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個性”風”。
途端に感じる風。周りに旋風を起こし、その風力をバネに一気に頭上まで飛び上がった。なるほど、早い。でも、追いつけないほどの速さじゃない。
「結」
ピンッ、と結界をビルに沿って形成し、それを踏み台に一気に駆け上がる。後は靴の裏に作った結界の弾性でぴょんっとビルを飛び越える。視線の先をゆくアゲハさんたちを捉え、そちらへ向かって足を踏み込んだ。
意外にも俺がついてこれているか心配しているのはジンさんのようで、ちらちらこちらを見ながら黒煙の上がっている方へと向かっている。なんか、ジンさんって思ってたのと違うのかな?なんて思ってしまうくらいだ。どことなく俺への気遣いがちらほら見える。いや、アゲハさんに迷惑かけてんじゃねぇぞ、ていう監視かもしれないから一概には言えないけど。
ホントに近い現場にたどり着き、ビルの上で俺を待っていたアゲハさんたちの隣に立つ。眼下では予想以上に惨劇が繰り広げられている。抉られたアスファルト、横転し、炎上するバス、ビル、引っ掻き回されているヒーローたち。その騒ぎの中心にいた男たちを俺の目が捉えた瞬間、あの時の悪寒が身体を駆け巡った。
「脳無…!」
以前USJにいた脳無と同じように脳みそむき出しの男が今回は二人いる。一人は巨体から繰り広げられる腕力に物を言わせ、もう一人は大きさ羽をばたかせ、ヒーローたちを翻弄している。なんで、アイツらがここにいるの。
思わず、周りに視線を巡らせあの奇抜な青髪がいないか確認するが、目視できる範囲にはいない。でもどう考えてもあいつの手下。この騒ぎはヒーロー殺しじゃなかったのか。
「かなめ」
凛とした、声が届く。このうるさい中でアゲハさんの声はよく通った。
「あの騒ぎの中心にいる男のこと、知ってるみたいだけど。あなたは避難しおくれてる市民がいたら避難誘導、いなければここにいなさい。他のヒーローたちがかなり手こずってる、危ないわ」
「でも!」
「あなたは今職場体験できている生徒。どっからどう見ても危ない輩の捕縛に携われなんて言えないわ」
アゲハさんが胸の前で印を結んだ。そして、空気が変わる。時間が止まったように、静かになる。
しゃらん、とどこからともなく現れたメタリックブルーの蝶。それを指先に止め、息を吸い込んだ。
「結」
途端に現れる、無数の結界。脳無たちの動きを止めるように腕や足に何重にも張られた結界。脳無たちもその拘束を破ろうともがくがミシミシと体から嫌な音が発せられるだけでびくともしていない。…すごい。
「おらぁっ!!」
周りも唖然としている中響いた声と殴打音。未だにバサバサと羽をばたつかせている脳無に風を纏った腕でジンさんが殴りかかっていた。周りで怪我をしていないヒーローたちも我に返ったようで、脳無たちへ攻撃を仕掛けている。
「かなめ、負傷してるヒーローたちの手助けをして、安全な場所まで行きなさい」
視線を脳無たちから外さないまま、アゲハさんが告げる。その額には汗が滲んでいた。
「あの男たち、すごいバカ力ね。私がいくら力注いでると思ってるのかしら」
パンッ、と一つ弾け消える結界。途端に振りかざされる暴力的な拳。その拳の先に、目を見開いたジンさんが見えた。アゲハさんも慌ててその拳を拘束しようと再度結界を練り上げるが、間に合わない。
「結!!」
何重にも重ねた結界を、ジンさんの周りに展開する。結界に阻まれ、重たい拳が一瞬止まった隙にアゲハさんが結界で再度拘束する。何かに気づいたようにあわてて後ろに飛び下がろうとしているジンさんの動きを認め、結界を解除した。
「そこをどけ!!」
声とともに現れる灼熱の炎。嫌な奇声を発してもがき苦しむ脳無たち。あたりにも圧倒的な個性。ざっざっ、と鳴る足音に目を向ければ炎を纏った、現ヒーローNo.2のエンデヴァーが肩を怒らせながら脳無たちへと向かってきた。
「こんな雑魚相手に何を手こずっている!ここは俺がやる、不利な個性の者はここに加勢へいけ!」
圧倒的な力、カリスマ性。統率力を失っていた現場が一つの力のもとに協調性を取り戻していく。未だに炎に焼かれ、もがいているが脳無たちをみやり、何人かの、先程まで個性故に手を出せなかったヒーロー数名がこの場から走り出し、別の場所へ加勢に向かった。
ビルの上まで届く熱。もがく脳無たちを拘束していた結界が二つ。パンッと消し飛んだ。
「「「あっ!!」」」
一斉に上がる声。翼を持った脳無が灼熱に焼かれるがゆえの最後の力を振り絞ったのか、アゲハさんの結界を振り切り破った。あっという間に飛び立つ。慌てて俺も結界で捉えようとするが、なんせ相手は飛んでいる。俺の結界をすり抜けて飛び去ってしまった。
「そこの女!なぜ最後まで拘束していない!?逃げられたぞ!!」
