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「ハイ、私が来た」

なんかヌルっと始まった久々のヒーロー基礎学。オールマイトが喋っているのもそっちのけで初回の授業と違い随分低いテンションでスタートした授業に皆がぽつりぽつりと結構失礼なことを言ってのける。

「職場体験直後ってことで今回は遊びの要素を含めた、救助訓練レースだ」

皆がぽつぽつ呟いていたことに若干反論しつつ、本日のヒーロー基礎学の内容が発表された。隣で緑谷がオールマイトのコスチュームにやたらと興奮しているが、話聞いてんのかなこの子。

「ここは運動場γ!複雑に入り組んだ迷路のような細道が続く密集工業地帯!4組に分かれて一組ずつ訓練を行う!私が何処かで救難信号を出したら街外から一斉スタート!誰が私を助けに来てくれるかの競争だ!!」

今回の訓練は俺が有利かな。細道の入り組んだ密集地帯なら上から探索に行くのが楽だろうし。救難信号出してくれるならそこに向かっていけばいい。

「もちろん、建物の被害は最小限にな!」

突き立てていた人差し指をすすす、と動かした先にいたのは爆豪。嫌そうにオールマイトから顔を仰け反らせ苦言を呈している。密集地帯で爆豪の爆破個性はちょっと不利だよね。

「じゃあ初めの組は位置について!」

いつものようにくじで決まった組分け。俺はニ番手。一番手の動きを見つつ作戦を建てようとモニターの前に腰を下ろした。一組目は緑谷、尾白、飯田、足戸、瀬呂。こりゃあ飯田か瀬呂に軍配が上がりそうな予感。

各々が巨大なモニターの前に座り込み、勝負の行く末を見守る。モニターを見上げながらみんながポツポツ話すことはまぁ、トップ予想。皆それぞれ押しがいるようで好き放題言いまくっている。一人最下位予想をしている爆豪は除く。

『スタート!!』

オールマイトの合図とともに五人が一気に駆け出す。三人が地面を蹴る中、瀬呂は頭上へ向けて腕を掲げた。肘から出されるテープを建物に接着し、一人早々と密集地帯の上へと上り詰めた。

「ホラ見ろ!こんなごちゃついたとこは上行くのが定石!」
「となると対空性能の高い瀬呂が有利か」

隣に座る鋭児郎と障子が勝手に分析してくれることに相槌を打つ。やっぱり接着の個性いいな。皆がどこか、瀬呂の一人勝ちではないのか、という空気を醸し出したとき、突如としてもう一人、勢い良く空をかける影がモニターに写り込んだ。

「え、緑谷?!」

パイプやタンクの上、屋根の上にぴょんぴょんと飛び移り、空を駆けていく。明らかに今までの緑谷の動きではない。たかが一週間、されど一週間。ここまで一気に成長するものなのかと、舌を巻く。

周りの連中も緑谷の動きに思わず身を乗り出してモニターに食い入る。うん、明らかに違うよね。個性使っても暴発してないところを見ると漸く制御できるようになってきたのかな?よかったね、腕バキバキにならなくなって、いやだって見てるだけで痛いし。

他の追随を許さない緑谷があっという間に救難信号を出しているオールマイトのもとへと近づいていく。もう緑谷の一人勝ちか、と思った瞬間。

「「「「「あ…」」」」」

ズルっと。モニター越しにも聞こえてきそうなくらいきれいに踏み場として足を預けようとしたであろうパイプから、落ちた。うん、落ちた。なんか、盛大に落ちすぎて砂埃舞ってるけど…。大丈夫か?

緑谷がパイプから落ちた隙に、あっという間に追いついた瀬呂がレースを制した。そして助けてくれてありがとう襷を授与されている。うん、ドヤ顔。あ、緑谷最後に着いた。

『さア、二組目も行っちゃおうか!!』

さて、俺も行きましょうか。




…………………





「それにしてもさ、かたよりすごくない?」

オールマイト実は障子みたいに指の先に目でも複製できてんじゃないの?と思わず疑いたくなる面子。うん、気が抜けない。結構俺に有利かなぁと思ってたんだけどなぁ。

「障子に常闇、耳郎、青山で俺ね。なんか探索得意なやつと機動力あるやつがなんか揃いすぎてない?」
「いや、アンタがそれいう?」

耳郎がジト目で俺を見てくるが俺探索能力とか皆無だからね。見つけれたら移動は早いかもしれないけど。うーん、オールマイトどんな救難信号出してるんだろ。目立つやつだといいけど。

『じゃあそろそろ始めるよ!…スタート!!』

スタートの合図とともにそれぞれが四方へとバラける。俺自身も密集地帯を上から探索するために結界で駆け上がった。見渡す限りのところ狭しと詰め込められた工場やパイプたち。随分見通しが悪い。

救難信号を出してるって言ってたけど、ど派手な救難信号ではなさそうだ。ぐるりとあたりを見渡しても何もない。救難信号といえば、打ち上げの物や発煙のもの、光、さまざまあるがこの日中の明るい中ではあまり目立たない。もしかして目立ってないだけでずっと救難信号は出してんのかな…。

