31


職場体験残り2日は主にジンさんにしごかれながらあっという間に過ぎてしまった。ガチでしごいてくるんだもん、容赦ない。あの保須市の事件のあとは何をきっかけにか、やたらとツンデレながらも面倒を見てくれたのはジンさんだった。事務所のみなさんいわく嫉妬じゃない?と言われて怒鳴り散らしてたけど。

「一週間お世話になりました」

ペコリと頭を下げればお疲れ様―、と帰ってくる言葉たち。来たときと同じようにコスチュームカバンを片手に、更にはお菓子とジュースまでもらってしまい両手が塞がってしまった。しかもどんどん詰められてさらに袋がパンパンになっている。いや、そんなにいらないです、はい。

「でもまぁ、いつでもいらっしゃーい」
「そうそう、ジンくんも喜ぶよー」
「うちのちびっこたちも楽しみにしてるから明日も来てくれてもいいよー」

くすくす笑うお姉さん方に苦笑いが漏れる。今この場にジンさんがいなくてよかった、絶対恐ろしい形相で否定しにかかるもんな。ちなみに今はジンさんはお仕事中。

ガチャリとあいた扉から顔を出したアゲハさんも今気づきました、というようにキョトンと一時停止してから口を開いた。

「そういえば、今日が最終日だったかしら?」
「そうです。一週間お世話になりましました」
「はい、お疲れ様でした。無想の切り替えも、外部情報が蔓延している中でもだいぶできるようになってきたわね。このまま頑張りなさい。今回の体験があなたの糧に少しでもなることを祈ってるわ」

事務所の人にしごかれながら無想の訓練もしていたけれどやっぱり外部情報が多いとそちらに気を取られてなかなか移行できない。そりゃあ以前に比べて随分マシにはなってきてると思うけど、やっぱりなぁ。

…時々ここに来て子どもたちに揉まれよう。それが一番手っ取り早い気がする。

よし、そうと決まればとにかく今日はさっさと帰って…。と意気込んでいるとバンッと大きな音を立てて開く事務所の扉。その音に一斉に視線が扉へ集まると開けた張本人であるジンさんがビクリと肩を震わせた。いや、びっくりするならゆっくり扉開けたらいいのに。それとも何か急ぎの用事かな?

「夜守!」
「え、俺?」

あんなに急いで扉開けて用事会ったの俺ですか。ずんずんと目の前まで恐ろしい形相で詰め寄ってきた割に、何かを発しようと開けた口は言葉を紡ぐことなくむぐむぐと閉じられた。一体何を言われるのか。

目の前で待ちぼうけを受けている俺よりしびれを切らしたのは、周りでニヤニヤ笑っているお姉さんがたである。囃し立てながらも顔がさらにニヤニヤしてるから余計ジンさんがイラッとしているのが見て取れる。いや、被害受けるの俺なんです。

「お前まだ俺から一本も取れてねぇだろ!」
「え、あんたたち剣道でもしてたの」
「そんなんでヒーローになれると思うなよ!」
「ジンくんの許可なくても資格取れたらなれちゃうねー」
「ちょっと黙っててもらえません!?」

うおお、ジンさんがイジられてる。この事務所でのジンさんの位置づけっていじられキャラなのね。

「お前が俺から一本取れるようになるまで俺が稽古つけてやるよ!」
「チョー上から目線だねー、ジン」

いじられたことに腹が立ったのか、お姉さん方に向かって飛びかかり、アゲハさんの結界に弾き飛ばされていた。何してるんだ、あの人。

「ジンくんってさー、君が来ることに猛反対してたんだけどね。君がアゲハさんの七光で努力してないやつとは別物だって気づいてからは仲良くなりたかったみたいよー」

だからまた遊びに来てあげてねー、なんてあなたはジンさんの母親ですか。床に座り込んでいるジンさんと目が合い、思わず笑みが溢れる。そんなのこっちのほうから、

「ジンさん、俺の方こそよろしくお願いします」

お願いしたいくらいだ。




……………………………




一週間ぶりに登校する雄英高校。鋭児郎はフォーカスカインドさんという任侠ヒーローのもとで揉まれてきたようだ。任侠ヒーローて、それほんとにヒーローなのかと疑ってしまう。任侠ヒーローの名に恥じぬ威圧感があったらしい。お茶の入れ方から教わったとか…、うん、一から教育受けてきたのね。

