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ヒーロー名を決めた授業後、職場体験のリストが各々に配られた。指名がなかった生徒に対しては学校側からオファーしたヒーロー事務所40件の中から選べと一覧を配布されたのだが。

「…?先生俺のとこに一枚紛れ込んでません?」

40件のヒーロー事務所の他にほぼ余白の紙が一枚。一番上には一つだけヒーロー事務所名が書いてある。誰かのリストが混じったのかな。ペラリとそれを先生へ渡せば即座に突き返された。なぜ。

「おまえ、自分の指名件数見てなかったのか。1件あっただろうが、それだ」
「へ?」

あれ、俺に指名なんか来てたっけ?なんか他のメンツの数がすごすぎて見逃したのか?いや、そもそも自分の名前探してない時点で見逃してても不思議ではない。先生に一言謝ってからそのヒーロー事務所の名前を舌の上で転がす。

「瑠璃揚羽ヒーロー事務所…?」

………ん?



職場体験、当日。

学校最寄りの駅に、相澤先生に引率されながらA組面々はコスチュームバックを携え集まっていた。各自がこれからお世話になるヒーロー事務所へ向け手出発する中。俺も一人、別の路線の電車へと乗り込んだ。平日の昼頃、通勤ラッシュを過ぎた時間であろうと学生服かつ、雄英の制服かつ、コスチュームバックを持っていればそれなりに目立つもので…、やけにじろじろ見られるし、体育祭のまだ名残があるのか何人かに声をかけられて辟易とする。こんな時、一人って寂しい。

ヒーロー事務所の最寄り駅を降り、大通りを南へ進む。一つ路地に入ったところに、4階建てのヒーロー事務所はあった。

てか、今度こそホントにヒーロー活動を見せてもらえるのだろうか。少々、いや、かなり不安である。

口元を引きつらせながら、ヒーロー事務所の扉を潜った。ちょうど近くを通りかかった女性があ、と声を上げた。それに一礼し、相澤先生に挨拶はちゃんとしとけよ、の教えに従い述べる。

「あの、今回職場体験をさせて頂く雄英高校の夜守かなめです。よろしくお願いします」
「うん、聞いてるよ。というより前も来てたじゃないのかなめちゃん。畏まる必要ないのにー」
「いや、今回は生徒としてお世話になるので…」

あは、と苦笑いが漏れる。
1件だけあった指名。何処かで聞いたことのある”瑠璃揚羽”の名前。家に帰ってから母に聞けばあっさりと「指名、出したわよ」と一言。マジっすか。いや、それで職場体験に選ぶ俺も俺だけど。

いや、でも母のヒーロー活動を実際に見てみたいのは本音であり、他の40件のヒーロー事務所より魅力を感じたのは事実である。ので、職場体験に来たのだが、うーん、やっぱり気まずい。

母のもとへと案内される中、見かけた人達に挨拶していけばまぁ、好意的な人とそうでない人、無関心な人様々であるがなんとなくわかる。そりゃ事務所のリーダーの息子が来たらいい気はしない人もいるよね、うん。

でも母の仕事を見たいのは本音なので、まあり気にしないことにする。
部屋の、一番奥の窓際。朝も見た姿の母が数枚の書類を片手に電話をしている最中だった。うん、キャリアウーマン。

「あら、電話中だったね。ここ座ってて、お茶持ってくるねー」
「え、いやお構いなく」

いやホントに、立っときますよ俺。一人ポツンと残された俺は母さんの仕事内容見聞きするのもなぁ、とぐるりと周りを見渡した。一人にひとつずつあるのか、机がところ狭しと並び、その机の上には机によってかなり色が違う。きっちり整頓されていたり、はたまた書類が無造作に置かれていたり、お菓子やペットボトルが並んでいたりと様々である。

ふと、視線をちょうど開いた扉へやるとこの場で初めて男の人を見た。向こうも俺に気づいたのか、目があった気がしたけれどそのまま視線をそらされた。挨拶できなかった…。

「お待たせ。座って頂戴」
「雄英高校の夜守かなめです。一週間よろしくお願いします」
「はい、よろしくね。出払ってる子達もいるから全員はいないんだけど後で紹介していくわね。で、早速だけど、わたしたちヒーロー事務所の実務について話をするわね」

職場体験、一週間をこの事務所で受けるにあたって母と交わした約束がある。
勤務中は事務所ヒーローリーダーと雄英生徒として接すること。
当たり前だけど。親のヒーロー事務所に来たからと言って家にいるわけじゃないからもとよりそのつもりだった。しかし、どうしても親の七光りというかなんというか。やっかみは買うだろうし、気を使われるだろうし。まぁ、母も予め話を通してくれてはいるようだから気にしなくてもいいとは言ってくれたけど。

「基本は犯罪の取締。地区ごとに一括して警察から要請が入るわ。そして、逮捕、人命救助等の貢献度を申告、専門機関で調査されてその後に見合ったお金が振り込まれるわ」

つまり活躍の程度に応じてもらえる給料が違うわけね。地区ごとに一括して応援要請が入るとなると変な言い方すると獲物は早い者勝ちってことなのかな?どこも弱肉強食の摂理は変わりないのね。

「時折地区関係なく警察から召集されはこともあるわね。まぁ、稀ではあるけど。あとは、副業が認められてるわね。うちにも副業してる子が何人かいるからもし気になるなら聞いておきなさいね」
「はい」

副業…一体何をしてるのか気になる。聞きやすそうな人がいたらきいてみよう、うん。

「じゃあ、とりあえずコスチュームに着替えてきて。それから実際に見回りに同行してもらうわね」
「よろしくお願いします」

一礼して、更衣室へ案内される道中。やけに視線を感じたのでそちらを向けば、先程目のあった男の人が睨みつけるようにこちらを見ていた。…こわい。

「瑠璃揚羽、さん」
「アゲハでいいわよ。なぁに?」
「あの、男の人って」
「…ああ。彼ね、最後まであなたの受け入れ反対してた子よ。ヒーロー名ジン、風を操る個性ね」

良い子なんだけど、まあできれば仲良くしたほうがいいわよ。なんてあっけらかんと言わないでほしい。ほら、今だってめちゃめちゃ睨まれてるし。

「ああ、そういえばジンとあなたを組んでる日もあるから、頑張って」
「え、」

ちょっと待って、なんて伸ばしたては無情にも空を切り、パタンと扉は閉ざされた。いや、あの状態のジンさんと俺組むってどんな神経してるんですか母さん、いや、アゲハさん。

なんとまあ、波乱の予感しかしない職場体験になりそうだ。今って始まってまだ一時間も経ってないよね?え、どうしよ。

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