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相変わらず混雑している車内。ぎゅうぎゅう詰めの中、吊革を死守しながらくわりと大きくあくびを漏らす。眠い。

「んで、2日間の休みは幼稚園児に潰されたのか?」
「そー…。ホントに体力お化け」

俺って体力も課題かもしれない。一定の大きさ、強度、あの時は弾性だったけど保とうとすればすぐに力尽きてしまう。無想をしようにもあんだけ揉みくちゃにされたらなかなか出来ないし。いや、出来るようにしなきゃだけど。

「そういや、職場体験の指名今日発表だったっけ?」
「確かそうでしょ。鋭児郎たくさんきてそ」

ガチガチのバトル系ヒーロー事務所からとか。俺は最終まで残れなかったし微妙だな。うーん…。

「ねぇ、君たち」

ポツポツ鋭児郎と話をしていると突然投げかけられる声。その声の方へと首を向けると若めの男性がこちらを見ていた。あれ、うるさかったかな。

「はい?」
「雄英の子たちだよね。テレビ見てたよ」
「隣の子は最終まで残ってたよな。思わず熱くなったぜ」
「君地面に落ちてた子だよね、体大丈夫だったのか?」

その言葉を聞いてか、周りから視線が集まる集まる。ホントに雄英体育祭て結構な人口が見てるモノなのだと改めて実感する、が。俺の事心配してくれるのは有難いけど、地面に落ちた子って言うのやめてほしいな!いや、落ちてたけど!

「あ、最寄り駅」
「すんません!降ります!」
「頑張れよー、雄英生!」

なんて、朝から明らかに俺たちよりも大変だろう社会人から激励をもらい、発車ベルの鳴り響く駅のホームに降り立った。


………………

じとりと、どこか肌にまとわりつく湿気。土砂降りとまでは行かなくとも、しとしとと降り注ぐ雨はどこか重く感じる。そういえば、あの日もこんな天気だったか。

「おはよー」

賑やかな廊下を抜け、更に賑やかな1-Aの扉を開く。やけに賑やかに感じるのは2日ぶりの学校だからか、それとも体育祭の興奮が抜けきっていないのか、どっちもありそうだけど。

「おはよう!聞いてアタシ超声かけられたよ、来る途中!!」

芦戸がどこか興奮したように自身を指差し笑う。足戸最終まで残ったし、結構目立つ外見だもんね。声かけられそう。

「俺も!」
「俺なんか小学生にドンマイコールされたぜ」
「「ドンマイ」」

瀬呂は納得行かないように口をへの字に曲げている。でも仕方ない。轟VS瀬呂のあまりにも圧倒的な差を見せつけられたあの戦いもかなりインパクトがあった。それに同情するドンマイコールが会場を包んだことは瀬呂にとっては苦い思い出だろう。あ、チャイム鳴った。

「おはよう」

いつもと同じように時間ピッタリに扉をくぐった相澤先生の顔には、あのおどろおどろしい包帯はなかった。代わりに以前はなかった右目の下の傷が無傷では済まなかったことを物語っている。個性に影響、出ないといいけど。梅雨ちゃんも相澤先生の顔を見てぱっと明るい声を上げる。梅雨ちゃん気にしてたもんね。

「んなもんより、今日の”ヒーロー情報学”ちょっと特別だぞ」

特別、の言葉に声には出さず気配がざわめく教室。一体何か。あの文字の洪水みてると眠くなるからやめてほしい。けど寝れない、なぜならば相澤先生の授業だから。寝たら絞められる。

「”コードネーム”ヒーロー名の考案だ」
「「「「「胸膨らむヤツきたぁぁああ!!!」」」」」
「うぇ?!」

え、そんなに?そんなに感極まるもの?なんか一瞬にしてみんな跳ね上がったんだけど何事!?んでもって先生の目が怖いから皆座ろう!?

「というのも、先日話した”プロからのドラフト指名”に関係してくる。指名が本格化するのは経験を積み、即戦力として判断される2、3年から…つまり今回来た指名は将来性に対する興味に近い」

へぇ、なんか野球みたい。指名制でその中から選ぶわけね。で、指名がなければヒーロー事務所には所属できないシステムなのかな?なかなか卒業後も厳しい世界なんだね、ヒーローて。

「で、その指名の集計結果がこうだ」

黒板に表示されるスコアグラフ。びよーんとひときわ長い棒グラフが2つ。あとは小さいものが少しあるだけである。上の二人の指名件数すごい。

「だー、白黒ついた」
「見る目ないよねプロ」

プリプリ怒りながら青山は黒板を睨みつける。そういえば青山と上鳴は最終出てたのに指名ないんだね。ん?てか、爆豪と轟…、轟のが指名多くない?

「1位2位逆転してんじゃん」
「表彰台で拘束されるやつとかビビるもんな」
「ビビってんじゃねーよ、プロが!!」

いや、あれはビビるよ爆豪。だってめちゃ敵顔だったし。目釣り上がりすぎて原型なかったし、うん。仕方ない。

「これを踏まえ…指名の有無関係なく、いわゆる職場体験ってのに行ってもらう」

職場体験…これってちゃんとヒーローの活動が見学できる奴だよね?この間の母みたいな軽い詐欺まがいなことじゃないよね。

「それでヒーロー名か!」
「俄然楽しみになって来たァ!」

うーん、ヒーロー名。オールマイトとか、先生のイレイザーヘッドとかそういうのだよね。え、俺名前とかつけるセンスないんだけど、おまかせとか駄目なの?

