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時は流れ、六月最終週。期末テストまで残すところ一週間を切っていた。

とりあえず前世でもあった主要5科目は問題ない。ヒーロー学系統もまぁ楽しいから頭に入ってくるし問題ない。あるとすれば実技試験だけど。

ふと、集中力が切れたことで耳に入ってくる念仏のような呟きたち。額から流れた汗がうっとおしい。水を飲むついでに横においていたタオルでおざなりに汗を拭う。そして、まだ途切れぬ念仏を横目に見やる。

…とにかく横でブツブツうるさい鋭児郎殴ってもいいかな?

「鋭児郎…なんで俺んち(道場)で勉強してんの」
「んなもん、部屋だと誘惑が多いから仕方ないだろ!?」

ついでにこれ教えて、なんて英語をずいっと俺の目の前に差し出してくる鋭児郎の神経の図太さよ。いや、今に始まったことじゃないしいいんだけどさ。

「小学校からテストの直前に尻に火がつく癖直せないかな…」

テストのたびに鋭児郎に付き合う俺って偉くない?誰か褒めて。

「二人共ー時間大丈夫?」

ひょっこりと顔を覗かせた父さんの言葉に。時計の存在を唐突に思い起こす。…今何時だ。

「あ、電車」
「げっ!」

道場にある時計を見上げて思わず眉根が寄る。鋭児郎も嫌そうに声を上げながら互いにカバンをひっつかんで道場をあとにした。…つまるところ遅刻ギリギリである。

「「いってきます!!」」




………………





なんとかほんとにギリギリ辿り着いた学校。朝から全力疾走させられるとか、お陰でお腹空いて仕方ない。朝からぐーぐーお腹を鳴らしていれば八百万からクッキーもらえた。ラッキー。

空腹にひたすら耐えながらの授業。ようやく昼休みに入った、さぁごはん!と意気込んでいれば上鳴が奇声を発した。なんだろうかとそちらへ目線をやれば頭を抱えた上鳴とカラカラ笑っている芦戸の姿があった。上鳴も補修危険組なんだね。そういえば最下位だったっけ?先生も授業最後に再度中間成績一斉提示とか鬼畜だよね。いや、ただの合理的主義か?個人個人に言うのがめんどくさかったんだな、きっと。ちなみに俺は4位でした。

「体育祭やら職場体験やらで全く勉強してねー!!」
「たしかに」
「…常闇めっちゃ意外すぎる」

絶対上位組だと思えばまさかの下から数えたほうが早いとか。勉強嫌いなのか、そうなのか。

「アシドさん、上鳴くん!が…頑張ろうよ!やっぱ全員で林間合宿行きたいもん!ね!」
「うむ!」
「普通に授業受けてりゃ赤点は出ねぇだろ」

上から緑谷、飯田、轟。4位2位6位。緑谷とは同位だ、ミラクル。てか、緑谷、それ励ましてんのかもしれないけど、轟の言葉でノーカンだ、いやマイナスか。上鳴が絶望した表情浮かべてるから傷に塩塗るのやめたげて轟。

「意外性は峰田と、爆豪だよね」

なんで爆豪3位なの?俺負けてるし。八百万は予想を裏切らない1位。うん、すごいわ。でもとりあえず、

「ごはん」

ぐーぐーと主張の激しい虫を宥めに行きましょう。鋭児郎?そんなのお腹のすき具合には勝てません、うん。






いつものように混んでいるメシ処に若干嫌になりつつ長蛇の列に並ぶ。今日はカレーな気分。一人なだけあって空いてるところに相席頼めばオーケーなわけだけど、あ、あそこ空いたラッキー。

「「あ」」

俺がカレーをおいたのと同時に和食定食が置かれ思わずそちらを見れば見たことある顔が。えーと…。

「騎馬戦の」
「A組の」

…誰だっけ?そして左手に抱えてる男って確か物間だっけ?なんで気絶してんのこの人。

「悪いね、私ら他に席探すよ」
「いや、俺一人だから別にいいけど。椅子足りるならここ使えば?」

だって探すの面倒じゃない?今も席を探してウロウロしてるやついるからあいてないんだろうし。そう付け加えると悪いね、ともう一度いい彼女は席についた。ついでに物間は机に突っ伏すように気絶しているが彼女が気にしていないのでツッコミはすまい。

