン脱がそうとすんな。


「かなめくん、大人気だったわねー」

現在昼の2時。
あらゆる年齢の子供に揉みくちゃにされ、疲労困憊である。当の子供らはと言うと現在はお昼寝中である。午前のお昼寝時間は全然寝てなかったからご飯後のお昼寝時間は、全員が熟睡している、らしい。先生論。

勿論、ここには専属の保育の先生なる方がいるのだが、初めて顔を見せた俺は大人気らしい。ずっと子供にひっつかれていた。しかも遊べとせがむ声が四方八方から。俺一人しかいないからね!分身できないからね!と何度叫んだことか。覚えてない。

しかも結界で作ったトランポリンの人気さとくれば…。ずっと出しっぱなしで良い訓練になったわ、ホント。弾みすぎないの微調整。子供が何人も無理やり乗ってくるからそれの耐久を強めたり。

「んー…」

お昼寝の最中だというのに、一人の子供に手を握られ動くこともできない。いや、手を外そうと何回か試したけど強く握られて外れなかったんだよ。先生にはくすくす笑われる始末。

「かなめくんが来てくれると先生助かっちゃうわ」

にっこり笑顔。あはは、と乾いた笑い声しか出なかった。いや、ホントに子供って体力お化け。全力で遊びにかかってくるからこちらもそれ相応に対処を要される。保育の先生ほんとすごい。

………………………

「かなめ帰りましょうか」

漸く母が顔を出した頃には日がとうの昔にくれてしまっていた。結局俺は一日中子どもたちの遊び相手と言うなの遊び道具となっていた。お昼寝から復活を遂げた子どもたちは体力を全快にさせていたものだから尚の事。

「疲れ切ってるわねぇ。どうだった?」
「どうだったも何も、見ての通りだけど」

疲れた。と漏らせばくすくす笑われる。

「今日はずっと子供ちゃんたちのお守り、してたの?」
「そりゃあ、あそこに放置したの母さんじゃん」
「あら、別に子守してね、てお願いしてないわよ?」
「は?」

思わず口から出た声。いや、だって母の意図が読めない。事務所に来るかと言われたからついていき、挙句の果には保育園に放置。で、子守は別にしなくても良かったとか、どういうこと?

「私が言ったのは、外へ出さないこと。あれだけ活発な子がたくさんいれば脱走しちゃう子もいるでしょう?」
「まぁ、うん」

そりゃあ脱走兵の一人や二人はいたけど。結界で捕えば問題なかったし。そういえば、今日無想使ったっけ?いや、子供たちのあの騒がしい中で全く使ってない気がする。そうだ、今日、俺。

「あら、答え見つけた?」

考え込んだ俺の思考など見透かしたように母から声がかかる。あぁ、そういう事ね。

「今日一日、無駄にしちゃったなー」
「あら、一日で気づくなんて早いとお母さん思っちゃったわよ。流石かなめ」

よしよし、と撫でられる頭に思わず照れる。いや、だってこの年になると撫でられることなんかないじゃん。

「母さん、明日もついていってもいい?」
「いいわよー、しっかり揉まれてきなさい」

翌日、リベンジしに母とともに事務所を訪ねたが。まぁ、そんな思いとは裏腹に子供たちのいいおもちゃになっただけであった。くそ。

prev|next
[戻る]