「まァ仮ではあるが、適当なもんは…」
「付けたら地獄を見ちゃうよ!この時の名が!世に認知されそのまま、プロになってる人多いからね!」

ヒールを鳴らしながら教室へと現れたミッドナイト。てか、仮の名前が世に広がるとか恐ろしくない?ホントに変なのつけられないじゃんか。

「将来自分がどうなるのか、名をつけることでイメージが固まりそこに近づいていく。それが”名は体を表す”ってことだ」





将来…か。







みんなが真剣に考え込む中。将来、という漠然としたものに考えを巡らせた。前世では異能者の一人として、高校の時分から夜行に加入し、戦闘班の一員として動いていた。

それはせざるを得なかったことであり、殆ど引かれたレールの上を辿っていく人生だったと、今では思う。まぁ、あちらでは異能者は特殊であったからより仕方がなかったのだろうけど。

ーーーだから、将来。なんて考えたことなかった。


いかに強くなるか。


この現状を改善するか。


それくらいしか考えてなかったんじゃないか。だから、将来の自分とか、思い浮かばない。

ぼんやり考えを巡らせていれば、時間となったのか次々と壇上へと上がり発表していく皆。洒落たヒーロー名が上がっていく中。”結界師”じゃ堅苦しいのかな、なんて思ってしまう。

いや、もっと堅苦しいてか、暴走族のようなコテコテ漢字があったけど。鋭児郎の”烈怒頼雄斗”みて思わず吹き出しそうになったのは許してほしい。いや、ほんとに好きだね、紅頼雄斗。

「思ってたよりずっとスムーズ!残ってるのは再考の爆豪くんと、飯田くん、緑谷くん、あとは夜守くんね」

え、もうみんな決まったの?!早くない?

未だに真っ白な手元の紙を見下ろし、ぐるぐる回る思考の中でどうにか何かを引き出そうと頭を抱える。やっぱり”結界師”くらいしか思いつかない。

そういえば、昔もこんなことあったっけ?





曇天の空。
しとしとと雨の降りしきる中、濡れ縁からぼんやり空を見上げたまま、横から向けられる視線に対してぽつりぽつりと言葉を漏らした。

(お前、一体なんて呼べばいいんだよ)

もう顔すらぼんやりとしか見えない相手は、ツンと唇を尖らせ不満そうに言葉を転がす。

(……結界師は他の結界師と被るし、雪村も雪村いっぱいいるし、下の名前は…あんま好きじゃない)
(じゃあなんて呼べばいいんだよ!おまえー!!)

地団駄を踏み鳴らしながら俺へと詰め寄るそいつの間にもう一人、口元に笑みを浮かべながら入ってきた人がいる。

(なんでもいいよ、勝手に決めといてー)
(おまっ、自分の呼び名ぐらい自分で…!)
(いい名前思いついたよー!………、……いいでしょ!)

名案だ!というようにキラキラ目を輝かせながら話すその人の言葉に耳を傾ける。その言葉はストンと、俺の中に落ちてきた。その人に向けていた視線を空へと戻した。雨は、いつの間にか上がり、太陽も顔を出し始め空が赤く染まる。

(…じゃ、それで)







ーーーああ、あったじゃん。大事な、名前。




ざわりと、教室内が揺れる。考え込んでいる間に緑谷が”デク”と書き込んだボードを皆に提示していた。どこか誇らしげに、胸を張っている緑谷が微笑ましい。

「さて、あと一度も出してないのは夜守くんだけど、考えついたかしら?」
「あ、はい」

うーん、変な緊張感。皆の視線が壇上へと集まり、くるりとひっくり返したボードへと注がれる。


「”東雲 シノノメ"、これにします」
「随分とシンプルなヒーロー名ね。個性とも関係ないみたいだし…」

え、これって理由も言わなきゃいけない感じ?え、マジで。そういえばみんなもなんか言ってたっけ。マジか。

「えーと…、」

黙りこくってしまった俺にミッドナイト先生がフォローを入れてくれる。まぁ、そりゃあ麗日みたいに個性と名字を合わせてたりするとわかりやすいけど俺の、全く関係ないもんね、そりゃあ不思議だよね。意を決して、口を開いた。

「昔の、大事な人達に付けてもらった名前です。”いつも夜明けを待ってるから、アンタが光になればいい、だから東雲”って。…微妙ですかね?」

うーん、なんか言ってて恥ずかしくなってきた。結構気に入ってる名前だけど由来がなぁ。うん、穴掘って篭ってもいいですか?

「思いの篭った名前。いいじゃない」

ニッと笑うミッドナイト先生に合格点を貰えたのだとホッとする。もう一度、名前の書かれたボードを見遣る。

“東雲”

もう、馴染みの声で呼んでくれる人はいなくなったけど、こちらの世界でも呼び続けてもらえることに、思わず頬が緩んだ。

「さて、ラストは…再考の爆豪くん!どうかしら」

ズンズンと臆することなく壇上へと上がり、ガンッとボードを叩きつけるように見せつけた名前、は。

「爆殺卿!!!」
「違う、そうじゃない」

爆豪、爆殺から離れようよ…あ、チャイム鳴った。

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