「えーと、アンタ夜守だったっけ?体育祭以来だね」
「あーそうだね。…けん、悪いけど名前教えてくれない?」
「拳藤、拳藤一佳だよ、改めてよろしく」

未だに目覚める気配のない物間を置き去りに意外と話に花が咲く。B組と合同の授業とかないし、なんだかんだ敵対意識がある感じもするから全然交流ないけど。まぁ、当たり前だけど普通の生徒なんだよなぁ。体育祭前の出来事があったから苦手意識植え付けられたけど。

「そういえばそっちは期末試験大丈夫そう?」
「俺は座学は問題ないと思うけど、実技がね…。一体何が出るんやら」
「ああ、そういやさっきもA組とすれ違ったけど、知らないんだね。対ロボットの、実践演習らしいよ」

ロボット。となれば入試のときみたいなやつか。じゃあそんなに難しくないのか…?いや、ここは雄英だ。いままでなにかとどんでん返し食らっていた身としては油断できない。

「そっか、ありがと。まぁ、鍛錬怠ることはしないけど」
「そうそう、林間合宿行かなきゃいけないしね。今度はA組とも合同らしいからさ、よろしくね」
「こっちこそ」

本日も美味しかったカレーをぺろりと平らげ、手を合わせた。ちょうどいいタイミングで物間がうめき声を上げ始めたので本格的に覚醒する前に退散しよう。なんか体育祭のときめんどくさそうだったし。性格がね。

「じゃ、またね。物間が起きる前に帰るよ」
「うん、それがいいね。A組だってわかったらこいつちょっとね…」

ふっ、と遠い目をした拳藤に思わず合掌する。大変だね拳藤。さてと、教室戻ってヒーロー学勉強しよ。


……………………


通学中にも鋭児郎に勉強を教えながら、毎日同じように無想の鍛錬を積むこと一週間。朝と夜遅くに道場に来て念仏唱えてるのは相変わらずだけど、今回はまさかの爆豪が勉強を教えてくれているらしい。あの爆豪が!驚きである。

んで、試験にどうやら手応えのあったらしい鋭児郎からの吉報を受け、一安心した。あれだけ教えてだめだったらショック受けるよ、俺。で、本日は演習試験当日である。

「それじゃあ、演習試験を始めていく。この試験でももちろん赤点はある。林間合宿行きたけりゃみっともねえヘマはするなよ」

相澤先生の一言にずらりと並ぶ教師陣。対する俺たちもコスチュームを身に着け、緊張した面持ちを浮かべるもの多数。数人の余裕を浮かべているやつ。なんで余裕そんなんだ上鳴。

「諸君なら事前に情報仕入れて何するか薄々わかっているとは思うが…」

淡々と説明を続ける相澤先生の体が何やらもぞもぞと蠢いている。え、なに気持ち悪いんだけど。先生真顔過ぎて予測付かない分気味が悪いんだけど。

「入試みてぇなロボ無双だろ!!」
「花火!カレー!肝試ー!!」

やたらとノリノリな上鳴と足戸に感服する。いや、それより誰かあの体のこと言ってよめっちゃ気になるんだけど。

「残念!!諸事情があって今回から内容を変更しちゃうのさ!」

ひょこっ!という効果音とともにやけに陽気に宣言してみせたのはその実態は犬なのかネズミなのか…謎の校長先生である。あ、上鳴と足戸が固まった。そんな生徒たちなど目もくれず、校長先生は怪しげな光をまとった目で俺たちを見やる。

「これからは対人戦闘・活動を見据えた、より実践に近い教えを重視するのさ!というわけで…諸君らにはこれから、チームアップでここにいる教師陣一人と戦闘を行ってもらう!」

高々に宣言されたそれ。動揺が俺たちの中を駆け巡る。そんなことなどお構いなしに、畳み掛けるように相澤先生が言葉を紡ぐ。

「尚、ペアの組と対戦する教師はすでに決定済み。動きの傾向や成績、親密度…諸々を踏まえて独断で組ませてもらったから発表していくぞ。まず轟と、八百万のチームで…俺とだ」

にやりと、笑顔を浮かべる先生に鳥肌が立つ。先生たちの実力など、俺達からしたら足元にも及ばない。それに組まれていくメンツ、それを見ても先生方が何を見たいのか、わかる組みもいれば分からない組もいる。

