29


なんだかんだ、かなり不安もあったけど今の所はそんな大きな問題もなく職場体験3日目を迎えた。

ちょっとした事件の避難誘導、見回り、そういえば見回り途中に引ったくりがいたから結界で捕獲したら褒められた。

後はアゲハさんにしごかれたり、他のヒーローの方と手合わせしたり。うん、なかなか有意義なんではないだろうか。ちゃんとヒーロー活動見せてもらえてるのが一番嬉しい。

そんなこんなで本日3日目。挨拶をしながらヒーロー事務所に入り、一番奥にいるアゲハさんのもとへたどり着く前に、アゲハさんと話し込んでいるジンさんが居たので後方で待機。だいたいのヒーローの皆さんとは話ししたり見回りに同行させてもらったりして交流が持てているが、ジンさんは未だない。でも組んでるって言ってたからそのうちお世話になるんだろうけど、それまでに少しでもあの鋭い睨みを緩和できないだろうか、いや無理か。

話が終わったのか、くるりとこちらを振り返ったジンさんから強烈な舌打ちをいただきました。あ、挨拶…。

「…おはようございます」
「…」

どうやら虫の居所が大変悪いようです。チッと舌打ちを頂きらジンさんはそのまま一歩後ろに下がってあいているソファに腰掛けた。ん?用事終わったのかな。

「おはようございます、アゲハさん」
「はい、おはよう。早速なんだけど、今日は少し遠出してもらうわね」
「はい」

遠出。今まではこの近辺の見回りくらいしか行ったことがなかったが遠出とはどこまで行くのだろうか。クエスチョンマークばかりが頭に浮かぶ。その様子を見たアゲハさんは何枚かの書類を手に取りながら話を始めた。

「うちの事務所、”予知夢”の個性持ちの子がいるんだけど、その子が保須市で今日の夕方嫌なものが見えたっていってるの。保須市は比較的ここからも近いし、その嫌なことの規模がどの程度かわからない以上、こちらにも被害が出かねない。その近辺への見回りも今日するわ」
「わかりました」

保須市、といえばニュースでヒーロー殺しが出たところじゃなかったっけ?随分物騒なことが続くのね保須市。

「で、あの子が嫌なものって言う時は大概誰かの血が流れるとき、今回は私とジンが行くわ。ついでにあなたも。ま、社会勉強ね」

あ、それでさっきの舌打ちですか、察した。ちらりと、ソファの方を見ればじとーと睨みつける視線が刺さる。ほぼ初めて正面から見るけど若い。あんまり年齢変わらないんじゃないだろうか。

「よろしくお願いします。夜守かなめです」
「…足手まといだけはなるなよ」

それだけ言い放つと何処かへと行ってしまった。その後ろ姿を見送りながら思わず息を吐き出す。気まずい。とりあえず邪魔にならないように頑張ろう、うん。

「まだジンと打ち解けられてないのね。あの子もねえ…。さぁ、着替えてらっしゃい、いくわよ」


……………………



薄い雲が街を覆い、実際の時刻よりもかなり暗く、嫌なほどに赤い夕焼けがあたりを照らしている。

アゲハさんとその隣を歩くジンさんの後ろを歩きながらきょろりと周りに視線を向けた。いつもと変わりのない風景。見回り経路よりも広い範囲、保須市の近辺にまで来ているが今のところ変わった様子はない。

“予知夢”。文字どおり夢を見ている間、近々起きることが夢に現れる。それは自分自身や親しい人たちのことであればより鮮明に、自身とはあまり関係ないものはぼんやりとしか感じることができないらしい。

今回の予知夢でもかなりぼんやりとした予知しかできなかったらしい。しかし、保須の文字、血の赤、黒煙、刃物。断片的にそれだけが鮮明に見えた、と。

それだけで考えると保須市で、事件が起こって誰かの血が流れ、犯人は刃物を持った人ってことなのかな。うーん、どこをとっても物騒だ。

「今のところ、異常は無いっすね」

前を歩いているジンさんがポツリとつぶやく。かれこれ数時間は見回りをしている。予知夢では時間まで正確に把握が出来なかったようであるため、こうして時間をかけて見回りをしているわけだが。

「そうね。まぁ、見回りも大切な仕事よ。ずっとデスクワークは疲れちゃうしね」

そういえばアゲハさんが見回りするのは俺が事務所見学に来てから初めてではないだろうか。やっぱり見回り組とデスクワーク組と分かれて仕事してんのかな。

「そうそう。今日帰ったらジンが夜守くんの手合わせしてあげてね」
「は!?」
「毎日交代制なのは知ってるでしょ、今日あなたの番よ」
「なんで俺がこいつに!…他のやつにさせりゃいいでしょ!」

噛みつかんばかりの勢いでアゲハさんに詰め寄り、俺を指差すジンさんに思わず一歩仰け反った。指刺さる。てか、そんなに断固反対の人押しのけてオーケー出したんですね、アゲハさん。しかし、ここまで毛嫌いされてるとは思わなかった。どれだけ嫌われてるの、俺。