鋭児郎と共に教室へ足を踏み入れる。見渡す限り周りのみんなも職場体験の話で盛り上がっているようだ。ぶふぉっ!と誰かが盛大に吹き出したような笑い声が教室に響いた。声の現況を見遣れば先程一緒に登校してきたはずの鋭児郎で、目の前には金髪の…あんな頭したやついたっけ?

誰だろうかと興味本位で除き込み、思わず吹き出して笑う。いつもの金髪の8:2に撫で分けた髪型をした、まさかの爆豪!なに、職場体験で何があったの、改心したの!?似合ってなさすぎる。

盛大に腹を抱えて笑いこけている鋭児郎と瀬呂は怒り狂った爆豪の餌食となった。そうなるまいと必死でこらえるが、気を緩めたら吹き出してしまいそうだ。ヤバイ、面白すぎる。

そういえば、と轟の机の周りにいる緑谷をみつけ、声をかける。

「緑谷、職場体験のときラインくれたのに気づかなくてごめん。俺かなり近くにいたのに」
「おはよう、夜守くん。え、夜守くん保須市にいたの!?なんで」
「事務所の人が予知夢で保須市で事件が起こるって見たみたいでさ。見回りしてて遭遇したんだよね」

そう、あのとき緑谷から来ていたよくわからない暗号めいたもの。よくよく考えればそれは俺がその日いた保須市のしかもかなり近いところの住所で、翌日のニュースでエンデヴァーの活躍とともに、緑谷たちが巻き込まれた事を知ったのだ。んでもって、保須市で最初に被害にあったヒーローてのは飯田のお兄さんだったらしい。なんで飯田がわざわざ保須市のヒーロー事務所へ行ってたのかそこで理解した。

まぁ、予め緑谷たちが保須にいて俺が現場に行けてたからって何ができたかわかんないけど。

「そうだったんだね…。じゃあ敵とも交戦したんだ」
「俺は後方支援的な?前線に立ってたのはプロのヒーローだよ」

あんなところに今の状態で入っていったらただじゃ済まないもんね。それくらい、無力って事だけど。

「ま、一番変化というか大変だったのは…お前ら三人だな!」

上鳴の一言にクラスの視線が集まる。最近やった大きなニュースだから誰もが知っているらしい。口々に皆が三人を心配する声をかける中、更に上鳴が地雷を踏み込んだ。バカ、飯田が目の前にいるのに。

緑谷が窘めるように上鳴の名前を呼ぶ、そこでようやく己の失態に気づいたのかあわてて口を抑える。しかし出てしまった言葉は消せやしない。

「確かに信念の男ではあった…クールだと思う人がいるのも、わかる」

スマホにカメラが搭載されるのが当たり前になったこの時代。ヒーロー殺しのあの狂気ともいえる言葉が、一途期ネット上を埋め尽くした。

悪影響を及ぼしかねないと、国が判断したからか、その動画は今ではアップされ、削除されの繰り返しである。けれど、それに嫌悪を抱く人間もいれば、共感する人間がいるのも事実。…どの世界でも人間の心理というものは変わらない。

「ただ」

飯田は左腕を見ながらポツリとつぶやいた。

「奴は信念の果に粛清という手段を選んだ。どんな考えを持っていようともそこだけは間違いないんだ。俺のような者をもうこれ以上出さぬ為にも!改めてヒーローへの道を俺は歩む!!」

びしっと右腕を前へと突き出し、宣言するように言い放つ飯田。職場体験の前、どこかふつふつと怪しげな色を浮かべていた瞳がまっすぐ前を向いている様に、少し安心する。うん、飯田はそうじゃなくちゃな。

「さアそろそろ始業だ、席につきたまえ!!」

でも近距離で叫ぶのはやめてください。耳痛い。




prev|next
[戻る]