次々とチームが公表されていく中、俺の名前はまだ出てこない。変に緊張し、手先がひんやりとしてきた。

「次、切島、砂藤、夜守。…相手はセメントス先生だ」
「よろしく」

異形の、青みを帯びた手を上げセメントス先生は答えた。てか、まさかのメンツ。フィジカル押しの二人と俺ってどんな組み合わせ?期末試験って言うくらいだから三人に共通する弱点みたいなのがあるんだろうけど…、思いつかない。

「それぞれのステージを用意してある。10組一斉スタートだ。試験の概要については各々の対戦相手から説明される。移動は学内バスだ。時間がもったいない、速やかに乗れ」

有無を言わせぬ相澤先生の言葉にとにかく俺たちはバスへと乗り込んだ。最前列に座っているセメントス先生のポンポンちょんまげを眺めながら緊張した面持ちの二人へ視線を移す。いや、俺も緊張してるけど。

「期末試験セメントス先生が相手か…」
「セメントス先生だったらフィールドは町中かな?」
「なんでんなことわかるんだ?」

三人でセメントス先生に聞こえないようにコソコソ作戦会議。いや、だって町中じゃセメントを操る個性のセメントス先生無双じゃんね?

「とにかくさ、三人で頑張って林間合宿いこうぜ!」
「そうだな!」
「そのためにはセメントス先生の出す課題をクリアしなきゃね。じゃ、個性整理しよ。俺からね、個性は結界。ものを囲って守ることも消すこともできるよ、ただ、俺が見える範囲でしか個性は発動できないけどね。」

極限無想ができない今、俺は視界に入っている場所を指定することでしか任意の場所に結界を形成できない。それが欠点といえば欠点。

「俺は硬化!ただ長時間の硬化はきついな」
「俺の個性はシュガードープ!糖をパワーに変換させて三分間パワーが増加する。ただ、あんまやりすぎると頭が回んなくなるのが欠点だな」
「…」

…なんかこのメンツ長期戦になればなるほど不利になりそうじゃない?俺もあんまり結界多用してると頭痛になるし。え、ヤバくない?

ぐるぐるとそんなことが頭を駆け巡る中、小さなブレーキ音とともに静かにバスが停車した。降りるよ、と一言とともにバスを降りていくセメントス先生。バスを降りた先にある町並みの風景に嫌な予想が的中する。

「さて…」

街の中ほどまで来ただろうか、前を歩いていたセメントス先生が立ち止まり、俺達の方へと向き直った。

「説明するよ。制限時間は30分、君たちの目的は<このハンドカフスを俺に掛ける>もしくは<誰か一人がこのステージから脱出>すること」

セメントス先生が掲げるカフスが俺へと渡される。なんか手錠みたい。

「今回は極めて実践に近い状況での試験。俺を、敵そのものだと、会敵したと仮定しそこで戦い勝てるなら良し、だけど実力差が大きすぎる場合は逃げて応援を呼んだほうが賢明。君たちの判断力も試験のうちに入るよ」

淡々と説明されていく試験内容にかたずを飲む。ハンデ、の言葉に先生が自身の体重の約半分の重りを自身に装着する。…これで逃げる一択にするなよってことなのか。

「さあ、そろそろ試験が始まるよ。君たちはもう少し奥がスタートラインだからそこで合図があるまで待っててね」

にこりと、笑うセメントス先生に嫌な予感しかしない。向こうへ向かう道すがら鋭児郎と砂藤の腕を取りコソコソ耳打ちをする。

「俺達の場合、長引くほどに絶対不利になる。短期決戦でどうにか先生にカフスかけるか、誰かがゲートくぐる方がいい」
「なら、ゲート潜るなら夜守が一番適任じゃねえか?一番足早いだろ」
「そうだな」
「じゃあカフス渡しとくよ。スキがあったら先生にかけてほしいし」

じゃら、と重い音のするカフスを砂藤に手渡す。緊張で冷や汗の出る手のひらをゴシゴシとこする。入試のときですらこんなに緊張しなかったのに。

『皆位置についたね』
「あ、リカバリーガール」
『それじゃあ今から雄英高1年、期末テストを始めるよ、レディイイ…』

『ゴォ!!!』

放送の声とともに、セメントス先生が道に手を当てるのが見えた。そして、誰も喋っていないこの空間にその声はよく通った。セメントの山が、襲ってくる。

「言い忘れていたけど、俺達教師陣も君たちを叩き潰すつもりで行くからね」

目の前が黒に覆われる。



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