「何でそんなに嫌がってるの?たかが職場体験でしょう」

アゲハさんは片眉をあげ、ジンさんを見上げた。え、今する?本人目の前にいるんですけど。これ以上いろいろ抉られたくないんですけど。

「、コイツが…!」

考え込んだあとこちらを一睨みしたジンさんが口を開け言葉を紡ごうとしたとき。ドンッ!と重たく衝撃の強い爆破音が響き渡った。

慌て始める周りの人。状況を把握しようと周りを見渡しても高いビルに覆われてここにいては何も見えない。途端に巻き起こる風、先程まで隣にいたジンさんの姿は見えない。

「アゲハさん、個性って使ってもいいんですか?」
「…何に使うのかしら?」
「状況把握、どこで何が起きてるのか大まかにでも分からないと避難誘導もできないですし」

俺は雄英高校の生徒。今、個性の使用決定権はその指導者であるヒーロー事務所にある。その許可が出なければ個性の使用は認められない。

じっとみつめるアゲハさんを横目に空を見上げる。焦げ臭さも、黒煙もまだここには届いていない。

「個性の使用、認めるわ。ただし!私が見える範囲に限定するわ、危険だと思えば必ず逃げること。できるわね」
「もちろん」

使用許可に思わず口元が上がる。いつもと同じように胸の前で印を結び、結界を形成させた。助走をつけ、それに飛びうつり、先の結界へ足を伸ばしビルの上まで駆け上がる。

ビルにも遮られない、一望できる高さまで上りぐるりと周りを見渡す。あった。黒煙と共に赤い炎が上がり耳をすませば破壊音が聞こえてきた。あちらの方向は保須市だし、間違いなさそうだ。にしても思った以上に近い。が、被害範囲もそれなりに…なんて思っていれば別のビルの一部が突然崩れ落ちた。その振動が伝わったのか、眼下から悲鳴が上がる。なんか、規模の把握が難しそう。複数いるなら今以上に被害が増える可能性もある。とにかく下に降りようと結界を解除する。

途端に重力とともに早いスピードで落下する。狙いを定めて弾性の結界作れば降りれるな、と自己完結し目標落下地点に方囲と定礎までし、あとは結界を、とぐっと力を入れた。が、突然落下予測位置にジンさんが現れた。え、ちょっ、俺そこに落ちる予定なんだけど!

「お前おちっ…!」
「ちょっ、どいてー!!」

ジンさんと接触するギリギリ、俺とジンさんの間に結界を形成し接触を逃れる。おかげで結界に背中打ち付けたけど!そんなに痛くないからいいけど!なんでそこにいるのかな!?

「お前!なんで落ちてくんだよ、あぶねぇだろ!?」
「真下に結界作ったら問題ないですよ。てか急に現れないでください!心臓に悪い!」

どこか折れますよ!ポキッと!ぎゃいぎゃいお互い言い争いをしていると背後からぐわしっ、と頭を押さえつけられた。あ、ヤバイ。

「君たち、言い争ってる暇が今あったのかしら?」
「「いえ、ありません」」
「お説教は後。状況を説明してちょうだい」

ぺちん、と頭を叩かれアゲハさんに向き直る。そうだ、今は学校の授業中じゃない、現場だ。

アゲハさんの喝にジンさんの表情が変わる。どうやらジンさん自身も状況把握をするためにビルの上へ上がっていたらしい。さっき体に感じた風はジンさんの個性か。

「爆発は保須市方面。大通りの道を二本ほど北へ上がったところ。今のところ被害は一ヶ所で、」
「あ、二ヶ所です。さっき爆発地点とは別のビル一部が崩壊してました」
「あ?」

報告最中に訂正を入れるとガンを飛ばされた。いや、だってホントのことだし、間違った情報は訂正しなきゃいけないじゃん。

「さっきの振動はそれね。ほとんど時間おかず二ヶ所で異常があるのは複数である可能性が高いわ。思った以上に近いから私達も行くわよ」

いつの間にか先程までざわついていた市民がいなくなっていた。もしかして俺とジンさんが言い争ってる間に避難誘導してたのかな。仕事早すぎる。

「飛びます。アゲハさん、乗ってください」
「あなたの定員一人でしょ。それしちゃうと夜守くんがついて来れないじゃない。走るわ…」
「俺ついていけます」

片膝をついてアゲハさんを見上げるジンさんと首を降るアゲハさんを見つめて答える。目標さえ見失わなければついていけるだろう。ジンさんがどれくらいのスピードで飛ぶのかは不明だけどこっちだってあの体育祭で轟と爆豪のトップ二人とスピードなら負けてなかったし。

「ジンのスピード見たことがないのに?断言できるの?」
「ついていきます」

しばらくお互い見つめ合っているとアゲハさんが諦めたように小さく息を吐き出した。わかったわ、の言葉に声を荒らげるジンさん。そんなジンさんを尻目に背中に結界を作り、その上に飛び乗るアゲハさん。おお、そうやって移動するのね。この間の俺と梅雨ちゃんみたい。ちらりと、横目に俺を見てポツリと呟かれた。誰に似たんだろう、と。いや、明らかに。

「あなたですよね」

母譲りだと思いますよ、うん。


prev|next
[戻る]