エンデヴァーがこちらを見上げ、アゲハさんに向かって怒鳴り散らす。その怒声に隣にいる俺も思わず肩をすくめる。エンデヴァー、こわっ。ちらりと、隣のアゲハさんを見やり体が震える。目が据わっていらっしゃる。
「確かにあの男に力負けしたのは私だわ。拘束が解かれたのも私の力不足、でも。わたしは捕縛特化。あなたが一撃で仕留めればわたしの結界も十分保てたわ。あなたもご自身の力不足を認知されてはいかがかしら?」
怖い。怒鳴り散らすエンデヴァーも怖いけど、静かに淡々と怒りを放ってるアゲハさんも怖い。てかNo.2に喧嘩売るアゲハさんの肝っ玉がすごい。チッ、とここまで聞こえる舌打ちをかまし、エンデヴァーはもう一人の脳無が飛んでいった方へと視線をやった。
「俺があちらを追いかける、お前たちはこの男を捕縛しておけ」
ずんずんと、大きな体の割に軽い身のこなしで駆けていったエンデヴァーを見送り深いため息が漏れた。寿命縮まる。
「かなめあなたの念糸であの男拘束しておいてくれないかしら。復活されたら困るから」
ふぅ、とため息とともに汗を拭ったアゲハさんに頷く。力を入れてひょろりと念糸を出し、脳無を捕縛すべく下へ降りた。他のヒーローたちとともに脳無を押さえていたジンさんが俺の左手から出てる念糸を見て目が飛び出さんばかりに見開いていた。なんでだ。
……………………
あれから警察へ脳無の身柄引渡し、それに加えて事情聴取をアゲハさんたちと共に軽く受けているとあっという間に夜の帳が落ちていた。
流石にあれだけの規模の事件にアゲハさんもジンさんも、かく言う俺も事務所に帰ってきた頃には疲労困憊になっていた。俺は主に、気疲れだけど。その後に現場で口喧嘩についての説教。ジンさんも別で説教を受けたらしいムスッとしていた。
「わたしは報告書書くから二人共上がっちゃっていいわよ。事件の影響で電車出てなかったら仮眠室使っていいわ。朝言ってた手合わせは明日ね、お疲れ様」
ちらりと一度だけこちらへ視線を寄越してからすぐに、報告書へ目を落としたアゲハさんに小さくお疲れ様でしたと告げて一礼する。
ジンさんにも同じように挨拶だけしようと近づいていけば面貸せ、との一言。え、今からシメられる?前をズンズン歩いていくジンさんに恐る恐るついていけば、何故か自販機の前にきた。え、ここでシメられるんですか。
「…好きなの選べ」
「へ?!」
「好きな飲みもん選べっつぅてんだよ!」
「え、じゃあコレで!」
なんかわけのわからないまま飲み物選べと言われてとりあえず目の前にあった無難なカフェオレを指差す。なんで怒鳴られてるんだ俺。
クエスチョンマーク生産機となりつつある俺を尻目にガコンっという子気味いい音が自販機から発せられる。ん、と渡された手には俺が指差したカフェオレ。
「ありがとうございます…?」
「なんでそこで疑問符なんだよお前…」
いやだって、なんで買ってくれるのかわけわかんないし。仕方ないではないかと、思わず口を尖らせるが何も言うまい。いったが最後何倍返しもされそうで怖い。
自販機の横に設けてある椅子に腰掛けて俺を手招きしたジンさんはいつの間にか買っていたコーヒーのプルタブを引上げ、飲み始めていた。恐る恐る一人分くらい空けて腰掛ければ流れる無言の時間。うん、何喋っていいかわかんない!
「…、」
ポツリと、隣のジンさんが何かを呟いたような気がした。全く聞き取れなかったけど。聞き返したら舌打ちを頂きました。挫けそう。
「…悪かったな」
「へ…?」
急に変なこと言うから変な声が出てしまったではないかとジンさんを見遣れば、どこか気まずげに視線を彷徨わせている。え、なぜ。
「お前思ってたよりも嫌なやつじゃなかったわ」
えーと、それは一体何の情報で嫌な奴認定を受けて、なにをもってそれが少し緩和されたのでしょうか。説明プリーズ。詳細もプリーズ。
「けど、あの時の脳筋男の攻撃はお前の手助けなくても避けれたからな!お前顔死んでっからさっさと寝ろ」
え、なんだろこの遠回りすぎな言葉たちは。勝手に直訳するとこのカフェオレはアレのお礼みたいなものなのだろうか。え、わかりにくすぎる。今にも噛みつきそうなくらい睨みつけられているが、どこか不器用そうなこの男の人を見ているとそんなに怖くないかもしれない。なんで俺の周りって一定の割合でこんなに不器用な人が多いんだろうか。
「とにかく!さっさと仮眠室行って寝ろ!シャワー室は三階!明日はボロクソにしばいてやるからな!」
ふんっ、と鼻息を荒げドスドスと事務所から出ていった背中を見つめる。その背中が見えなくなってからぶはっ、と詰めていた笑いが吹き出した。何なのあのツンデレ。耳真っ赤だったんだけど。よくぞ、ジンさんが見えなくなるまで我慢できた俺。
くつくつと、俺のツボにはまってしまったらしい笑いが収まるまでもうしばらくかかった。
(なんか緑谷からライン来てる…なんだこれ)
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