カチリ、と頭に装着していたゴーグルを付ける。とにかくこれで探すしかないか。望遠機能を駆使し探すが、…見つからない。うーん、どこだ。

「…けてくれー」
「ん?」

なんか声聞こえた気がしたけど。え。慌てて声が聞こえたであろう方へ体を方向転換させ、そちらを虱潰しに探す。…なんか、赤い旗みたいなのが見えるんだけど…。

「たすけてくれー」

パタパタと、小さな旗というかハンカチを右手ではためかせながら小さな声で救援を求めている姿。うん、救難信号出してたわ。

「もうちょっと、目立つやつにしてくれたら良かったのにー!」

オールマイトの方へと結界を形成していく。他の連中も声が聞こえたことでそちらに向かっている姿が見えた。てか、耳郎と障子が一番近い。

探索に優れた二人だ。俺や常闇、青山が自力で探している間に個性で場所を特定していたのだろう。オールマイトのいるビルの付近まで二人は近づいている。

「負けてらんないね!」

ぐっ、と力を入れて結界を踏み込んだ。







全力疾走したあとのように息が上がる。膝に手をつき、大きく息を吸い込んだ。

「うーん、同着だねえ!」
「マジか」

俺のほうが早いと思ったのに!同着宣言をされて更に疲労感が増す。同じように同着の障子は黙ったままこちらを見ている。クールだね、きみ。

「救難信号とは、そのときの救難者が出せる精一杯の信号だ。どんなに小さなものでも見逃さないようにしなきゃだめだよ」

その言葉にギクリと体をこわばらせたのは俺、常闇、青山。探索に特化した個性でないことが大きいが、こればかりは訓練なのだろうか?うーん、課題しか出てこないぞ、困った。

「さあ、三組目がスタートする前にモニターの前に戻るんだよ!」
「「「「「はーい」」」」」





その後も時間いっぱいまでヒーロー基礎学の授業を受け、やはり機動力に優れたメンツと探索に優れたメンツに軍配が上がった。オールマイトはそれぞれの組ごとに異なった救難信号を出していためものによってはただの競争にしかなっていなかったけど。言わずもがな、一番目立ってなかった救難信号は俺の組のハンカチである、もう一度いうハンカチである。目立たなすぎる。

「俺、機動力課題だわ」

コスチュームのゴツい肩当てを外しながら鋭児郎が呟く。下に置いた時やたらと重い音したんだけど、いや、それ何キロあるのさ。

「情報収集で補うしかないな」
「それだと後手にまわんだよな。おまえとか瀬呂、夜守が羨ましいぜ」

前世と似たような服であるため動くには差し支えない服だが、いかんせん畳むのがめんどくさい。更衣室にあるベンチを半分ほど拝借しながらたたんでいると何やら名前が聞こえた気がする。上鳴の方へと視線を向ければジトリとなにやら睨まれていた、なぜ。

「おい緑谷!!やべェ事が発覚した!!こっちゃ来い!!」

早々に着替え終えたのであろう、制服を身にまとった峰田が更衣室全体に響き渡る大声で緑谷を呼んだ。どこか興奮したように息を荒げ、頬を紅潮させながら壁に開いている小さな丸い穴を指差した。

「隣はそうさ!わかるだろう!?女子更衣室!!」

峰田の発言にバッと顔を上げるやつが何人か。え、いやいや、それ犯罪だからね。俺達の良心、委員長飯田発動。いつもながらのキレキレな手刀にも峰田は屈しない。

「オイラのリトルミネタはもう立派にバンザイ行為なんだよオオ!!」

穴が隠されていたのであろう、壁に貼られていた紙を思いっきり引き剥がした。いや、峰田それ下ネタだから、ぶっちゃけたら駄目なやつだから。汗とよだれを垂れ流しながら穴へと血走った目を寄せる峰田がもう見てはいけないモザイク物件に成り果てている。それに若干期待した眼差しを向けている数名。おまえら軽蔑するよ、おい。呆れているもの数名。てか、あれほっといて良いのだろうか、いや良くない。

「峰田、ストッ…」

プ、の言葉が発せられる前に何かが峰田の左目に突き刺さった。え、めり込んでるけど、え?

「あ”あ”あ”!!!」
「耳郎さんのイヤホンジャック…正確さと不意打ちの凶悪コンボが強み!!」
「冷静だね、緑谷」

目から爆音がぁあ!!と叫ぶ峰田は自業自得としか言いようがない。これに懲りてちょっとおとなしくなればいいけど。さて、HRいこ。





「えー…、そろそろ夏休みも近いが。もちろん君らが30日間、一ヶ月休める道理はない」

何さら冊子をまくりながら意味深な言葉を発する相澤先生に教室がざわめいた。うん、これって。

「夏休み、林間合宿をやるぞ」
「「「「知ってたよーー!やったー!!!」」」」

ババーン!と効果音がつきそうな言い方にもいい加減慣れてきたよね、うん。相澤先生相変わらずめちゃ真面目くさった顔で言ってのけてるけど。てか、みんな知ってたのかい。

わいわいと、己がやりたいことを口に出し続ける皆は微笑ましいが、風呂!と連呼し続ける峰田はもう引くレベルである。お前さっきの耳郎のでこりたら良かったのに。

「ただし、」

ざわついていた教室が一瞬のうちに静まり返る。目をかっぴらいた先生怖すぎる。どんな言葉が出てくるのかとゴクリと固唾を飲む。

「その前の期末テストで合格点に満たなかったやつは…学校で補習地獄だ」
「みんな頑張ろーぜ!!」

ぐっ、と拳を握った鋭児郎が教室を見渡し大きく言い放った。補習地獄の言葉にざわめきを取り戻す教室。座学はまぁ、なんだかんだ前世の記憶もちらほら残っているお陰で教科書見たら思い出すレベルだから心配はしていない。まぁ、ヒーロー学関連は勉強しなきゃだけど。でも、実技がなぁ…。入試みたいな対ロボできたらいいなぁ、と淡い期待を胸に抱く。

てか、鋭児郎座学ダメダメじゃなかったっけ?大丈夫か?

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